腐れ縁
「じゃあペアになって準備運動はじめるようにー。」
二限目は隣のクラスとの合同体育だ。
角刈りの体育教師の声を合図にそれぞれ中の良い友人同士ペアになっていく。
「絃、やろーぜ。」
僕に声をかけてきたのは鈴木でも山下でもなく、隣のクラスの篠原 柊。
篠原は180近い背丈に白に近い金髪に耳にはたくさんのピアス、とにかく目立つ奴だ。そして、両親以外で唯一僕を絃と呼ぶ人間だ。
僕らはいつも通り準備体操をはじめる。
僕のような暗いやつがこんなパリピに象徴とも言えるような男が何故親密な関係かというと、一言でいうと腐れ縁だ。
篠原は小学6年のころ、僕の小学校へ転校してきた。
そのころの篠原は今の明るい感じとは異なり、人を殺めそうな目をしていたことをよく覚えている。
そこからなんやかんやと仲良くなり、中学、高校を同じ学校に進学した。
篠原は一見不真面目そうに見えるが、勉強もスポーツもすこぶる得意で、この学校にも特待生として通っている。
金髪が許されるのか?と思うかもしれないが、この高校はとにかく実力主義なため、篠原ほどの生徒にはかなり甘いようだ。
「そういえば、やよいちゃんは元気?」
篠原は背中合わせの僕を軽く持ち上げながら世間話をはじめる。
長身のやつの背筋伸ばしは少し怖いな、なんて思いつつも「まぁ、元気だよ。」とあくまでも平然を装って答える。
「やよいちゃんももう小5だろ?しばらく会ってないなぁ。彼氏とかまだいねぇの?」
「いてたまるか!」
僕らは他愛のない話をしながら準備運動を進めていく。
篠原は僕の家にも何度か遊びにきたことがあるし、やよいの遊び相手となったこともある。
「やよいちゃん可愛いんだから、そろそろ覚悟しとけよ~。」
篠原はわざとらしくにやにやしながら僕を見る。
「やよいちゃんがあと3つくらい大人だったら俺、全然いける。」
「何いってんだよ。お前女好きに僕の妹はやらねーよ。」
いつも違う女を侍らせている篠原の女の一人に僕の妹が加わるなんて死んでもごめんだ。
「相変わらずシスコンだなぁ、お前。溺愛しすぎじゃね?喧嘩とかすることあんの?」
「喧嘩はしないな、まぁ、今朝怒らせたけど。」
「怒らせたって、何したんだよお前。」
篠原は半笑いで僕に尋ねる。
「いやー、行方不明者のニュースでちょっと…。」
僕はなんとなくちゃかすのは不謹慎なように思い、少しはぐらかした。
「行方不明者――…ね。」
適当に笑うと思っていた篠原が思いのほか神妙な顔をしていることに僕はきがついた。
まずいことを言ってしまっただろうか。
「もしかして知り合いに――」
僕が問いかけようとしたとき、篠原は言葉を遮って、
「いねーよ。俺の知り合いにはそんなやつ。」と答えていつも通り笑った。
なんだ、思い違いか、と胸を撫でおろした。
「おーい、そろそろ集合しろ。」
体育教師の声で僕らはそれぞれのクラスの列へ混ざった。