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6-10 トロイの木馬


 遥か西で行われている人間族と魔族の終わりなき戦場は、俺達の暮らすダンジョンから数百km以上離れている。

 広大な平野を持ったブリタイ王国の北方に戦場があるのだが、王国自体が戦の為に建国されたと聞いたことがある。

 王国の領民も元は兵士らしく、いざとなれば国民皆兵ともいえるだろう。

 豊かな農地とも聞いたけれど、戦場に近いから農民の数は流動的だ。北に展開する兵士達が消費する食料を上回ることがない。

 そんな事情から、東西に繋がる街道を使って物資が送り込まれる。

 万が一にも、ブリタイ王国が魔族に蹂躙されることになれば、連合作っている王国もそれほど時を要せずに地上から姿を消すことになる。

 戦は資源の無駄使いではあるのだが、出し惜しみをすれば王国が滅ぶとあっては各国の協力は長い年月の中でますます堅固になったようだ。


「何を見てるにゃ?」

「魔族にちょっとした提言をしようかと思ってね」

「たくさんの魔族が参加しているにゃ。私はこの辺りで活躍してたにゃ」


 ミーナさんが仮想スクリーンに映し出した地図の一角を指差した。

 戦場の東端辺りってことか。中央は押し合っているから、東西の端が両軍の偵察部隊の活躍場所だったんだろう。

 場合によっては後方部隊の攻撃も行ってたのかもしれないな。大規模に軍を迂回するような作戦はミーナさんの知る限りでは行われていないらしい。


「ダンジョンが完成したら、魔族に加わる気になったのかにゃ? クロードなら良い兵士になれるにゃ」

「一応、人間族ですから……。それで、ミーナさんはこの辺りの地形には詳しいですか?」

「この辺りなら、目を瞑っても行動できるにゃ。……何を考えてるにゃ?」


 戦場から南に下がった位置で東西に点在する砦の中で、一番東の砦周辺はミーナさんのかつての縄張りということになる。

 だんだんと笑みが浮かんでくるな。


「何か変な物を食べたのかにゃ? 毒無効が少しずつ薄れてるのかもしれないにゃ」

「何も食べてませんよ。このワインだけです。ところで、この砦と周辺の地形を詳しく教えてくれませんか?」


 何百年も続いている戦だから、どうしても定常的な部分が出てくる。それは戦線を維持するための必要悪なんだろうが、俺達にとっては都合が良い。

 この砦の利用方法と守備兵の数は、ミーナさんが活躍していた時代とあまり変わっていないはずだ。


 元偵察部隊の小隊を指揮していただけあって、ミーナさんが教えてくれた情報はかなり詳しい。

 強いて言えば魔族よりの観察なんだけど、俺は人間族だからね。それがどういう意図なのかをある程度解釈できる。


 戦場の後方30kmに設けられた砦は、低い石塀で周囲を囲まれている。砦の出入り口は南にあるらしい。守備兵は1個小隊が常らしいが、2個小隊に膨らむ時もあるようだ。

 西にある砦までの距離は荷馬車で3日ということだから、50kmほど離れてるのかもしれないな。

 地形的には広い原野らしく、小川すらない。水は井戸を使っているそうだ。


「身を隠すことができるの?」

「どんな原野も小さな起伏があるにゃ。それに草丈が高いから初夏から秋までは、砦近くまで行けるにゃ。たまに短弓で見張りを倒してたにゃ」


 どんな監視体制を作ってるんだろう? まったく機能してないんじゃないか。

 いや、そんな監視体制を維持するだけの部隊ってことになるのかもしれない。戦場から離れた位置ということは、精鋭を配置するということにはならないだろう。傷病兵や老兵の勤務地ということになるんだろうな。

 ミーナさん達の偵察部隊は砦を襲撃することは無いだろうし、砦の門を固く閉じていれば戦場には近いけど、平和な暮らしが出来たのかもしれないな。


「砦に出入りする輸送部隊は?」

「10日おきに空荷の荷馬車がやってきて荷を乗せて出て行くにゃ。馬車は10台で守備兵が2個分隊にゃ。春と、秋に荷馬車の大部隊がやって来るにゃ。数10台の荷馬車がひっきりなしに続いてたにゃ」


 大部隊の護衛は2個小隊の騎馬隊らしい。

 この前、魔族が輸送部隊を襲って積み荷を丸々頂いたと言っていたけど、たぶん前線に食料を運ぶ輸送部隊だったに違いない。

 砦には、数千人を半年ほど食べさせるだけの食料が備蓄されているとみるべきだな。


「砦を襲うとなると中隊規模になりそうだね」

「あまり時間を掛けられないにゃ。狼煙が上がれば、遊撃隊が駆けつけて来るにゃ」


 ミーナさんの話しでは、前線と砦の間を小隊規模の騎馬隊が遊弋しているらしい。いざ事あらば、中隊ほどに膨らんで突撃してくるらしい。

 たぶん前線のほころび対策としての遊撃隊なんだろうけど、砦の救援部隊としても機能しているということなんだろう。


「魔族は砦の攻略をしたことがあるの?」

「何度かやったことがあるらしいにゃ。たまに成功したこともあるらしいけど、すぐに後退することになったと聞いてるにゃ」


 前線から離れすぎた突出部は直ぐに囲まれてしまうからねぇ。長く砦を維持することはできなかったということだろう。

 だけど、砦に敵を集中させることで、戦線全体を前進させることぐらいは出来そうに思えるけど、そんなことにはならなかったようだ。

 魔族の指揮系統は人間族とは異なるのかもしれないな。


「前にクネリさんが輸送部隊を襲った部隊から食料を受け取ったらしいけど、クネリさんが戦場の指揮官にお願いすることはできるのかな?」

「前線指揮官は兵站部局に頭が上がらないにゃ。食料を減らされたら部下の統制が取れないし、新兵の補充だってできなくなるにゃ」


 いろいろと問題のあるクネリさんだけど、それなりの魔族の社会ではそれなりの地位を持っているということなんだろうな。

 なら、都合が良い。


「この砦の食料を全て頂く。人間族の戦線に一時の影響は出るだろうけど、東西に連なる砦の数が多いから戦線に大きな影響を及ぼすことは無いだろう。というよりも、戦線に影響が出ないように魔族の指揮官に指示して欲しいぐらいだ」

「東の戦線が下がるのを防ぐにかにゃ?」

「大きく戦線が動かなければ良いんだけど、均衡している戦線で小さな石を投げるとね。あまり大きくなって収拾がつかなくなるようでは互いの陣営に多大な犠牲者が出てしまう」


 それで戦が終わればそれも良いだろうけど、そうはならないだろうからな。

 魔族が一気に南下したとしても、東西に連なる砦群で阻止されてしまうだろう。底から再びじりじりと後退することになるのが見えている。


「2個中隊を向かわせて一気に攻略するにゃ?」

「いや、1個小隊で十分じゃないかな。もっとも荷馬車の御者は別になるけどね」

「それじゃ、襲撃部隊が全滅してしまうにゃ!」

「ミーナさんがそう考えるなら、上手くいくんじゃないかな。一度クネリさんと相談してみたいんだけど」


 直ぐに連絡してくれたけど、来てくれるんだろうか?

 とはいえ、俺って人間族から見たら裏切り者になるのかな? 一応、やり方を教えるだけだし、互いの犠牲者は余りでないと思うんだけどねぇ。唯一、問題なのは砦の食料を全て頂くことだけど、これはゴブリンの避難民の冬越しの食料だ。戦火で村を焼かれたゴブリン達だから、砦の食料を頂いても良いんじゃないかな。


 ダンジョンに久し振りの冒険者がやって来たので、クリスとアビスはお婆さんのところに行って、一緒に冒険者達を相手にするらしい。

 どう見ても初心者冒険者だからねぇ。

 案外、大広間の洞窟サボテンの触手から救出するなんて事態もあるんじゃないか?


「何を笑ってるのかにゃ?」

「あまりの初心者だから、攻撃するよりも救出することになるかも! なんて考えてたんだ」

「若者は無理をするにゃ……。でも、それが若者かもしれないし、多くはそれで亡くなるにゃ」


 考えよりも体が先に出る。

 それは良いような、悪いようなところが混在する難しい話だ。

 出来れば、まだダンジョンには来て欲しくないパーティなんだけどね。冒険者は全てが自己責任だからギルドもあまり注意しなかったのかもしれないな。


「早めに帰らせるように、婆さん達に伝えてあるにゃ。ちょっと怖い目に合わせれば出口に向かって走っていくにゃ」

 

 まさか、最初からバンパイアと遭遇させる気じゃないだろうな?

 クリス達が張り切っていたからなぁ。だんだん心配になってきたぞ。


 冒険者達が大回廊を大広間に向かって歩いていく光景を、はらはらしながら見ていた時だ。

 管理室の倉庫近くに魔方陣が現れ、光を放ちながら回転を始めた。

 3人のようだ。一際大柄な人物も一緒なんだが、誰を連れてきたんだろう?


 光が消えると、クネリさんが笑みを浮かべて俺達に近づいてくる。一応招いた方だから、ソファーから腰を上げて軽く頭を下げて、対面のソファーに手を差し伸べた。


「お招きを受けてやってきんした。おもしろい作戦があるとのことでありんしたので 、遊撃部隊の指揮官を連れてきんした」

「第五遊撃部隊の中隊長を務める、グレッドでごんす。勇者を倒した話は聞き申してごんす」


 今度は「ごんす」なんだ……。

 後はどんな言葉なのか、ちょっと楽しみになって来たぞ。


「西の戦でゴブリンの里が壊滅的被害を受け、多くの難民がこのダンジョンを経由して尾根の東に逃れています。土地は広いですから将来は良い里を築けるでしょうが、現時点では冬越しもままならない状況です。

 我々で少しは、食料援助を行っても、5千を超える集団では1食分に足りるかどうか……。魔族としても、補給部隊を何度か襲うことは出来ても、それで冬を越せるとは到底思えません」


 ミーナさんが用意してくれたワインを一口飲んで、相手の反応をみる。

 グレッドと名乗った男は、狼男のようだ筋肉質の体に狼の頭が乗っている。その頭が俺の話を聞いて下を向いているから、やはり気にはなっていたのだろう。


「先の輸送部隊を襲ったのは我等の部隊でごんす。数台の荷車の食料では確かに足りもうさん。先日、再度襲ったのでごんすが、今度は返り討ちに合ってしまったでごんす」

「でも、ミーナの話しでは、おもしろい作戦があるとの知らせ。私も興味を持って彼を連れてきたんでありんす」


 聞く耳はあるってことだな。

 なら、話してあげよう……。


 作戦と言っても簡単なものだ。早い話が食料輸送部隊を襲って、成り済ませば良いだけだからね。

 積み荷の半分を奪って、その代わりに魔族の兵士を荷車に乗せる。砦に入ってしまえば、砦の守備隊は赤子を捻るように簡単に制圧できるだろう。後は、砦の備蓄食料を全て頂けばこの作戦は終了となる。


「御者が獣人族ならそれほど怪しまれないでしょう。護衛がいないのは途中で襲撃に合ったことにすれば納得するでしょうし、荷車の数が少ないのもそれで理由になると思います」

「襲撃からかろうじて逃げたと思わせるのでごんすな? なるほど……」


「砦の守備兵は弱兵揃い。殲滅ではなく制圧でお願いします。東の砦を失ったとなれば戦線の東にほころびができるかもしれませんが、一時の間だけですし魔族の戦力に余裕があるとも思えません。砦を維持するという考えはしない方がよろしいかと」

「案外うまく運ぶかもしれんせん。それに、魔族の間でもこなたの問題は度々出てありんすぇ。上手く事が運べば更なる恩賞が頂けるでありんしょう」


 恩賞はいらないから、戦場で拾った武具が欲しいところだ。

 まあ、それは上手くいったらの話。来た時よりも笑みを浮かべて3人が帰って行ったけど、さてどうなるんだろうか?

 作戦名を聞かれたから『トロイの木馬』と教えておいたけど、そのいわれも話すことになってしまったんだよな。


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