サバイバルする呪術師2
早速、見えた集落を目指そうと思ったが、大きな問題に直面する。俺は、重要な事を失念していた。登ったまでは良かったが、降りることが出来ない。これは、身体的な問題と言うより、心の問題だ。
おそるおそる見下ろす。手足をかけるべきところはわかる。だけど、怖い……でも、降りるしかない。このままでは、集落を目指すどころか、白い靄で空腹を満たすことも出来ず、結局くたばってしまう。
「やるしかないのか……」
久しぶりに、叫びや呻きではない声が零れた。恐怖と緊張でかすれた声だった。
意を決してしがみつく。はたから見たら、酷く不格好だろうが、背に腹は代えられない。ずりずり、ずりずりと、かたつむりやなめくじのように、ゆっくりゆっくり降りていく。登ったときの、何分の一のスピードだろう? 体力的には平気でも、心労が半端ない。一休みしようと、手近な枝に腰かける。
根本的に解決はしていないが、一安心ということで、大きく息をついた。この高さでも、良い景色だった。炭酸飲料でも飲みたいな。そう言えば、飯だけじゃなくて、水分もとれてなかった。果実のようなモノは、いくつか見かけたんだが、見た目がアレで、とても口に入れる勇気はなかった。
そろそろ再開しようと、腰を上げようとした時、嫌な気配が俺を包む。こっちにきてから散々浴びせられた、俺を捕食しようとする、化け物の意思の塊。きっと、これが殺気と言う奴なんだと、襲い襲われしていくうちに理解した、不快でたまらないこの感覚。
幸い、ここはご神木の上だ。どのくらいの距離まで効果が及ぶのか? と言うのは、正確に試したことは無いが、見えていれば問題ないはず。金槌を握り身構える。
しかし、いったいどこから来る? 一面見渡せるこの状況、迫り来るであろう対象を、視認することが出来ない。
ただでさえ、降りることで精一杯で、精神は摩耗しきっていたのに、どこから襲い掛かってくるかわからない化け物。さらに精神は削られていく。だが、食われるわけにはいかない。研ぎ澄ませ! ヤらなきゃヤられるのは俺だぞ!
集中力を高めろ。見つけられないなら、視覚に頼るな。聴覚、嗅覚、触覚だけじゃない、第六感みたいな不確かなモノでさえ! 俺の全部を導入して、この状況を対処するんだ!
水面の波紋が小さくなっていくような感覚。動揺が落ち着いていくにつれ、気配のありかが鮮明になっていく。わずかではあるが、確実に近づいてくる風切り音と、頭髪に伝わる不自然な風圧。まさか……!?
「上か!」
見上げた先、迫りくるは、巨大な怪鳥。怪鳥は、その巨体からは想像出来ない速度で急降下してきている。
ダメだ、間に合わない! とっさに眼下の枝に飛び移る。飛ぶと同時に、枝がへし折られた。緊急事態とは言え、飛んだときは、生きた心地がしなかった。
ふらつきながらも着地して身を翻し、金槌を振りあげる。しかし、怪鳥は、その巨体に似つかわしく無い機敏さで、まるで燕のように縦旋回し、今度は真下から迫っていた。
再び枝がへし折られた。俺はと言うと、飛んだ。飛ぶしかなかった。ここに落ちいて来たとき以来の浮遊感。重力に引かれるってことを、身をもって実感する。ただ、諦めた訳じゃない。確証と言う程じゃあないが、賭けるだけのなにかがあった。助かる気配を感じたんだ。追ってこない? 怪鳥は諦めたのか、ホバリングしながら、落下する俺の姿を見つめていた。
木々に突っ込んだ。いくつもの枝の折れる音。鈍い墜落音とともに、地面に激突した。
悶絶。痛い……痛すぎる……もう絶対やらない……激痛をこらえながら、よろよろと立ち上がる。その時、俺は気づいた。確かに痛いが、骨が折れたりした様子が無い。あるのは、肌が露出していた部分にわずかな擦り傷があるくらいだった。
関節をあちこち動かしてみる。どうやら異常はないみたいだ。この辺り目掛けて飛べ! という俺の直感……もとい、気配感知能力はここまできたか。危険だけでなく、安全も感じ取れるようになるとは。
しかし、ここに来てから、我ながら、少々博打がすぎるなあ。一か八かの連続だ。脳内物質のせいだろうか? 正直、スリルに快感にを覚えていくような気がする。俺って、ギャンブル脳だったんだな。
元の世界に戻れようが、ここで一生過ごすことになろうが、ギャンブルには、手を出さない……ほどほどにしとこうと、ぶれぶれの心に誓って、俺は集落を目指すのであった。