悪役令嬢はため息をつく 番外編 アルノイド殿下の独白
アルノイド殿下視点のお話!
誤字報告ありがとうございます!
僕の名前はアルノイド・ サーチスト。サーチスト王国の第1王子だ。
自分で言うのもなんだけれど、物心ついた頃からわりと冷めた性格をしていたと思う。
それもそのはず。
言葉も発しないうちから、王子という大層な地位につき、それに伴う考えや行動を強要されてきたのだ。
「王族の使命とは国の代表として国を治め、国や民のために全てを捧げること。
いつ如何なる時も国や民を優先し、己れの個の欲求を優先してはならない。」
そんな風に父上や母上、周りにいる人間から、何度も同じことを説かれた。
あぁ、僕は別にこの考えに異論はないよ?
王族として当たり前のことだと思うし、実際、文句を言わず勉学や鍛錬、執務を粛々とこなしてきた。
そのおかげかな?今や僕は「国や民を心から愛し、この国を幸せに導く優秀な王子 」という、最上級の評価を得ることができている。
僕はこの先、父上が決めたご令嬢と国のために結婚し、父上が退位された後には新たな国王としてこの国をおさめていく。そして、世継ぎを作り、より一層このサーチスト王国を繁栄させるために努力していくであろう。
そう、僕個人がどんな人間で、何を考えようが、王子から国王への道筋はもう決まっているのだ。
それなら無理に反抗してみせるよりも、優秀な存在として誰にも口出しさせないほうが、無駄な労力を使わなくて済む。
僕はただ、優秀であればいいのだ。
…そんなことを考えていたせいだろうか。
僕は僕の中にある恐ろしく、そして、狂おしいほどの「執着」という存在に気づくことが出来なかった。
それを教えてくれたのは僕の可愛い婚約者。
シルビア・ナタス公爵令嬢だ。
最初にシルビアにあったのは、僕が6歳、彼女が5歳の時だ。
「はじめまして、殿下。シルビア・ナタスと申します。」
夜の海のような濃紺の長い髪に、澄み渡る空のような水色の瞳。
やや、目元が上がっているせいで、きつい印象を受けたが、たどたどしくカーテシーをする様は、まだ子供のあどけなさを感じる。
シルビアに微笑むと、彼女の頬は赤く染まった。どうやら、僕に対しては好意的な印象を持ってくれたらしい。
(良かった。この縁談は無事整いそうだ。選び直しなんてなったら、二度手間になっていたし)
…我ながら酷いことを考えていたと思う。
だが正直、あの頃の僕にとって政略結婚の相手など誰でも良かったのだ。
シルビアが気絶するハプニングがあったため、お茶会はお開きとなったが、正式にシルビアは僕の婚約者となった。
そう言えば、気絶したシルビアがうわ言の様に「悪役令嬢」や「攻略対象」と呟いていたので、もしかしたらシルビアの前世の記憶はこの時に戻ったのかもしれない。
婚約者としてのシルビアは本当に優秀であった。
王妃教育だけでも大変な苦労を強いられるのに、国営に関する勉強などにも積極的であり、僕との交流も絶妙な距離でしっかり行っていた。
驚くことに、その時のシルビアはいつも笑顔で楽しそうだった。
(何故そんなに楽しそうにできる?)
最早、人形のごとく執務をこなしていた僕には到底理解出来なかった。
ふと、シルビアが何を考えているのか知りたくなり尋ねてみた。
「君はいつも笑顔で全てをこなしているけど、何がそんなに楽しいの?」
シルビアの空色の瞳が嬉しそうに揺れた。
「ふふっ、簡単な事ですわ。
私が頑張れば頑張るほど、殿下の評価も高くなりますでしょ?私はそれが堪らなく嬉しいのです。」
「嬉しい?僕の評価が高くなることが?」
「はい!!殿下はきっと民からも愛される素晴らしい王様になりますわ!!
私、決めてますのよ。
殿下には…いえ、アルノイド・サーチスト様には、幸せな人生を送っていただくと。」
訳がわからなかった。
だってそうだろう?
個の欲求よりも国の為に行動する、今までの僕の理念とは全く逆の発想だったのだから。
(シルビアが頑張っているのは僕のため?)
(王子ではなく、僕個人の幸せ?)
(僕個人の幸せって何?)
瞬間、強い衝動が僕を支配した。
それは今まで僕が感じたことがないもの。
眩しくて、暖かくて、優しくて
…そして、黒い。
(…欲しい)
(形式的なものじゃない。
彼女の…シルビア・ナタスの全てが欲しい)
(シルビアは僕だけのものだ。)
シルビアが望むなら良き王になろう。
シルビアが望むならこの国を豊かにしよう。
シルビアが望むなら…シルビアが望むなら…
その時から、僕の行動全てはシルビアの為のものになった。
けれど、シルビアと婚約してしばらく経過した頃、彼女との間に小さな溝を感じるようになった。
言葉を交わしたり、軽く触れるととても嬉しそうにするのに、空色の瞳の奥には悲しみや不安が感じとれた。深刻な様子で考えこむような仕草も見られた。
そして何より、シルビアが僕から離れたがっているように感じた。
…また、あの黒い何かが蠢く。
(許さないよ?シルビア。君は僕のものなんだから)
原因を調べるため、僕は秘密裏に精鋭の影をシルビアにつけた。そして、万が一のことを考えてシルビアの両親にも指示を出した。
また、何かを言いたげにするシルビアを笑顔でかわした。
そうして、その時はやってきた。
シルビアが父親に離縁を申し出たのだ。
更に僕との面会希望もでている。
(何故?シルビアは何を考えている?)
分かりたいのに分からない。
軽く舌打ちをし、焦れつく感情をなんとかおさめつつ僕はシルビアと会うことを決めた。
僕はわざと時間に遅れ、シルビアの様子を観察した。
泣き出しそうな表情をするシルビア。
(何が君をそんなに悩ませているの?)
僕はシルビアを悩ます全てが許せなかった。
シルビアを泣かせるのも、悩ませるのも、笑わせるのも、全てが僕でなければならない。
彼女の全ては僕のものなのだから。
「何より、これ以上は私が耐えられない。」
シルビアは苦しそうに呟いた。
「耐えられない?何か辛い事でもあったのかい?」
僕はたまらず声をかけた。
そうして、挨拶程度の会話をしていると
彼女は思いつめたように言葉を吐きだした。
「殿下との婚約を破棄させて頂きたいのです。」
瞬間、僕の中が真っ黒に染め上がったように感じた。
(シルビアは何を言っているのだろう。
婚約破棄?どうして?君は僕から離れるの?)
「…何故と聞いてもいいかな?」
(そんな事は許されない)
何かを無意識に感じたのか、シルビアは後ろに体を逃がそうとする。僕はすかさず、距離を詰めた。
話を聞くと、心変わりをしたから私との婚約を破棄して欲しいとのことだった。
だけど、影からの報告により、シルビアにそんな想い人がいないことは知っていた。
(嘘を吐いてまで僕と離れようとしてるのは何故?)
僕の幸せを楽しそうに語っていた、シルビア。
その姿は紛れもなく全身で僕を想ってくれていた。
(君が僕を幸せにしてくれると言ったのに)
僕はたまらず、シルビアに問いかけた。
「…シルビア。一つだけ聞かせて。君は最初から私が嫌いだった?」
瞬間、シルビアが悲しそうに顔を歪めた。
それから、シルビアは毒の様な言葉を吐き続ける。
やがて、彼女の瞳から雫が溢れた。
僕は安堵した。
(ほら…君はまだ僕が好きなんだ。)
「もう、いいでしょう?
君は何を隠しているの?」
そう声をかけた瞬間、シルビアは叫ぶ様に泣き声を上げた。
そして、全てを打ち明けてくれた。
悩んでいた原因が全て僕に関することだったのは堪らなく嬉しかった。
「お慕いしております」と、しがみつきながら、泣きじゃくるシルビアに僕は優しく微笑み、その口を甘い口づけで塞いだ。
何度も何度も
息すらも出来ないほどに。
息が上がったシルビアの瞳には再び涙が溢れていた。
(あぁ、可愛いそうに。)
僕は優しく目尻を、指で拭く。
可愛いがりたくて、いじめたくて
笑わせたくて、泣かせたくて…
ごめんね?シルビア。
君はたぶん、死んでも僕からは逃げられない。
腕のなかで、しがみつくシルビアに僕は心からの懺悔をした。
ヤンデレ発症した殿下