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井戸の中の女の子

 草木をかき分け、目的地を目指す。自分なりに、広い範囲を散策したつもりだったが、ここまで分け入ることは出来なかった。拠点のご神木に戻れなくなりそうで不安だったからだ。ただ、この不安が無くなった訳ではない。取り越し苦労にならない保証はどこにも無いからだ。


 しかし、俺は、ひたすらに突き進む。これこそ、取り越し苦労にならない保証は無いが、不安よりも、期待が勝っているからだ。仮に、そこに何も無かったとしても、その場所を、新たな拠点にすれば良い。何より、知的生命体の痕跡に、少しでも触れることが出来れば、さらなる期待に繋がる。こうして、期待と言う名の点と点を繋いで行けば、素人が闇雲に散策を続けていくより、生きた文明に辿り着く可能性はあるはずだ。まあ、繋がれば。の話なんだけどな。俺のギャンブラー気質は、加速し続けているようだ。


 進むにつれて、不気味な森に、変化があらわれはじめた。木々の間に、素人目にもあきらかな、人工物が散見しはじめた。おそらくではあるが、かなり古い住居だと思われる。朽ちて、ほとんど形を成してはいなかったが、自然界では、あまりにも不自然な、直角に囲まれていたであろう痕跡も見受けられる。壁か塀だろうか。これは期待が膨らむ。


 胸の高鳴りに合わせるように、自然と足取りも速くなり、俺はついに、不気味な森を抜けた。


 村……いや、廃村とでも言えば良いのだろうか? 古びた小さな井戸を中心に、朽ちた家屋らしき建物がちらほら。かつては家畜小屋だったような建物もあるようだが、動物はいないようだ。ぱっと見、無人のようだが、俺の研ぎ澄まされた感覚は誤魔化せない。ごくわずかではあるが、確かに気配はここにある。


 しかし、この気配。比較的、小型の化け物なんかよりも、圧倒的に小さい。逆に違和感を覚えてしまう程に。間違いなく、意図的に気配を隠している。俺の存在に気付いた上で、身を隠し、こちらの様子を窺っているのだ。


 どこだ? 痕跡を消している? 焦るな、デカい鳥に襲われた時を思い出せ。落ち着いて、だがこの場合は、目は閉じるな。狡猾な化け物とヤりあった時と同じ轍は踏まない。五感は急襲に備えろ。気配のみで探るんだ。


 前方に感覚が集中していく。これは……まさかとは思ったが、井戸の中? なるほど、水を飲みに来たところをザクっとってことか。考え方は、あちらの方が、一枚上手のようだな。ここに直で来ていたら、間違いなくヤられていただろう。


 石でも投げいれてみるか? いや、真正面からヤりあっても、勝ち目があるとは思えない。こちらの強みは、呪いによる不意打ち。条件さえ整えば、今のところ、防御力無視の一撃必殺。だが、そんなことは論外だ。やっとの思いで見つけた何者か。何匹も化け物を呪い殺したが、井戸の中の存在が、もし、人間だったとしたら……傲慢だが、天秤の上の命の価値は平等ではない。この業は、俺にはとても背負えない。


「井戸の中にいる人、俺の言葉は分かりますか?」


 伝わってくれ。願いながら声をかけた。気配に生じるわずかな揺らぎ。出てきてくれるか? 金槌はかまえない。争いは避けたい。ただ、逃げる備えだけは解くな。嫌な汗が、額に滲んだ。


「助けて欲しいんです。聞きたい事も、沢山あって」


 さらに声をかける。そして、沈黙。ブラフだと思われている? それとも、機会をうかがっているのではなく、踏み入らなければ、攻撃する意思はないのか? それならば、一旦引いて、これから根気よく語り掛けていって、害意が無いことを示していった方がいいんじゃないか?


 引くか。そう考えていた時だった。井戸の中の気配が大きくなる。ロープが張り、滑車が回る。何者かが上昇してくる。


 まず現れたのは、王冠。そして、綺麗な髪に、可愛らしく整った貌。美少女と言って差し支えないだろう。その美少女は、弓を携え、王冠と貌にあまりにも似つかわしくない、ぼろ布のような服に、その身を包んでいた。


「よく来たな、旅の者よ! 妾の大帝国に、よくぞ参った!」


 井戸の縁から飛び降り、開口一番言い放った。これは……言葉は通じるが、意思疎通が出来ないタイプの子だ。喜びはある。しかし……ここまでの道のりから、張りつめた空気。それに拍車をかけるような、意味不明な言動。疲れた。確認は取れたんだ、一回出直しても良いだろう。この美少女も、緊張がとけて、ハイになっているのかもしれない。一旦落ち着いてもらった方が良いはずだ。


「あ、出直してきます」


俺は踵をかえした。


「行かないでえええ!」


 しがみつかれた。こんな時、どうすりゃ良いんだ? 振り向き、美少女の様子をうかがう。心細いのか? 涙ぐみ、赤くなった瞳で俺を見上げていたが、突然、眉間にしわをよせた。


「臭い!」


美少女は、可愛らしい貌を歪めて飛びのいた。失礼な……いや、まあ、当然、風呂なんか無かったし。川や池なんかも見つけられ無かったし。て言うか、サバイバル中は臭い方が都合良かったし……女の子に、臭いって言われるとへこむな……


「ご、ごめんなさい……悪気があったわけじゃないの。あまりにも臭……じゃなく、びっくりしちゃって……」

「いや、良いよ。自分でも、臭いと思うし。こっちこそ、ゴメンね」


お互い、バツが悪そうに、取り繕った笑顔を浮かべた。

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