井戸の中の女の子3
頭に浮かんだのは、またか……だった。落ちるのは、三回目だったか? まあ、今回の落下時間はあっという間すぎて、何とかしなければ! と思っても、反射的に、サディを抱き寄せる事しか出来なかった。俺たちは、あっという間に、大きな水音をたてた。
思ったより深い? いや、足は着く。大丈夫だ。サディとほぼ同時に水面から顔を出すと、お互い目が合った。狭く暗い井戸の中、滴る水の音だけが聞こえる。丸くした目で見つめ合うこと、僅か数舜。しめし合わせたかのように吹きだすと、二人で声を上げて笑った。
こんなに笑うなんて、本当に久しぶりかもしれない。こっちに来る前でも、ここまで笑ったのは、そんなに無かった気がする。お互いにひとしきり笑いあった。
「サディ、怪我は……なさそうだね」
「うん、大丈夫。忍も……大丈夫そう。ふふ」
壁に手を掛けてみる。これなら問題なく登れそうだな。
「サディ、登るから背中に」
「え? し、忍の背中に……おぶさるの?」
警戒している? 気持ちはわからなくは無い。正直、役得だと思っている、やましい自分がいるのは否定できない。しかし、ほぼほぼ善意だ……ほぼほぼね。流石にこのままとはいかないだろう。
「臭いかもしれないけど、今は我慢してくれないかな?」
「いや、あの……別に、臭いは気にしてないけど……」
お願いします。と、背中を向けて待っていた俺の首筋に、サディのしなやかな腕が巻かれ、水気を帯びたやさしい温もりが背中に伝わる。考えてはいけないとわかってはいるのだが、どうしても、考えずにはいられない。悲しいかな、男子の性である。
「忍? どうしたの?」
くだらない妄想にふけり過ぎたか。動揺が隠せない。しかし、悟られるわけにはいかない。出来ることなら、サディと親密になりたいのだから。何を口走ったか覚えてはいないが、あやふやな言葉で必死に取り繕った。……下心がばれたか。
「……お」
お!? なんだ!? お、お、お……オマエ、気持ち悪いんだよ! とかだったらどうしよう!
「重い? 私……」
「はい?」
オモイ? 思い、想い……重い? え? 気持ちが? そんな! まだ出会って少ししかたってないのに! いや、でもまだ俺だって、カワイイ! 惚れちゃいそう! くらいなんだけど? 本気じゃないんだけど? 言い訳じゃないし……良い訳じゃないし! いやでも、こっちの恋愛は、もっとこう……ドライなのか? だったら泣きそう……
「その……体重……忍、動かないから」
カワイイ……恥じらうさまを思い浮かべてしまい、思わずニヤケてしまう。見られなくて良かった。
「いや! 全然! アレだよ! 軽すぎて気づかなかったんだ! あれえ? サディ、いたの? 羽根! 鳥の羽毛でものっかってるのかと思った!」
「ふふ、忍は口がお上手ね」
情けない。何を口走っているんだ俺は? もうちょっと、ましな言葉はなかったのか? ああ、顔が熱い。こちらの顔が見えなくて、本当に良かった。誤魔化すように壁を登り始める。やはり、サディをおぶっていても、ご神木に比べたら、どうと言うことはないな。サクッと脱出して、彼女を降ろした。
「忍、ありがとう」
お礼を言われるのは良いもんだな。しかし、油断していた俺は、サディの言葉に振り返ったところで、強烈な不意打ちをうけた。彼女の衣服が濡れて身体に張り付き、扇情的な線を形作っていたのだ。目が泳ぐ泳ぐ。先ほど以上の動揺に、顔を赤くして、うつむくことしか出来なかった。そんな俺を、さらなる衝撃が待ち受けていた。
「びちょびちょ……」
そう言うと、サディは服の裾を掴んでたくし上げた。その様子を、チラチラ見ていた俺は、上がり続けるそれに、心臓の鼓動を早くしていく。もうちょっと……もうちょっと……下心が唸りを上げ、色んなところに力が入る。まだ上がる! え? まだ上がる! まだ……上がる? 想像以上にあがり続ける裾の異様さに我に返り、慌てて彼女を制止した。
「ちょ、ちょっとまってサディ!」
「ん? なあに?」
「その……服」
「ああ! そうね。乾かすから、忍もほら! 脱いで脱いで」
いや、そう言うことではないんだよ、サディ。
「俺、男なんだけど?」
目をぱちくりさせ、それがどうかしたの? と言わんばかりのサディの表情に、俺が間違っているのかと錯覚してしまいそうになる。ここでは、常識なのだろうか? だとしたら、最高じゃないか! 俺は、何て素晴らしいところに来たのだろう。
「忍?」
本日何度目かの妄想から引き戻される。サディがあまりにも魅力的で、けしからんことばかり考えてしまう。
「ゴメンゴメン……今脱ぐ……」
視線の先には、すっぽんぽんが……そこにあった。思わず変な声を吹き出し、強すぎる刺激に後ずさる。足がもつれて、後頭部に衝撃。俺の記憶は、ここでいったん途切れたのであった。