風に揺られて
瓦礫に腰をおろし、すっかり平静を取り戻したサディの作業を眺める。彼女は、宙に浮べた竜王の亡骸を解体していた。翼をおとして皮や鱗を剥ぐ。ずるむけになった中身は、まだ使わないからと、近場に放り投げた。そのせいで、辛うじて原型をとどめていた建物が、ぺしゃんこになったが、彼女に気にする素振りは微塵も無かった。
この村の惨状を、気にしなくて良いと言われたが、やっぱり気になるわけで。しかし、彼女の作業っぷりを見ていると、あ、本当に気にしなくて良いんだあ……と、心が少しだけ軽くなっていく。
「邪魔」
サディが腕を振ると、瓦礫が吹き飛ばされていく。その瓦礫、昨日まで住んでたところの残骸なんだけどなあ。どうやら、思い入れとかはないみたいです。その場所に、コンパクトに畳まれた皮が降って来る。隣に鱗が、そのまた横には爪や牙。ほとんど、表面だけの素材だと言うのに、もの凄い量だ。
宙に浮いているのは、翼だけとなった。サディは、翼膜を切り離す。腕を振り、残りを放り投げると、翼膜を綺麗に広げた。そこからさらに切り分け、端を重ね合わせていく。縫い合わせるつもりのようだ。
しかし、糸なんてどこに? この状態から見つけようにも骨だぞ。そんな俺の杞憂もいざ知らず、サディは器用に翼膜を縫い合わせていく。何でって? 髪だよ。サディの髪がうぞうぞ伸びたと思ったら。某げげげの毛ばりみたいに飛んでいって縫い合わせてんだよ。ってことは、俺のスエットも髪で直してくれたのかな? ……愛情と思えばなんともないな。今は、愛されたい願望の方が強いし。
作っている物が形になって来るにつれて、それが何なのか見えてくる。これは、気球だ。ドラゴンの翼膜は、気密性が高いようで、縫い合わせただけの状態でも、空気を含んで軽く膨らんでいる。
「忍、持ってて」
畳まれた気球が降って来る。俺はそれを見事に受け止め……きれず、押しつぶされた。いけると思ったんだけど、想像以上に重い……けど、無理すれば、持てなくはないな。そんな俺の様子を見て、サディはけらけらと笑った。
ずる剥けの中身が宙に浮かんだ。ははーん、今度はアレを解体するわけね。
「本当は、血も採っておきたかったんだけど」
森に、血の雨が降り注いだ。腹を裂き、内臓を取り出す。
「心臓は、忍にあげるね」
さっきと同じ要領で降ってきた心臓を受け止める。今度は、しっかりと受け止めることが出来た。滴り落ちる血。なんとも言えない感触が生々し。はは、意外と小さいな。俺は青ざめながら現実逃避をした。
残った内臓を細かく切り分けていく。それを、四方八方の森へばらまいている。森の民の女王様がそんなことしていいのか? とたずねると、私が一番偉いからと、誇らしげにおっしゃられたので、家臣の俺は、口をつぐんだ。
肉を骨から切り離す。さきほどから、とても包丁では出来ない解体法で、ばっさばっさ解体していくが、大きい力とやらが使えれば、物を宙に浮かせて、何でもかんでも切るみたいなことが、誰にでも出来るのだろうか? 疑問に思ってたずねてみた。
「普通は出来ない。基本こう言うのは、重力の領分」
大きい力は、基本的に強化の魔法。主に身体能力を高めたり、物体を頑丈にしたりするもだが、圧倒的な力を持つ彼女の場合は特別。ありあまる大きな力を強く大量に放出することによって、重力制御と同じようなことを、疑似的に再現しているらしい。サディの力が強いから、出来る芸当のようだ。
「どうせ肉もダメになっちゃうから」
肉が細切れにされていく。その光景をみてふと思った。
「ねえ、サディ」
「なあに?」
「その肉って、食べられるの?」
「食べられるよ」
やったぜ! 肉だ! 肉!
「あ、ちなみに、美味しい?」
「うーん、普通かな。食べたいの?」
「食べたい!」
食べたいの? と君が言ったから 某月某日は ドラゴンステー記念日! ひゃっほう!
瓦礫の中から適当な板を引っ張り出して、その板の上にほどほどの量の肉をのっけてもらった。火だ! 火をおこさなきゃ! またまた瓦礫から適当な板を引っ張り出して、その辺から拾ってきた枝ッ切れをこすり合わせる。がりがりがりがり……つかねえ。
「サディー……」
情けないが泣きついた。
「もう、しょうがないなあ。板押さえてて」
枝っきれが高速で回転して、板に押し付けられると、瞬く間に煙があがった。やった! 火種が出来たぞ! ってしまった!? 燃やすモノを用意してない!
「忍、ちょっと離れて」
サディが手をかざすと、音をたてて火が上がった。
「ありがとう。こんなことも出来るんだね。すごいなあ」
「ちょ、ちょっとしたことなら、応用がきくの」
彼女は照れくさそうに笑った。骨を断ち切る音が大きくなった気がした。
燃えそうな物を集めて焚火を作った。肉を枝に刺して焼く。肉が焼ける音、滴る油の臭い……よだれが止まらん。ドラゴンってどんな味なんだろう? もういいかな? まだかな? ああ! もういいや! 生焼けでも死にはしないだろ! だって、アンデットだもんねー! いただきまーす!
「……美味い」
涙が出た。少し硬いが、そんなことは些細なこと。当然だが、牛とも豚とも鳥とも違う。だが、噛み締めるたびに口いっぱいに広がるうま味が、確かな肉の触感を思い出させてくれる。食べると行為を通して、改めて、生を実感している。アンデットだけど。
「美味しい?」
いつのまにか、作業を中断したサディが、しゃがんで俺の顔を覗き込んでいたので、驚いてむせる。
「大丈夫?」
「んん……大丈夫大丈夫。あ、ゴメン……俺だけ食べちゃって」
「ふふ、気にしないで」
「よかったら、一緒に食べない?」
サディは首を横に振った。まあ、見てくれが悪すぎるよな。本当は、また食べさせてほしかったりしなかったり、食べさせてあげたかったり……くそう!
「ごめんなさい、食べるのって顎が疲れるから好きじゃないの」
想像の斜め上のこたえが帰って来たのだった。




