サバイバルする呪術師
あれからどれくらいたっただろう? あてもなく歩き回ったが、見知った場所に辿り着くことは出来なかった。その間、得体のしれない化け物に、何度も遭遇し、初めのうちは、逃げたり隠れたりしてはみたものの、直ぐに追い詰められ、仕方なく呪い殺す。こんな日々を続けていたが、おかげで気づいことがあったり、考え方が変わってきたりした。
まず、この呪い。藁人形を、ご神木以外のものに打ち付けると、効果範囲がめちゃくちゃ狭い。半径二、三メートルってところか? 対象に近づかないといけない。おかげで、気配と言うものに敏感になった。今まで感じた事がなかった、漠然とした、抽象的なイメージとでも言うか……要は、こそこそするのが上手くなった。
危険を感じ取ると、身を隠し、周囲を警戒する。気づかれていなければ、対象に忍び寄って、釘を打ち付ける。対象の亡骸から、白い靄を吸収する。そして、この白い靄。現状、大いに助かっている。これを吸収すると、傷が治って疲れが吹っ飛ぶ。現代人故に、特に困っていた食べ物事情も、この靄が解決してくれて、空腹すらも満たしてくれている。ヤバい薬みたいな効果があったら…… とも思ったが、今のところ、何ともない。仮に何かあったとしても、生き抜くためには仕方ない。その結果、化け物を呪い殺し、その度に増える木の穴を見ても、罪悪感を覚えることもなくなった。悲しいかな、荒んでしまったのだ。
ただ、この白い靄。化け物によって、多い少ないがあるみたいで、やはり量が少ないと、効果が小さい。どうやら、大きくて凶暴になるほど量も多くなるようで、抜き足差し足忍び足なんて口ずさみながら、ゲーム感覚で意気揚々、スニーキングのコツをつかんで調子に乗ってきた頃、見事に痛い目にあった。身体のあちこちがぶっとんで、ヤバいなんてもんじゃあなかったけど、釘を打つために必要な部位が無事で、九死に一生を得た。弱肉強食。野生とはこう言うもんだ。教訓を得たと思えば、良い経験だったんじゃあないかな。二度とはゴメンだけど。
しかし、そろそろコミュニケーションがとれる人間……とは言わないまでも、何かしら意思疎通がとれる存在と出会いたい。あれからずっと、孤独感や心細さを抱えているし、白い靄で満たせると言っても、何かちゃんとした物が食いたい。贅沢言えば、美味ければなお良し。拠点にしているご神木にもたれかかりながら、物思いにふける時間も増えてきた。
ただ、仮に、ここが異世界だとしても、こんな化け物だらけの場所に入ってくるような奴なんていないんじゃないか? とも考えていた。ここが森の浅い場所ならまだしも、深部も深部のど真ん中だとしたら、俺なら絶対入ろうとは思わないよな。最悪、ここがどのあたりかだけでもわかれば……と、ご神木を見上げた。
その時、俺はある事を思いついた。ご神木を登って、上から見渡してみよう。そうすれば、何か見えるかもしれない。
だが、問題もあった。周囲の木々程度ならまだしも、このデカさ……運動は不得意って訳ではないけど、俺に登ることが出来るだろうか?
まあ、物は試し。飛びつく。しがみつく。手を上に足を上に。もっと上に、もっと上に! もっと高く、もっと高く!
驚いたことに、スムーズに登れている。なんだかんだ、それなりにサバイバル生活も長い訳だし、筋力も上がっているのかもしれない。手足を引っかけちゃダメな部分も、気配でわかるようになり、中腹に来る頃には、ボルタリングの選手のように、ひょいひょいと登れるようになった。
そして、頂上。見下ろせば、霧がかった不気味な樹海。だが、見渡せば、清んだ空に太陽。彼方には、連なる巨大な大雪山。吹き抜ける風が心地よい。ここには、毒々しい霧も無い。目を閉じて、深呼吸。旨い空気を胸いっぱいに吸い込んだ。気分が良い。白い靄に頼らない、自然の清々しさを噛み締めた。
じゅうぶんに堪能して目を開ける。何かないかと周囲を見渡す。するとそうだろう、まるで、木々や霧が避けるように、樹海の中にぽつんと、集落のような、ひらけた場所があるではないか。距離はあるが、今の俺なら辿り着けなくはないだろう。
俺は集落を目指す事にした。