前世の記憶 (最終)
前半部分を大幅に省きました。スミマセン。
だいぶ間を飛ばして投稿していますが、少しずつ間を加えていく予定です。お待たせしてしまいますが、暖かい目で見守っていただけると幸いです。
帝国最南端国境付近にて。
荒れ果てた大地を眺める。リリアナが四年前、視察で始めてここに来た時には、広大な草原が広がっていたが、今では見渡す限りひび割れた荒野が広がっているだけだ。
半年程前から、隣国との戦争が始まった。アルベルトは今までリリアナに人を殺めるための命令はしてこなかったが、戦争となると話が違ってくる。前線に駆り出されたリリアナは、アルベルトに叩き込まれた技で、多くの人々の命を刈り取った。
この平野を見ていると、あの、生々しい身を切り裂く感覚が、遠退いていく気がした。
人を殺めていると、命が直ぐに消えていってしまう、儚いものだということがなんとなく分かってくる。いつか自分がそうなるかもしれないし、自分の大切な人もそうなるかもしれない。朝、戦場で目覚めて、アルベルトやエリックが息をしていなかったらと思うと、中々寝付けずにいる。
いつまでそこに立っていたのだろうか。遠くに見える地平線が紅く染まっていく。
「おい、またお前はここに居るのか。もうじき夜だ。身体を冷やすぞ」
ゆっくりと振り返ってみれば、呆れた顔のアルベルトがそこに立っていた。
「此度の戦は負け戦では無い。お前の危惧している事はそうそう起こるまい」
「.....相変わらず、人の心を読むのがお上手ですね。我が主」
確かに、そろそろ冷えてきそうだ。テントの中に戻らなければと思って、アルベルトの方に歩いていく。
完全に油断していた。
アルベルトさえも、その存在に気が付かなかったのだから。
アルベルトに向かって飛んできた短剣の前に躍り出る。
アルベルトが必死にリリアナに向かって手を伸ばしているのが見えた。その後ろには、丁度テントから出てきて目を見開いているエリックが。ゆっくりと時間が流れる。
アルベルトの絶叫が届いた。
「リリアナッッ!!!!」
背中に、衝撃が届く。熱い。まるで杭を心臓に打ち付けられたような圧迫感がリリアナを襲った。
それと同時に視界に写ってきた黒い影に視線を奪われる。咄嗟に、アルベルトの背後に右足に装着している短剣を投げた。呻き声をあげて倒れたのは、何処からか侵入して来た敵国の兵士。
四肢から力が抜け、その場に倒れ込んでしまう直前に、駆け寄ってきたアルベルトが抱き止めた。
「あ、アル、ベルトさ、ま…」
息をする度に、ヒューヒューと掠れた音がする。のど奥からせりあがつてきた熱い液体を、咳き込んで吐き出した。赤い液体が広がる。
「もういい。喋るな。助けてやる」
アルベルトはそう言うが、喋るのを止めてしまったら絶対に後悔する。恐らく、これがリリアナという人間の最後なのだろう。何となく悟っていた。
「あの、ですね。わ、たし、貴方に、拾ってもらえて、嬉しかった。楽しかった…」
アルベルトは、他国へ行くときも、国内へ行くときも、基本的にリリアナを連れて歩いた。何も知らないリリアナに、世界はこんなにも広いのだと教えてくれた。いつしか、アルベルトのいるところにリリアナも居るようになっていった。
「ああ、ああ。これからも、楽しい事をするのだろう?どこへでも連れていってやる。だから、喋るなっ!」
アルベルトが回復魔法を展開する。どれだけの魔力を注ぎ込んだのか、熱量が伝わってくる。無駄を嫌うアルベルトにしては珍しい。
アルベルトの顔には、紅く染まった夕日で影が差してしまってよく見ることができないが、苦し気に形の良い眉を寄せているのは分かった。
もう出てこない声のせいで音は乗らなかったが、『有り難う』とだけ伝える。
「恩を返すのなら、最後までみっともなく生きて、生き続けろッ」
いつか、アルベルトが死にたいと懇願したリリアナに返した言葉と重なった。
(どうか、どうか。神様がいるのなら…この人に、幸せ多からん事を)
おやすみなさい。
「リリアナ、リリアナッ!!おいッ、リリアナ、俺は.....」
暗い。落ちていく感覚がする。そこで、リリアナは終わる.....筈だった。