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呪術師とテンプレドラゴン

 木の実っぽいもの、果物らしきもの、おそらくキノコ。とりあえず、こんなものかな。サディが目を覚ます前に戻ろう。しかし、袋的なものを持ってこなかったのは失敗だったな。おかげで、上着のフードとポケットがパンパンだ。喜んでくれるかな? 食べられる物があると良いんだけど。


 それにしても、この辺りには化け物の気配が無いな。この毒々しい霧の濃度が関係しているのだろうか? 村には霧はかかっていないし、ご神木周辺と比べると、少ないと言うか薄いと言うか、視界も良好で臭いも控えめだ。無害過ぎて気にも留めていなかったけど、戻ったら、霧のことをサディに聞いてみよう。


 村の入り口が見える。あれ? サディ? 森に入ってから、そんなに時間は経ってないと思うけど、ずいぶん早起きなんだな。しかし、どうしたんだ? きょろきょろと落ち着きが無いみたいだけど……何かを探してる? 


「おーい! サディー!」


 お? 気づいたみたいだ。逢魔が時。紫の空を背に、サディが駆け寄って来る。うーん、美少女にお出迎え……悪くない。むしろ良い。思わずにやける。へらへらしながら彼女に手を振った。彼女との距離が近づいてくる。違和感に気づいたのは、彼女表情が、はっきりと見えるほど近づいた時だった。


 目は泣きはらしたように血走り、ただでさえ白かった肌が、不自然なほど青白くなっている。髪を振り乱し、こちらに向かってくるサディ。いや、サディなのか!? なになに!? どういうこと!? ひとまず退却! ……身体が動かねえ!? なんで!? 考えを巡らせる暇もなく、腹部に見事なタックル。そのまま押し倒され、マウントポジション。小さな両手で顔を覆われた。その手は、酷く冷たい。


「……どこに行ってたの?」


 いきおいとは裏腹に、今にも消えてしまいそうなか細い声。それがかえって不気味で、背筋が震える。これは、あのサディなのか? 面影はある……しかし、この形相……正常ではない。


「どこに行ってたかって聞いてるの!」


 サディからは想像できない大きな声が、俺の三半規管を激しく揺さぶる。息を飲む。何か応えなくては……焦れば焦るほど、何と応えたらよ良いかわからず、唸るような、声にならない声を絞り出すので精一杯だった。そんな時、彼女は何かに気づいたのか、視線を俺の頭上に移した。散乱した収穫物。それを一つ、拾い上げた。


「……なあに? これえ?」


 上手く口が動かない……! でも、応えなきゃ……! 気配が伝えてくる。これは……ヤバい! 


「お……お、礼……! サディ……に……!」

「……妾に? これを?」


 俺の顔と果物を交互に何度か見た後、サディは口角を歪める。美しくも醜悪で、どこか不気味に。張り付いたような笑み。果物を見つめながら、うっとりとした表情を見せる。その様子に、俺の不安は掻き立てられていく。


「忍が……これを……妾に……うふふ……うふふふふふ……うひひひひひ!」


 恐怖で顔が引きつる。化け物に遭遇した時とは、全く毛色の違う恐ろしさ。彼女から感じる気配は不安定で、まるで花占い。生殺与奪を気まぐれで決めてしまうような危うさが、びりびりと伝わってくる。俺は、どうなってしまうのか? しかし、そんな不安は一瞬で消え去った。


「嬉しい! ありがとう!」


 そんなものは、初めから存在しなかった。そう思えてしまうほどに、サディは眩しい笑顔をくれた。登る朝日。彼女の全てが元通りになっている? なにが起こった? わずかな間に、わけがわからないことの連続だ。さっきのサディはサディなのか? サディがゲシュタルト崩壊していくみたいだ。


「サディ……あの……」


 思い切って、今のことをたずねてみようとすると、サディは、俺の言葉を遮るように口を開いた。


「ちゃんと! ちゃんと話すから……」


 俺は、小さく頷くことしか出来なかった。


 部屋に戻り、小さな食卓を挟む。無言が続き、空気が重い。今にも張り裂けそうだ。こちらから声をかけるべきか? でも、サディが話してくれると言っている。待つべきなんじゃないのか? 思考が堂々巡りをしていた時、サディは意を決して、思い口を開く。


「あ、あのね! 私……女王様だったって言ったでしょ? それで……その……」


 王冠をかぶったり脱いだり、頭にすぽすぽするサディ。今朝の様子が嘘のように、可愛らしい仕草だ。女王様だったのが、何に関係しているのかわからないが、思わず表情が緩んでしまう。


「気持ちが昂ったり、不安だったり……心がざわざわすると、力の制御が出来なくて……あんな感じに……なっちゃう」


 なるほどね。力の制御か……つまり、どう言うことだってばよ?


「あー、二重人格とか?」

「ううん、そうじゃない。私は私……高圧的になっちゃう。抑えられない、昔の名残」


 わからん! もっとこう、根本的なことから聞かないとダメな気がする。


「ちなみに……ちなみになんだけど、力って……何?」

「……え?」


 サディ曰く、大きく四つに分けられる、魔法の根源の力。電磁力、重力、大きな力、小さな力。どっかで聞いたことあるような……いや、その前に、この世界には魔法があるんだな! 俺が知ってる、火! とか、水! って感じではないみたいだけど、正直わくわくする。


「私は、大きな力を使えるんだけど、力が強すぎて……その……気が付いたら、忍がいなくて、ずっと一人だったから、また一人になるのは嫌で……おいてかないで! って思ったら、目の前が真っ赤になって、探さなきゃ……! 捕まえなきゃ……! 逃げられないようにしなきゃ……! って……ごめんなさい。怖かったでしょ?」

「はは! ちょっとね」

「っ!?」


 サディの表情が強張る。潤む瞳。あああああ! 間違えた! 冗談のつもりだったのに、ショックを与えてしまった。べ、弁明しなくては!


「う、嘘々! 俺のお郷のジョークなんだよ! ぜーんぜん怖がったりなんかしてないよ! 本当に! 本当にちょーっと驚いただけだから!」

「……本当?」

「おうともよ!」

「本当の本当?」

「本当の本当の本当!」

「私をおいてったりしない?」

「もちろん! サディはずっとここにいたんでしょ? だったら、一緒に冒険でもする? なんて……」


 サディが俺に抱き着いた。食卓を飛び越えて。バランスを崩して、後ろに倒れそうになるのを堪えた。そんなに喜んでもらえたのかな? わかってさえいれば、サディの変化も何てことないし、むしろ、依存度高め可愛いって感じ? せっかくなので、もうしばらく、この感触を楽しむことにした。 

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