2-02 開店1年目の状況
村に出掛けてから2組目の客がやって来たのは、最初の客から半月ほど過ぎてのことだった。
「今度は5人よ。女性もいるみたい」
「前衛、中衛、後衛と役割分担を分けてるね。最初の2人は戦士職で最後尾を歩いてるのが魔導士や神官職だな。真ん中の1人はレンジャーというところだろう」
レンジャーが後衛の防衛と前衛の補助を同時に行う。
元盗賊が多いらしいが、足を洗っているなら問題は無いだろう。素早い動きで短剣や、弓を扱うんだが、今回はスライムが多いと聞いていたのだろう。短槍を杖代わりにしている。
「前よりスライムさんが多いから楽勝なんでしょう?」
「いや、全滅しかねない。スライムに指示は出せないのかな?」
「簡単なものなら理解できるにゃ。でも、止まれや進めぐらいなものにゃ」
それで十分だ。少なくとも一方的な戦いを避けられる。
「入り口のこの部屋に50体、奥に50体。残りは適当に通路を徘徊させられるかな?」
「ここに置くなら見つかってしまうにゃ」
「ぼろ布でも掛けておけばだいじょうぶだろう。扉の影がいいな」
通路の前後を挟むことができれば、スライムの攻撃も有効になるんじゃないかな?
もう少し広ければ、放っておいてもいいのだろうけど、少ないスライムで効率的にマナを稼がないといけないからねぇ。
スライムの餌を育てようと、腐った木や落ち葉まで入り口近くの部屋に積み重ねてあるからな。あの中に潜りこませておけば、そう簡単に見つけられないだろう。
村近くの荒れ地で見つけたぼろ布も、持ち帰っておいてよかった。拾った時にはミーナさんから白い目で見られたんだけどね。貧乏症だと思われたのか、それともケチだと思われたのかもしれないな。
ダンジョン前で、冒険者たちが休息を取っている時間を利用して、ミーナさんがスライムを移動してきた。キューブの持つ移動手段は、まるで転移魔法そのものだ。
ダンジョンに客がいる間は、ホムルンクルス達の工事がどうしても滞ってしまう。早く帰ってほしいところだけど、スライム達と戦闘してくれないとマナが溜まらないんだよな。
今回の侵入成果で、更にホムンクルスを増やすことができれば良いのだけれど……。
「入ってきた!」
「このまま奥に向かってくれよ……」
まさか入り口に一番近い部屋にスライムがたむろしているとは思わないだろう。
案の定、松明を掲げてちらりと見ただけで奥に向かって行った。
「まっすぐな通路は問題だね。早いところ横の通路を作らなくては」
「横穴を掘ってるんでしょう? でもあんなに長い通路が必要なの」
「長いことが大事なことなんだよ。2か月ほどで何とかしたいんだけどね」
クリスの話しでは、マナを消費することで一気に広げることも出来るらしい。だけど、そんな工事が千マナ単位だから、今のところは高値の花というところだ。この先数年はそんなことにはならないだろう。
「スライムさんと戦ってますよ!」
「奥に進んでいるな。今のところはそのままで良い。スライムも全滅にはなっていないね」
仮想スクリーンに映しだされる平面図に赤と青の輝点が入り乱れている。
戦闘経験を持ち、かつ相手を攻撃したモンスターから得られるマナは魅力的だ。次の出会いで冒険者達は前に進むだろうが、背後を取られたらどう動くのだろうか?
かつての俺達のパーティだったら、背後を取られた段階で一目散に出口を目指すだろう。たかがスライムと侮る連中は長生きは出来ない。
連中の鼻歌が聞こえてきそうだ。意気揚々と奥に進んでいる。最後の部屋の扉を開けた途端に、彼等の足が止まった。
前衛の1人が扉を閉めようとした先に、彼の手にスライムが落ちる。
手を振ってスライムを落としたが、どうやら繊毛に刺されたようだな。あれでは長剣を握ることはできないだろう。
それでもパーティの間隔を広げると魔導士が火炎弾を放つ。刺された前衛は神官職の手当てを受けたようだ。再び剣を握っている。
「前のパーティの方が、良かったように思えるけど?」
「通路が狭すぎるんだ。少しずつ後退してるだろう? そろそろ、待機してるスライムを通路に出してくれ。彼らの間を通り過ぎて奥に向かうだけでいいぞ。そのタイミングで今戦っているスライムも奥に戻した方がいいな。通路に転がった核で満足してもらおう」
後ろからのスライムの群れに少しばかりパニックになっていたけど、彼等を通り過ぎるだけだったから大きな怪我を負うことは無かったようだ。
突然に通路から消えたスライムを怪しんでいたようだったが、落ちているスライムの核を集めて入り口に向かって歩き出した。
やはり浅いダンジョンでは、出来ることが限られてくるなぁ。拡張工事を急がないと、つまらないダンジョンだと思われかねない。
「スライムダンジョン」と呼ばれない内に、何とか方法を考えないといけないだろう。
マニュアルを片手にソファーに腰を下ろして頁を捲る。
ヒントぐらいは書いてあるんじゃないか?
「今度は220マナになったよ。こんなに増えたの初めて!」
「魔族からの増援はあったのかな?」
「スライムさんが100体に、スケルトンさんが10体! レベルの上がったスライムさんが外れるから、これでスライムさんの数は162になるのかな」
スケルトンが2倍になったからには、工事も捗るに違いない。できればスケルトンを冒険者に当てたいけど、逃げる場所がないからなぁ……。今すぐの戦闘投入は見合わせるべきだろう。
「ホムンクルスを1体増やそう。スケルトンは出番が来るまで拡張工事を手伝ってもらえば良いんじゃないかな」
「数が一気に増えたから工事が捗るにゃ」
「この辺りに、広場が欲しいな。噴水仕掛けの水場があるとスライム達の憩いの場が出来るんじゃないか」
ダンジョンの図面を仮想スクリーンに出して貰って、入り口から真っ直ぐの回廊の突き当りを指差した。
「噴水? それなら庭園みたいにしないと……。でも突き当りだよ?」
「入り口から一直線だけど距離があるからね。それに回廊の突き当りに金属の扉を設ければ良いだろう。常に閉じておく扉だ。この広場に行くには、この部屋を経由することになるし、広場を拠点に拡張も出来るだろうからね」
部屋4つ分を潰すような感じだからかなりの大きさになる。1階のシンボルに出来そうな広場だから、多目的に利用できるんじゃないかな。
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5人連れの冒険者が去って、10日程経ったところで3人連れの冒険者がやって来た。
同じように対処したんだが、今回は通路を塞ぐ土砂の向こう側にスケルトンを置いたのが問題だったようだ。かなりの深手を負わせてしまったらしい。
ダンジョンを出てから傷の手当てをしていたけど、あれでは冒険者として再起することが出来るか疑わしいところだ。
片方の腕を折ってしまっているからねぇ。しばらくは長剣を握れないだろう。
上級の治癒魔法で完治するかもしれないが、対価はかなり高いものだと聞いたことがある。
上級魔法の使える冒険者に知り合いがいたなら、それなりの値段で直してくれるんだろうけどね。
「3人だから、100マナにも届かなかった。スケルトンさんが2体が帰って5体新たに増えるみたい」
クリスが嬉しそうに話してくれた。
だけど、モンスターの数とダンジョンの大きさはある程度の関連性がある。これでスケルトンが23体となるなら、来年には現状の4部屋を何とか7部屋に拡張したいところだ。
スケルトンを1階の主戦力とするなら、どう考えても2桁の部屋数が必要だろうし、ダンジョンの広がりだって、500m四方は欲しいところだ。
「現状はこのままで行きたいけど、拡張の方は進んでるのかな?」
「突き当りの部屋から左に拡張してる最中にゃ。部屋が2つ出来たところで、少し大きな部屋を作るにゃ。ダンジョンの連結は今年の冬の目標にゃ!」
それが終わればいよいよ広場の建設になるのかな?
まだまだ先は長いようだ。
ダンジョンに冒険者が来ない間を利用して、ミーナさんと一緒に草を刈り、狩りをする。
ミーナさんの弓の腕はかなりのものだ。ウサギ罠を見回りながらの狩りで、野ウサギの獲物が増えるし、たまに鹿もトラバサミの罠に掛かる。
内臓はスライムやホムンクルスの食事になり、肉と皮は村で売ることで冬用の雑穀を蓄える。
村に向かう時は、毎回とはいかないけどスライムの核を持って行く。
興味を示す冒険者もいるし、雑貨屋でも東にあるダンジョンでスライムの核が手に入ると覚えてくれたみたいだ。
村から戻ってきたところで、雑穀の袋を管理室の隣に新たに作った倉庫に積み上げた。
10m四方程の部屋だけど、管理室の端に雑穀袋を積み上げるわけにはいかないだろうし、ダンジョン作りに必要な品は今後も増えるんじゃないかな。
それに、外に出るための魔方陣を床に作れるから、管理室の床を汚さずに済む。
いくら【クリーネ】の魔法で毎日部屋の汚れを取っていると言っても、汚さない方が良いに決まってる。
倉庫の左右に3段の棚も作られているから、荷物の分類も出来るだろうけど、これで500マナの出費は痛いところだ。
やがてダンジョン前の広場に雪が積もり始めた。
今年の客は4パーティだけだったけど、開業したてだからねぇ。来年はもう少し数を増やしたいところだ。
「中央の回廊をさらに伸ばしてるにゃ。部屋は新たに2つ出来たけど、回廊をいくつも作ったからだいぶダンジョンらしくなってきたにゃ」
「だいぶそれらしくなってきたね! 今度はどこを塞ぐの?」
「この3カ所で良いんじゃないかな? 広場の工事場所にジェネレーターを移動しなければならないし、土砂の搬出用の魔方陣はこの通路に作ることになる。広場の工事も大事だけど、この広場を使って回廊をさらに伸ばさなければならないよ」
東西に大きく回廊を伸ばす。
それでダンジョンの広がりを目指せば、ダンジョンそのもののレベルを上げることも出来るだろう。だけどレベル2は10万㎡の広さが必要だ。3年目には何とかしたいと思っていたんだが、どうやらかなり難しくなってきたな。
ダンジョンの連結が出来たころには、ダンジョンの周囲が雪で覆われていた。
山裾ではなく山腹に作られたダンジョンだから、わざわざこの場所までやって来る冒険者はいないようだ。
雪解けまでに少しでも拡張しようと、ホムンクルスとスケルトンが昼夜を問わず作業を続けている。
この冬で中央広場もかなり大きくできそうだな。
ダンジョンの拡張計画を3人で何度も話し合い、少しずつ形が定まっていく。
暇だから、魚を獲る罠でも作ってみようかな。ダンジョンから東に行くと川が流れている。それほど大きな川ではないんだが、ホムンクルスの食料に色を添えられるなら、やってみる価値がありそうだ。
外は一面の雪だから、スケルトンに雑木の枝を大量に運んでもらった。地を這う蔦を見付けるのは苦労したんだろうけど、それなりの量を揃えてくれたから、のんびりと罠を作り始める。
毎日灰色の空だし、外は一面の銀世界だ。単調な生活だから月日の経過が分からなくなってしまう。
それでも、春はやって来る。
ある日のこと。朝食が終わった俺達に、クリスが今日が春分であることを教えてくれた。
「となると、もう直ぐ雪解けになるね。また冒険者が来ればいいんだが」
「今度はスケルトンも使えるにゃ。10体を工事に残して13体を配置できるにゃ」
「スケルトンは倒すと武具を置き去りにするんだよな。そうなると2体分ほど武具を調達したいところだ」
「スケルトンさんの武具……。これのこと?」
管理室はいつでも25℃辺りなんだが、窓の外が雪景色ということもあって、何となく肌寒く感じてしまう。
冬は暖炉近くのソファーが俺達の定位置になってしまった。
ソファーに腰を下ろしながらも、バングルを使えばキューブの機能を一部使えるらしい。
クリスが俺達の会話を聞いて、マナで購入できるリストを調べると、俺達の前に表示してくれた。
「錆びた片手剣に丸い盾。ヘルメットにチェインメイルで一式なんだな。それにしても錆びてるな」
「戦場で拾う武具にゃ。値段は安いけど、ドワーフが鍛えた品にゃ」
魔族がドワーフ族を従えたのはかなり昔のことらしい。地下に住むドワーフ族は優秀な戦士でもあるんだが、冶金技術に優れた鍛冶職人でもある。
平定された後には、戦場に出ることなく魔族に武具を提供するだけだと、ミーナさんが教えてくれた。
「要するに売れるってことだよね?」
「潰して人間族が鍛え直してるにゃ。でもドワーフ族の技術には達しないにゃ」
ならば大量に買い込んで売りさばけば、俺達の残金を心配しないで済むかなと思って注意書きをよく読んでみた。
「1年に1回! しかも10体分までだって?」
「ここに書いてないけど、良い品はドワーフに引き渡されるにゃ。そうなると、それほど数は出ないにゃ」
1体分当たり、30マナは高いのか安いのかに迷うところだ。
『スケルトン出ました』を、今年何回行えるかの問題もある。せいぜい2回。俺達の見掛けレベルを考えると2、3体分にしておくのが無難だろう。
「5体分で良いかな? これで冒険者がやってこないと本当に困ってしまいそうだ」
「上手く行けば、大勢やって来るにゃ」
ということで、雪が消えたら新たな餌を撒くことになった。
※2年目の春分での収支決算
(1)手持ち金
①支出
・食費 =10,950B
365日×30B
・松明 =200B
20本×10B
・雑穀(8袋)=400B
・ビスケット =120B
② 収入
・狩りの収入=1,520B
③残金
30,660B-18,990+1,520=20,510B
(2)手持ちマナ
①支出
・ホムンクルス召喚=100M
・スケルトンの装備(5体分)×30=150M
②収入
・冒険者
冒険者の延べ人数18人×5M(1日)=90M
・負傷者延べ人数6人×10 =60M
・魔族の戦闘による収入
戦闘回数4回×60M/回(平均) =240M
③ 残マナ
・3,400-250+390=3,540M
マナは増えたけど、設備費でかなり消費しそうだ。
3年目は何とかなりそうだが、食費でバイトがかなり食われるのが問題だ。
鹿を8頭狩ってくれたミーナさんに感謝だな。今年10匹以上狩れるなら何とか4年目は持ちそうだ。