2-01 初めての客達
村の通りを北に向かって肉屋を目指す。
カウンターの前の板の間に、俺が鹿を魔法の袋から取り出すと、ミーナさんも自分の持つ魔法の袋から野ウサギを取り出してカウンターに並べる。
「今度は鹿も一緒か! まったく若いのに腕がいいな。鹿が150バイトで、野ウサギは3匹で30バイトで良いか?」
「十分です。次も鹿を届けられれば良いんですけどねぇ」
「ははは、待ってるからな」
気の良い親父だな。ありがたく180バイトを受け取って、今度は道具屋に向かった。
道具屋の通りを挟んだ向かい側が冒険者ギルドらしいが、今の俺には無用な場所だ。
道具屋の扉を開けて中に入ると、何組かの冒険者がいた。これから依頼の仕事をする前に必要な品を揃えていたのだろう。
冒険者達が俺達に視線を向けたが、直ぐに視線を元に戻している。自分達よりも劣る装備を見て、猟師だと思ってくれたに違いない。
ミーナさんと一緒にカウンターに向かうと、店員に声を掛けた。
「スライムの核を買い取ってほしいんだが?」
「買い取りですね。ここに並べて貰えませんか」
ミーナさんよりも年上の女性だ。まだ嫁に行かないのかな?
腰のバッグから取り出した革袋の中身を、カウンターの上に置かれた四角い箱の中にバラバラと落とした。
「わぁ! だいぶありますね。ちょっと待ってください区分けしますから」
箱の底には横に溝が彫られている。それを使って並べるんだろう。
白、青、緑に、赤と4種類だな。
「白が8つで16バイト、青と緑は1つ3バイトですから、……33バイト、赤が6つで30バイトになります。全部で……、79バイトですね」
銅貨が俺の前に並べられる。さすがに銀貨にはならないな。
お菓子を買おうかと思ったけど、この店には無いようだ。帰ろうとしたら後ろから声を掛けられた。
「兄ちゃん。だいぶ稼いできたな。それほどスライムがいる場所が思いつかないんだが?」
「ああ、それなら東にあるダンジョンですよ。ダンジョンというより、いくつか部屋のある洞窟という感じでした。雨宿りをしてたんですが、たくさんスライムが出てきたんです」
良し! これで、店の店員と少し目つきの悪い冒険者の耳に情報を入れたぞ。
これで今回の役目は終了だ。早めに帰るとするか。
いつものように雑穀の袋と、ビスケットを買い込みゆっくりと店を出る。
先ほどの冒険者が、冒険者としてふるまうとは限らないから、足早に村の門へと向った。
村を抜けると、すぐに北に移動して門番の目を避ける。
右腕のバングルに左手を添えて指先で穴を塞ぎながら【リターン】と呟いた。
周囲にチリが舞い上がり、周囲の景色を閉ざしたと思ったら、目の前にキューブが現れた。
「どうだった?」
心配そうな表情でクリスがたずねてくる。
「とりあえず餌は撒いたし、冒険者が食い付いてきたな。後は様子を見るだけだけど、このダンジョンをもう少し目立つようにしとかないといけないだろうな」
「あの入り口は目立たないの?」
特売品の装飾品はコケがだいぶ枯れてしまった。土台辺りはそれなりに周囲と馴染んできたのだが、岸壁に神殿の残骸を置いた感じだからな。
旗でも建てたいところだけど、それも考えてしまうんだよね。
たぶんダンジョンの成功は、最初の3年で決まるんじゃないかな。
開店後も奥を水平に少しずつ拡張していくつもりだが、新たな回廊と部屋が使えるのは来年を待たねばなるまい。
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村で餌を撒いてから、数日が過ぎた時だった。
「やって来たよ!」
嬉しそうにクリスが俺を手招きしている。暇つぶしにマニュアルを読んでいたんだが、読めば読むほど分からなくなってくるんだよな。このマニュアルの参考書が欲しいくらいだ。
「どれどれ……。ほう! 4人もやって来たんだ」
俺の言葉に、うんうんとミーナさんと顔を見合わせて微笑んでいる。
キューブの上に2つの仮想スクリーンが作られ、地図と映像が表示されていた。
地図でおよその距離が分かるが、まだ2kmは離れてるんじゃないか? このまま通り過ぎないとも限らないぞ。
冒険者に見向きもされないダンジョンなんて……、ということにならなければ良いんだけどね。さて、姿を見ることは出来ないのかな?
「どんな人達かな? 映像を大きくするね」
村で会った冒険者が混じっている。先ずは真偽の確認と言ったところか。
全て男ばかりだな。女性が仲間にならなかったのは、あいつらの目つき怪しいからじゃないか。彼らの顔が見えるということは、ダンジョンに真っ直ぐに歩いているということなんだろうな。
「こっちに来るにゃ。やはり入り口の装飾は大切にゃ」
「それらしいことが大事だってことかな。松明を作ろうとしてるけど、ダンジョンの中は真っ暗なの?」
「いつまでも消えない松明とか、ヒカリゴケに覆われた壁はそれなりの値段なんです」
松明は俺達も工事用に購入してるけど、完成した場所には取り付けていないんだよね。
俺が命を落としたダンジョンは、ところどころに明かりがあったんだよな。全てを照らす必要はないだろうけど、いくつかは必要かもしれない。
だけど、魔導士がいれば【シャイン】の魔法で光球を作れるはずだ。あの連中にはそんな魔法を持った者がいないのかもしれない。
「全員持ってるし、中には2本持ってる人もいる」
「全員が長剣装備だ。モンスターが出たら全員で対処するんだろう。持っている松明を放り投げてね」
「初心者にゃ。始めはこれでいいにゃ」
レベルは赤の半ばまで達してないかもしれないな。村で俺達を見た眼付だけなら十分に黒なんだけどね。
初心者の赤、中堅の黒、上級の銀と大まかにギルドの個人タグが色分けされているのだが、赤と呼ばれる銅製のタグの保持者のレベルは、1から10くらいの幅がある。黒は鉄製のタグでレベル11から30までを言うし、銀製タグの保持者はレベル41以上だ。
冒険者のレベルと数の関係は、綺麗なピラミッドの形状をなしているらしい。それだけ初心者の冒険者は多いし、銀を持つ冒険者が少ないのだ。
松明を持って、4人が入り口に足を進める。予備の松明はダンジョンの大きさを彼らが知ることは無いから、用意だけはしておいたのだろう。
「3つも部屋があるし、スライムさんにも頑張って貰わないと!」
「無事にダンジョンから出さないとダメだよ。もっともスライムは荷が重いと思うけどね」
スライムは単細胞生物で、見た目は中華マンだ。動きそのものは、のんびりした動きだから杖をついた老人でさえ逃げられる。
だが、スライムを攻撃するとなると……。かなり厄介になるのだ。
表面を覆う細胞膜は柔軟で強靭だから、数打ちの長剣ではなかなか傷を付けられない。槍や矢は有効だが、内部の核を破壊しなければ殺すことが出来ないのも問題だな。
運よく槍で突き通すことが出来ても、次のスライムのコアを突き通せるかは、スライムの体液で腐食した槍の程度にもよるのだ。
その上、スライムは何本かの繊毛を触手のように伸ばすことが出来る。スライムの食べるというか吸収した物体によっては、毒を持つ場合もあるんだよな。
ある意味、冒険者泣かせのモンスターなんだが、上手く立ち回ればスライムの核と呼ばれるカプセルを手にすることができる。
それほど高値で売れるわけではないが、冒険者のなり立てには都合の良い相手ではあるのだ。
「持ってる槍に、何かに浸してるみたいにゃ」
「穂先に油を塗ってるんだ。そうしないと、最初のスライムを倒した時点で槍が使い物にならなくなるからね」
実に簡単な腐食対策だ。
すでに何度か塗り重ねているだろうから、10匹以上突き差しても穂先が鈍ることは無いだろう。
「スライムは奥にいるにゃ。まだ動かないにゃ」
「入り口近くにも配置しとくべきだったな。そうすれば冒険者を挟み打ちに出来たんだけど」
ダンジョンは冒険者を間引くものではない。どちらかと言えば育てるためにあるのだ。ちょっとした怪我を負うぐらいが一番いいんだが、俺の元いたパーティのように、大概は無茶をするんだよな。
「始まったにゃ! スライムも頑張ってるにゃ」
仮想スクリーンに映ったのは、なりふり構わず槍を振り回す冒険者達だった。
あれじゃぁ、仲間を傷つけてしまうんじゃないかな。
そんな思いで仮想スクリーンを見ていると、突然1人が床にうずくまった。仲間の槍が腹にでも命中したんだろう。横腹を押さえている。
そんな彼に向かってスライムが移動し始めた。逃げようともがいているが、仲間は槍を振り回すのに忙しそうだ。
このまま食われるのか?
突然、倒れた男の近くで火炎弾が炸裂した。どうやら【メル】の攻撃魔法が使えるみたいだ。わらわらと男からスライムが離れていく。
「火炎弾でスライムは倒せるの?」
「一応、倒せるんだ。スライムに火が付くとゆっくりと燃えるからね。だけど数が多いと燃えた仲間を、あんな風に群がって消してしまうんだよな」
続けて火炎弾を放つかと思ったけど、どうやら1発だけだったようだ。あの男の切り札だったんだろう。ちょっと威力が無いのが問題だけどね。
「カプセルを拾ってるみたい」
「20個は超えたんじゃないか? 冒険者になり立てならそこその収入になったはずだ」
やはり赤の低レベルだったな。
だが、それならあんな目つきは出来ないはずだ。盗賊崩れなのかもしれない。人は散々相手にしてきたが魔物相手は余り経験がないという感じだからね。
小さなダンジョンだから、すぐに奥にたどり着いたようだ。
回廊を土砂で塞いでいるから、突破するには道具が必要になる。
相変わらずスライムが頑張っているけど、スライム退治も最初から比べると様になってきた。とはいえ、何度か繊毛の攻撃を受けたらしく、魔法で傷の手当てをしているようだ。
「引き返していきます!」
「目的は達成したってことなんだろうね。村でもスライムがたくさんとだけ伝えてるから」
現状では正直に情報を伝えるべきだ。
ダンジョンの拡大が出来たなら、少し曖昧な情報になるんだろうけどね。
「さて、マナはどうなってる?」
4人がダンジョンを後にしたところで、クリスに確認を取る。
結構面倒な評価だけど、キューブがその辺りは上手く計算してくれるらしい。
「うわぁ~、いつもより長いですよ。え~とですね、1日未満の滞在は1人当たり5マナ、それが4人だから20マナ。負傷者は軽傷だから、1人当たり10マナが2人で20マナです。
スライムさん達の戦闘参加数が100体ですから100マナで、倒された数が46体、これはマイナス評価になってますから都合54マナです。残ったスライムさん達の攻撃に成功した数が延べで85体、これは43マナになってますから、1体当たり0.5マナという感じですね。最後に戦闘でレベルアップしたスライムが12体で12マナになります。全部で、149マナ……、こんなにマナが増えるんですか!」
149マナでは、あまりダンジョンを広げられないなぁ。当座はこのままで行くしかなさそうだ。
「待って! 魔族の使いから通信が入ってる。内容は……、レベルアップしたスライムを引き取り、新たにスライム100体を送ってくれる!」
魔族は戦力強化が目的だからねぇ。ダンジョンを新兵訓練場と勘違いしてるようにも思えるんだが、マナを規定分振り込んでくれるなら何ら問題はない。
「戦力が増えた感じだな。だけど、このダンジョンにスライムが142体は多すぎる。拡張工事はどんな具合なんだ?」
「今この辺りにゃ。部屋は何とか出来たけど、回廊は途中にゃ……」
ホムンクルスが6体でツルハシを振るってるんだったな。やはり人数を増やす必要がありそうだ。
「ホムンクルスはマナをいくつ使うんだっけ?」
「100マナです。だけど食べさせる食料が増えてしまいます」
維持費ということかな?
「それじゃあ、拡張はまだまだ先になってしまうよ。ダンジョンの周囲にウサギ罠を仕掛ければ少しはマシになるかもしれないな」
頷くことで同意したから、今回のマナでホムンクルス1体が増える。少しは拡張工事が捗るだろう。
「ところで、どんなダンジョンをクリスは考えてるの?」
「こんな感じのダンジョンをかんがえてたの」
仮想スクリーンに現れたダンジョンは綺麗に区画された回廊と交点1つ飛びに配置された小部屋だった。
1辺が30mほどの区画が縦横に10列だから、9万㎡というところだな。
「同じような部屋を縦横に10列ずつ作って短い通路で連結して、可動式の壁でダンジョンの形を変えれば攻略出来ない」
通路が短すぎないか?
それに稼働壁なんて作ったら、初心者が苦労するだろうに……。
「中々良いね」
嬉しそうな表情を俺に見せてくれる。褒められるとやはり嬉しいんだろうな。
「クロードさんは、私のアドバイザーなんだよね。どこか変えるところがあるかな?」
「それなら……」
仮想スクリーンに映し出されたダンジョンの完成予想図に修正を次々に加えて行った。
クリスの表情がだんだん暗くなっていくんだけど、ダンジョンは1階層だけで終わりになるものでもない。下層を作れば作るほどレベルがあがるんだから。
稼働壁のアイデアは良いけれど、使うならもっと下の階が良いだろう。少なくともダンジョン攻略に長けた冒険者を対象としたいものだ。
「これじゃあ、簡単に最深部に行かれちゃいます!」
「先ずは初心者向けを考えるべきだよ。冒険者になりたい連中はたくさんいるからね。そんな連中を集めることで、ダンジョンの存在を皆に知らせるんだ」
「クロード君に賛成にゃ。最初から凝ることは無いにゃ。クリスの案は地下階で試せるにゃ」
クリスの暗い表情も、下層階を作るために最初の階は簡単にすると説明したら嬉しそうな表情を向けてくれた。俺の考えに納得してくれたんだろう。