1-04 開店準備
ダンジョンレベルとダンジョンに派遣される魔族のレベルには、1体当たりレベル差から2を引いた値に10を掛けたマナが必要になるらしい。
ゴブリンの場合は最低レベルが5だから、30マナになるんだが、スケルトンのレベルは最低レベルが3だからタダということになる。その上、食事がいらないんだからお得感が半端じゃないな。
「問題は魔気にゃ。ただの洞窟に過ぎないから魔気がまるで足りないにゃ」
「ジェネレーターが使えるの! これを一番奥に置いとけば、魔気がこの口から出てくるのよ」
ミーナさんのどうしようもないという口調の後で、クリスが『エッヘン!』と無い胸を反らして教えてくれた。
ジェネレータと言うのは、どうやらキューブの付属装置のようだ。形は蚊取り線香を入れる瀬戸物の子豚のようにも見えるが、魔気を放出できれば何の問題もない。
キューブにあらかじめ備えられたジェネレーターの数は3個。これだけで1階層の最大拡張まで可能とのことだ。
地下階を作る時には、新たにマナを使って購入することになるらしいから、マナは慎重に使わざるをえないな
「入り口から2番目の部屋を作ってる最中にゃ。それが終わって、もう1つ奥に部屋を作れば、その部屋に仕掛けられるにゃ」
「時期的には?」
「冬の最中にゃ」
そう簡単にはいかないようだ。
とりあえずは、狩りをしながらホムンクルスの冬の食料を準備をしよう。
秋がやって来ると、この近くまで冒険者が現れる時がある。
まだ、準備が整っていないのだが、制作中のダンジョンは洞窟に見えるのだろう。中にどんな魔物が潜んでいるとも限らないと、遠くから入り口をうかがうだけで入ってこようとはしないんだよな。
開店は来春を予定しているから、今のところは放っておくしかなさそうだ。
秋が駆け足で過ぎ去ると、東の峰がだんだんと雪に覆われていく。
この辺りにも雪が降る時が多くなってきた。
降る雪が根雪になって、ダンジョン前の広場がだんだんと雪に埋もれていく。
ダンジョン内の灯りは、松明がもったいないと、焚き火を作っているんだが、これも何らかの対策が必要だろう。
来年は松の根をたっぷりと確保しておかねばなるまい。
「ホムンクルスに食事をあげてきたにゃ。ついでにジェネレータを奥の部屋に置いといたにゃ」
魔方陣から現れたミーナさんが疲れた口調で報告してくれた。
背負っていたカゴを下ろして、ソファーに歩いてくると、お尻からドンと腰を下ろした。あまり上品じゃないんだよな。魔族だから仕方がないのかもしれないけど、クリスから受け取ったお茶のカップを上品に飲んでいるところを見るだけなら、整った顔立もあって、どこかの裕福な家の娘さんに見えないことも無いんだよね。
「ご苦労様でした。次は私の番ですね。レベル3のスケルトンさん達なら10体は無償なんです」
レベルが釣り合わないところは、召喚できる魔族の数で調整するみたいだ。魔族の評価が上がれば、召喚数を増やすことも可能らしい。
「召喚して、どこの工事をさせるにゃ?」
「ホムンクルスは3つ目の通りを西に掘り進んでいるから、3つ目の部屋を東に向かわせよう。春までに、赤2つ分も掘れればいいんだけどね」
「道具を運んで指示を与えれば良いにゃ。それは私の仕事にゃ」
「それじゃあ、私はスケルトンさんを2つ目の部屋に召喚させますね」
それそれの役割をこなすために、クリスとミーナさんがソファーを離れる。
俺も出掛かけるか。掘った土砂をダンジョン前の広場に捨てているんだが、ともすれば小山になってしまう。たまに土砂を捨てる場所の移動をしなければならない。
場所を決めれば、後はクリス任せなんだけど、現場の状況確認は必要だからね。
寒いのは最初だけなんだけど、今日の天気はどうなんだろうな。
年が明けると、東と西の通路がそれぞれ形になっていく。雪が消えるころには100m以上の通路が出来るだろう。スケルトンの工事の進捗がホムンクルスよりも悪いのは仕方のないことだろう。穴を掘るのが本来の仕事じゃないんだからね。
「だいぶ出来てきました。そろそろ魔族を召喚しますか?」
「召喚しても餌が無いにゃ。春まで待ってからがいいにゃ」
「召喚って?」
「スライムにゃ。数は……」
「100体です! そうですね。なんでも食べますけど、土は食べられませんから」
ちょっと、残念そうにクリスがお茶のカップをテーブルに下ろした。
腕のバングルを操作してスライムの画像を出す。
冒険者なり立ての頃に散々お世話になったモンスターだが、意外と知らないこともあるんだよな。
スライムのレベルは1から3まで。形はどう見ても中華マンだ。大きさは野球のボール並なんだが、レベルが上がると大きくなるみたいだな。
食べ物は、植物、動物と雑食性だ。体の下にたくさんの繊毛がありそれで動き回ることが出来る。何本かの触手のような感覚器官をもち、俺達を襲うのは体の体温を検知してのことらしい。
そのスライムのもう1つの特徴は、核と呼ばれる中心体があることだ。
スライムは核が壊れない限り再生する。その核の中に小さなカプセルを作ることがある。冒険者が核と呼んでいるものだが、実際には取り込んだ薬用成分を保管する器官らしい。
そのカプセルは薬を作るために珍重される代物だ。要するに金に換えることができる。
「そういうことか!」
「そういうことにゃ。草刈りをしないといけないにゃ」
どんなカプセルになるかは、食べさせる薬草や毒草によるとのことだから、色々と食べさせることになるんだろうな。
毒キノコも使えるかもしれない。コケや粘菌はどうなんだろう?
「最初は、私とクロード君で頑張るにゃ。それで足りない時にはゴブリンの召喚にゃ!」
だいぶマナも消費しているからなぁ。早めにダンジョンを開店させねばなるまい。
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春分が過ぎると少しずつ、雪の降る日が少なくなってきた。
どうにか春になってくれたようだ。後は、草木が芽吹くのを待つだけになる。
ダンジョン前の広場の雪がだいぶ融けたころ、ミーナさんと一緒に南の地に転移することになった。
キューブの転移は50km四方に可能らしい。ダンジョンの南に広がる森の先にある荒れ地には、すでに雪も消えて草が芽吹いている。早めにスライムを召喚させるためにも野草の取入れは必要となる。
「行ってくるにゃ!」
「その間に、召喚しておくね」
魔方陣による移動も慣れてきたな。
光が消えた俺達の前には、少し伸び始めた草原があった。
「このカゴを一杯にするにゃ。私は、スライムを狙ってみるにゃ」
鎌を持った俺は思わずミーナさんを振り返っていしまった。
彼女の手には、俺がいつも持っている杖が握られている。それでスライムを倒すのかな?
「この季節なら野良のスライムが出て来るにゃ。核が手に入るにゃ」
「それを使って……、なるほどね。たくさん見付けてくださいよ」
核をまとめて道具屋に売れば、出所が気になるはずだ。それで冒険者が釣られてやって来ると考えたんだろう。
初心者ほど釣られやすいんじゃないか?
ミーナさんと別れて、俺はひたすら草を刈る。
刈るというよりも、まだ根が深くないから引っこ抜いた方が早いようだ。中には球根が付いてる草もある。
とにかく手あたり次第に草を刈り、引っこ抜いてはカゴに詰め込んだ。
カゴに半分ほど溜まった頃に、ミーナさんが帰って来る。
2人で刈るから倍の速さで作業が進む。どうにかカゴに溢れるまでになったところで、管理室に帰還した。
「わぁ! こんなに刈って来たの」
「なるべくたくさん食べさせないとね。開店はもう直ぐだろう?」
「スライムさん達を召喚したよ。2つ目の部屋に一杯いるの」
どれどれと、ソファーに座って仮想スクリーンを見ると、部屋の中の至る所に蠢いている。あまり見てると夢に出てきそうな感じだな。
「一休みしたら、餌を与えて来るにゃ」
「その前に、お茶をどうですか?」
お茶よりも、お腹が空いているんだけど……。
たぶんクリスもそれは分かっていたんだろう。小皿にビスケットがいつもより多く乗っていた。
翌日から、スライムの餌となる草刈りが重要な仕事になってしまった。
核を持つと少し色が変わるらしいが、まだ白いままだからね。もう少し時間が掛かるのかもしれないな。
1つ問題が出てきたのは、野草はホムンクルスの食べ物でもあることだ。
荒れ地に出没し始めた野ウサギ狩りを再開することになったのだが、冬を越した野ウサギだから、あまり肉もないみたいだ。肉はホムンクルスに与えて、毛皮は俺達が頂く。毛皮は売ることが出来るし、雑穀を買えば草刈りを少しは軽減できるだろう。
ダンジョンの前の広場に草がだいぶ伸びた頃合いを見計らって、いよいよダンジョンの店開きを始める。
先ずは、掘った通路や部屋の最終仕上げだ。
キューブを使って石壁に変える。これでマナが300も消費されたが、石壁を眺めると何となくダンジョンに見えるから不思議だな。それまでは洞窟にしか見えなかったからねぇ。
次に、中央通路の奥の3つ目の部屋の手前を土砂で塞ぐ。
完全には塞がずに天井付近を少し開けてあるから、ネコ位の生き物なら通行は出来るだろうけど、冒険者は通れないな。
穴を広げることも出来るだろうが、スケルトンを5体張り付けているから、通り抜けようとしたらさぞかし驚くに違いない。
転移用の魔道具は3つ目の部屋に移動してあるから、ダンジョン拡張の土砂の搬出には何の問題もない。
「これで終わりなの?」
「いや、最後の仕事が残ってる。これから村に出掛けて来るよ。餌を撒いて冒険者をおびき出さないと」
ミーナさんの準備が出来たようだ。
昨日狩った鹿を持って、さて行ってこよう。
魔方陣での村への移動も慣れたものだな。
荒れ地を下りて行くと、春の種まきが終わったんだろうか? きれいに耕された畑が村の周囲を取り囲んでいるのが見える。
畑のあぜ道で草刈りをしているのは少女達の一団だ。あの辺りなら獣に襲われることも無いだろう。
それに春先は冒険者達の活動も活発だ。村に近づく獣は皆無に違いない。
顔見知りになってきた村の門番に軽く頭を下げると、ミーナさんがバッグの袋から野ウサギを1匹手渡している。
「すまんのう。商売もんじゃろうに」
「それにしても大きな鹿じゃな。冒険者達も腕が騒ぐじゃろうな」
野ウサギ1匹で、良い印象を与えられるんだから安いものだ。
俺達はまっすぐに、肉屋に向かって歩き出した。
※1年目の春分での収支決算
手持ち金
(1)支出
① 食費 =9,720B
・320日×30B(3人分)
・ビスケット5パンド×24B
② 工事道具=590B
③ トラバサミ=5個×50B
④ 装備 =4000B(3人分)
⑤ 松明 =200B
⑥ 雑穀 =6袋×50B
(2)収入
① 狩りの収入 =720B
平均120B×6回(村に下りた回数)
(3)残金=30,660B
45,000B-15,060+720
手持ちマナ
(1)支出
①ホムンクルス召喚=600M
6体×100M
②ツルハシ強化 =150M
3本×50M
③入り口装飾 =850M
④スケール等 =120M
(2)残マナ
5,000M-1,720M=3,400M
やはり、4年目が問題みたいだな。
マナはともかく、現金収入の手を本格的に考えなければ……。
家計簿を眺めて溜息が出てしまった。