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1-01 集いし者は3人


 体育館ほどの広さの空間に、魔導士が作った光球が薄明かりを灯している。

 その中で俺達4人はモンスター相手に死闘を繰り返しているのだ。

 1対4の戦いなんだから早々負けるとは思えなかったが、最初の一当たりでそんな考えが吹き飛んでしまった。

 

 死を覚悟した方が良いのかもしれない。

 俺達の前にいるのは、身の丈3mを越えるミノタウロスだ。

 持っている得物が2mほどのバルディッシュ(三日月斧)というのも、奴の巨体には合っている。

 無言で頷き合った仲間達も、俺と同じ思いに違いない。


 鎖帷子を纏ったグレイが俺の前に出た。

 剣闘士のような体型で長剣の腕は確かなんだが、ミノタウロスの逞しい体から繰り出されるバルディッシュの衝撃にどれだけ耐えられるのか甚だ心もとない限りだ。

 俺は無言で、片手剣を両手に1本ずつ持つとグレイのすぐ後ろに移動した。

 グレイが何とかバルディッシュを押さえてくれたなら、その隙を突いて奴の胸倉に片手剣を突き差すことぐらいは出来るんじゃないか?


「グアァ!」

 断末魔のような声を出したグレイの体が、いきなり俺の前から横に吹き飛んだ。

 バルディッシュを返すわずかな隙を突いて、体を前に出して片手剣を突き差そうとしたが、片手で剣を払われてしまった。

 片手剣が飛び、俺もコマのように回転しながら倒れ込む。身を起こしながら、視界に入った男女に向かって叫ぶ。


「逃げろ! 俺達に構わずダンジョンを出るんだ!」

 

 俺の声が消える間もなく、ミノタウロスの胸に石弓のボルトが突き差さり、顔に火炎弾が弾ける。

 ミノタウロスが両手で顔を覆った瞬間、俺は片手剣を抱えるように持つと、雄叫びを上げながら突っ込んだ。

 俺の持つ剣が、奴の体にもう少しで届こうとした時、まるで丸太で殴られたような衝撃に襲われて、横に吹き飛ばされる。

 距離が離れた隙に後ろを振り返ると、この部屋に入る唯1つの扉が閉まるところだった。

 どうやら逃げてくれたようだ。

 グレイや俺と違って、まだ若い二人だからな。俺達の分まで生きてくれるとありがたい話だ。

 扉までよろよろと近付いて分厚い扉を背にすると、石畳を急いで逃げる二人の足音がだんだんと遠ざかっていくのが聞こえてくる。


 ちゃんと逃げてくれよ。そして俺達二人の命を無駄にしないでくれ。

 改めて自分に【アクセル】を掛ける。身体能力2割増しの魔法だ。この部屋に入る前に1度掛けているから、二重掛けになる。これでさらに2割増しになるんだが、効果時間が十分の一になるのが問題だな。

 更に【アクセル】を掛ける。三重掛けなんてやったことが無いが、数分ぐらいは持つんじゃないか?

 目の前の敵を翻弄ほんろうできればそれでいい。


 数歩前にやって来たミノタウロスの動きが鈍く見える。ケリがついても、俺の関節と筋肉が弾け飛びそうな気もするが、背に腹は代えられない。


「来いよ。もう少し遊んでくれ?」


 俺の誘いに、奴が雄叫びを上げてバルディッシュを横に払ってきた。

 体を半回転させながらバルディッシュをやり過ごし、奴の横腹に片手剣を突き差す。

 素早くトマホーク(戦斧)をベルトから引き抜き、奴の背骨を叩きつぶそうとしたんだが、【アクセル】三重掛けの俺の動きよりも奴のバルディッシュが速かった。

 腹にバルディッシュをまともに食らい、俺の体が血を吹きながら弾き飛ばされる。


 俺に近づく奴の姿が黒い影にしか見えない。

 どうやら、俺の人生はここまでのようだ……。

                 ・

                 ・

                 ・

 ここはどこだ?

 真っ白な空間に俺が漂っている。上下の間隔がまるでないけど、俺はちゃんと立っているんだろうか?

 思わず腹に手を当ててみたが、そこにあったのは慣れ親しんだ革鎧ではなく、綿の上下だった。

 武器も小物を入れた革袋もベルトには付いていない。

 腹を切り裂かれたはずだが、シャツをめくってもそんな傷はどこにも無い。

 不思議な話だけど……。さて、ここから出るにはどうしたらいいんだろう?


「ダンクロード様ですね?」


 懐かしい名前だ。この世界に飛ばされて何年になるんだろう? 10年以上経過したはずなんだが、自分の名前だけは今でも覚えている。だけど……。


「団 蔵人だ。名前がクロウドで、名字がダン。続けて言わないでくれ」

「了解しました。とりあえず、クロード様とお呼びしましょう」


 クロウドなんだが、こちらの世界ではクロードと呼ばれてたんだよね。クロウドは発音が難しいのかな?

 若い女性の声なんだけど、周囲を見回しても声の主は見えない。


「クロード様の暮らしていた世界より、何者かがクロード様を召喚したようです。本来ならこの世界の管理者である私達が、早期に元の世界に戻さねばならなかったのですが、召喚者がその後亡くなってしまい、召喚魔法を発動する魔方陣を再現できませんでした」


 あの変な円陣が魔方陣だったのか。何やら俺に言ってたけど、当時は言葉も分からなかったからなぁ。俺に杖で殴りかかってきたから思わず突き飛ばして逃げたんだけど、逃げ出した後で洞窟が崩れてしまったのは覚えているぞ。

 あの老人が召喚者だったのか……。彼だけが俺を元の世界に戻せたんだな。


「我等が至高の恩君も、その事態を憂いておられました。クロード様が亡くなられたことに驚いていたご様子でしたよ。私に1つの提案をするよう、仰せつけなされましたから、今からその提案をお話ししましょう」


 まあ、暇には違いない。若い女性の話しなんだから聞いても苦にはならない。

「お願いします」と告げると、長い話を聞かされることになった。


「このまま、死を迎えることも可能だと?」

「はい。この場所で少しずつ魂が拡散していきます。拡散した魂は、他者と交わりながら集束して、新たな魂となり命を授かるのです」


 自分の自我をそのままにというのは難しいことなんだろう。収束した魂は、果たして俺なんだろうか? 他の魂と交わるというのが何となく怪しく感じるな。

 だが、この娘さんの話しでは、別な選択肢があるということだ。

 決断を下すのは、先ず話を聞いてからにしよう。


「この場から抜け出す方法が、先ほどの提案になるってことかな?」

「そうです。私達よりもさらに下位の者達が、この世界でダンジョンを作ろうとしています。クロード様にはそのお手伝いをして頂きたいのです」


 ダンジョンで死んだ俺に、ダンジョン作りの手伝いをさせるとはねぇ。

 メリットはあるんだろうか?


「作られたダンジョンの運営管理に至高の恩君が御満足になられれば、ダンジョンの制作・管理から解放してくれますよ。それに、その時まではこの世界に召喚された時の状態を保てます」


 不老不死に近い状態で、ダンジョンを作るってことなんだろう。開放されれば、その状態から、この世界の時の流れに従うことになるらしい。

 その後の話しでは、働かずとも一生涯暮らせるだけの資金を、褒美としてもらえるようだ。

 自堕落に過ごすのも問題だが、あちこちの王国を旅するのもおもしろそうだ。


「だけど、俺にはそんな能力もないよ。まさかツルハシを振るって自分で穴を掘るんじゃないだろうね?」

「ダンジョンは、至高の恩君がこの世界に落としたキューブが行います。キューブに指示を与えるのは私達の下位の者が行います。まだ幼い者ですから、ダンジョン作りのアドバイスを行って欲しいのです。それに、クロード様と同じようなアドバイスを行う者も用意しますから……」


 名前にダンが入っているからなんだろうか? それとも死んだのがダンジョンの奥だったからなんだろうか……。

 俺にそんなことが出来るとは思えないんだけど、選択を間違えてこのまま俺がいなくなるというのも勘弁してほしいところだ。

 

「召喚された者としての知識と、十数年の冒険者で得た経験は十分にアドバイザーとして役立つでしょう」

「それは事実だから否定は出来ないけど、ほんとに役立つのかな? あまり期待しないで欲しいね」


「それでは、了解して頂いたということで。配属先は、ああ……、ここですね」


 何となく不安になる言い方だな。

 どうしようもない場所か、キューブへの指示者、もしくはもう1人のアドバイザーがとんでもない人物ってことなんじゃないか?


 ふと、そんな考えが頭を過ったが、突然の落下感覚に、そんな思いは吹き飛んでしまった。


「なるべく楽しいダンジョンにしてくださいねぇぇ……」

 

 上の方から声が聞こえてきたけど、楽しいダンジョンって何なんだ?


 いつしか周囲が暗くなり、体が落下する感じが更に強まった。風を切る音が体の周囲に渦巻いている感じだから、このまま地面に激突死ということもあり得るんじゃないか!


 かなり焦って、1人で騒いでいると、今度は下階に移動するエレベーターが止まる時のような逆Gの感覚が襲ってくる。

 エレベーターなら直ぐに終わるはずなんだが、これはいつ終わるんだ? 益々ひどくなってきた感じだが。


 ドン! と背中から床に叩きつけられた感じだ。

 背中に手をやって、痛みを堪えながらも周囲を素早く見渡した。


 どう見ても学生時代の教室ほどの大きさの部屋だ。天井高さもそれぐらいだし、大きな窓だってあるからね。

 そのまま視線を回していくと、ソファーに座った女の子がお茶のカップを手にしたまま、大きな目を見開いて俺を見ていた。


「あのう……、ここはどこですか? それと、近くにダンジョンがあるんでしょうか」


 ダンジョンのキューブを制御する人物に合わなければならない。それにはダンジョンに向かうことが最初の行動になるはずだ。


「ここがダンジョンですけど。ひょっとして……、そうなんですか!」

 

 急に元気になって、お茶のカップを小さなテーブルに置くと、俺のところに走って来た。

 俺の手を両手で掴むとぶんぶんと振り続ける。


「初めまして、私がこのダンジョンの管理人、クリスティーナです。まだ見習い天使なんですけど、クリスと呼んでください」

「はあ……、俺はダン・クロウドだ。クロードでいいよ。ダンジョン作りを手伝うように言われてやって来たんだけど、ここはどこかな?」


 問いになっていない気もするけど、どう見ても小学生にしか見えない人物だ。

 頭の上に光の輪が乗っているから、天使なのかもしれない。着ている服も光沢のあるベビードールのような代物だ。見てるこっちが恥ずかしくなってくる。

 この世界は西洋の中世とも思えるような世界だったから、クリスと名乗った天使も金色の長い髪を揺らして俺に笑みを浮かべている。瞳は緑なんだな……。見習い天使って言ってたけど、ダンジョンの評価で天使になれるんだろうか?


 俺をソファーに案内してくれて、お茶まで出してくれた。

 俺が来てくれたから嬉しいのかな?

 直ぐに力になれないようにも思えるんだけど、少しずつ手伝ってあげよう。


「これを読んでください。きっと素敵なダンジョンが出来るはずです!」


 どこから取り出したのか分からないけど、渡された本は革で表装された本だった。題名は、「ダンジョンの作り方(初級編)」とある。

 ある意味、マニュアルのようなものなんだろう。それに初級編と但し書きがあるくらいだから、上級編もあるのかな?

 とりあえず時間はたっぷりとありそうだから、本を開いて読むことにした。


 どれぐらい時間が過ぎたんだろうか?

 読んでいたマニュアルをテーブルに投げ出して、すっかり温くなってしまったお茶を頂く。

 マニュアルの半分以上がキューブの使い方だから、俺には関係なさそうだ。

 やはり、操作は全てクリスに任せて、俺はアドバイザーに徹していた方が良さそうだな。


 新たにお茶を入れようとして、クリスがソファーから立ち上がろうとした時だった。

 部屋の一角に魔方陣が現れて、クルクルと回りだす。だんだんと早くなり、魔方陣から光が溢れ出し、眩しさに思わず目を背けてしまった。

 ほんの数秒にも満たない内に、急速に光が薄れていくのが周囲の壁の明るさで分かる。

 魔方陣があった場所に顔を向けると、1匹のネコが俺達に顔を向けていた。


「かわいい! こっちにおいで」

 

 ネコに向かって歩き出したクリスが、ネコの傍で屈むと手招きをしている。

 黒猫だけど、口の周りと足先、それに尻尾の先が白いんだよな。子猫というには少し大きすぎる感じだ。

 近寄って来たネコをクリスが抱き寄せて、ネコに顔をすりすりしている。


「くすぐったいにゃ!」


 ネコが話した! 次の瞬間、クリスの腕からポンと飛び出して人型に姿を変えた。

 人型と言っても、猫耳と尻尾はそのままなんだな。おへそ丸出しのビキニのような革鎧姿なんだけど、どう見ても俺より年上だ。存在感のある胸が革鎧を持ち上げてるからね。そんな姿で俺達に仰け反るように胸を張って笑みを浮かべている。


「一応聞いてみるけど、ダンジョン作りを手伝ってくれるのかな?」

「神様に依頼されたにゃ。種族名はケット・シー。名前は『ミーナ』にゃ。魔族第八軍団の偵察部隊にいたにゃ。この間、深入りしすぎてやられてしまったにゃ」


 可愛く「にゃ」を付けたけど、歳を考えて欲しいところだ。心配そうな表情でクリスが俺を見ているのも気になるところだ。

 魔族ということにちょっと驚いたけど、ミーナさんも俺と同じでこの世界で亡くなったみたいだな。俺と違って、魔族の正規兵だったんだろう。


「え~と、私がクリスでこっちがクロードさんです。ミーナさんですね。ダンジョン作りをしないといけないんだけど、協力よろしくお願いします!」


 クリスがペコリと頭を下げる。


「了解にゃ。クリスちゃんに、クロード君にゃ。色々考えてみるにゃ」


 ミーナさんが俺達の顔と名前を確認している。

 これで3人ということか。小さな天使見習いに、魔族のお姉さん、それにこの世界に召喚された人間族の俺だけど、3人ともダンジョン作りなんて初めてのようだ。

 どんなダンジョンが出来るか想像も出来ないな。

 まあ、とりあえずは穴を掘ることになるんだろうけどね。


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