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伝説の始まり

 冒険者ギルドへ報酬金を受け取りに行くと、扉を開けた瞬間に歓声が沸いた。


「おいみんな! シグルドが戻ってきたぞ!」


 その声で冒険者たちだけでなく受付まで一斉にドッと集まってくる。

 なんだなんだ!? 一体何が起きたんだ!?

 って、そうかドラゴンゾンビを倒したことをみんな知ったのか。


「さすが冒険者たちは耳が早いですね。シグルドさんの大活躍が広まって見る目が変わったみたいで良かったです」


 俺の代わりに怒ってくれていたリンネも満足げに鼻を鳴らしている。

 こうやって褒められるのはいつも勇者たちだったから、何か慣れなくてこそばゆいな。

 でも、今回は俺とリンネが倒した訳だし、みんなのお祝いや労いを堂々と受け止めて良いんだよな。


「「結婚おめでとうございます!」」

「みんなありがとう――ん?」


 んんっー!? 何か思っていたのと労いの言葉と違ったような気がするぞ!?


「リンネ、今のって気のせいかな――死んでる!?」


 いや、辛うじて生きていた。

 生きてるけど、白目を向いて泡を吹いている。

 って、ピクピクと痙攣までしだしたぞ!? 


「リンネー!? しっかりするんだ!」

「シグルドさん……私、生まれ変わってシグルドさんの子供になってきます。名前はリンネってつけてください」

「何言ってるんだよ!? 死ぬな! そもそも俺は結婚してないだろ!?」


 領主にはめられて結婚式の真似事はさせられたけど、婚姻届けは燃やされたし、結婚はまだしてないはずだ。

 どうしてこんな騒ぎになった!?


「え? オフェリアお嬢様とシグルド様が結婚したと領主様から手紙が来たんですが」

「お父様……何やってるのよ……」


 オフェリアが頭を抑えてため息をついている。

 あぁ、やっぱり領主が原因だった。

 事情を察したオフェリアが経緯を説明すると、熱狂はあっという間に引いてみんなが元の位置に戻ろうとする。

 本当に一体何だったのか。意味が分からなくて受付に戻ったお姉さんに声をかける。


「あの、さっきの騒ぎは一体……」

「え? シグルドさんがオフェリアお嬢様と結婚していたら次期当主になりますよね? なら早めにゴマ擦って取り入っておこうかなって。報酬だけじゃなくて私たち受付の給料もあげてくださいってお願いしようと思ってたわ」

「ゲッスいなあ!?」

「ここは前線ですよ。冒険者もギルド職員もしたたかでないと生き残れませんから」


 確かにしたたかじゃないと生きていけないけど、あまりにもゲスい。

 というか、何でギルドに結婚話が伝わっているんだ?

 領主がドラゴンゾンビの報酬を用意させるついでに、娘が結婚すると言いふらしたとか?


「……ところで、ドラゴンゾンビの報酬はいくらなんでしょう?」


 あ、リンネが生き返った。

 何とか気を持ち直したみたいだ。


「ドラゴンゾンビ? 何のことですか?」

「えぇ!? 領主から報酬を渡されたのではないのですか!?」

「え? 使いの方が持って来たのは婚姻届ですが……」

「私とシグルドさんでした初めての共同作業だったのに!? 一緒に魔物に入光したのに!」


 そうだそうだと言いかけたところで、何か違和感を覚えて言葉が引っ込んだ。

 リンネの言っていることが、何か領主が暴走した時と似たような雰囲気を感じる。

 ダメだ。まださっきのショックから完全に立ち直っていないようだ。

 何か放って置いたらどんどん酷いことになっていく気がして、俺は助けを求めようと咄嗟にオフェリアに振り向いた。


「聞いていた話と違うんだけど?」

「多分浮かれすぎたお父様が手紙を入れ間違えたのよ。ギルドと教会に使いを出していたから。今頃教会はドラゴンゾンビや他の大型魔物が来るって知って、大騒ぎじゃないかしら?」

「なんてはた迷惑な……」

「ホント人騒がせな人よ」

「オフェリアの父親だよなぁ。良く似てるよ」

「そうね。あれ? いまさりげなく私も人騒がせな人にされた? ねえ、今私もバカにされた!?」


 出会った時からそうでした。

 とはさすがに言えず、オフェリアから目を反らした。

 その隣ではリンネが受付と喧嘩になりそうな勢いで、「本当だ」「嘘だ」と言い合いをしている。

 すると、タイミング良く手紙を持った執事風の青年がやってきて――。


「すみません! 領主の使いの者です。先ほどの手紙は中身が間違えてまして、こちらが正式な領主からの手紙となります!」


 執事に皆の目線が集まり、受付がリンネを放って手紙を受け取る。

 すると、手紙を読んだ途端に青ざめた顔でわなわな震えだした。


「すみません! シグルドさん、リンネさん、ドラゴンゾンビ討伐感謝します! それと今ここにいる冒険者の皆様はこの場で待機してください! 緊急クエスト発生です!」

「何!? ドラゴンゾンビだと!?」

「緊急クエスト!? 魔王軍の主力がこちらに来たのか!?」


 受付の言葉でギルド内が一気にざわつき始める。

 勇者が倒されてすぐこんなことが起こるとは誰も思っていなかったのだろう。

 というか、オフェリア自身といい、父親の領主といい、使いの執事といい、オフェリアの一家はみんな人騒がせだな!


「最前線からこのヴァルグへやってきた大型魔物は3体。うち一体のドラゴンゾンビは森の中で撃破済み。残りはサイクロプスとホワイトフェンリルです」


 魔物の正体が分かったことでさらに場がざわつく。

 人間を蚊のように潰す強烈な力を持つ一つ目の巨人サイクロプスと、氷を操り氷漬けにした人間をかみ砕く巨狼ホワイトフェンリル。

 どちらも超危険な魔物である上に、街に向かって来ているのなら放置出来ない相手だ。

 サイクロプスはどれだけ強固な城壁を築こうと、その拳で城壁をプリンでも握り潰すかのようにぐちゃぐちゃにしてしまい、建物の全てを破壊するだろう。

 ホワイトフェンリルが来れば住民は全て氷漬けにされ砕かれてしまう。


「魔物は山と平野から同時に仕掛けて来ると予想されています。どちらも街に近づける訳にはいきません。そこで、軍と冒険者による2正面作戦が領主から提案されました」


 どちらも街に通してはならないのなら、どちらも街に来る前に撃破するしかない。

 戦力を分けることは普通なら愚策だが、そうせざるを得ないという状況だ。

 むしろ、これでもまだマシな方だろう。ドラゴンゾンビを倒していなければ、森にも戦力を分散させなければならなかったのだから。

 そのことにみんなも気付いているのだろう。

 俺の隣にいた冒険者の一人が手をあげた。


「ところで、どこのどいつがドラゴンゾンビを倒したんだ? 軍の連中か?」

「あなたの隣にいるシグルド様のパーティよ?」


 オフェリアがフンと鼻を鳴らして俺の背をポンと叩いて前に押した。


「パーティメンバーはこのリンネだけ」


 そして、リンネもポンとみんなの前に押し出される。


「そして、見届け人はこの私、二人に助けて貰ったオフェリア=フォン=ヴァルグよ」


 ポカンとした顔で皆が俺とリンネを見つめる。

 そして、一拍遅れて――。


「マジか! すげえな二人とも!」

「おいおい、お前らブロンズとアイアンだろ? かっー、目立つのが嫌だからって階級詐欺してたのかー!」

「勇者パーティのメンバーだったってのはマジみたいだな! 緊急クエストは頼りにさせてもらうぜ」


 大歓声と拍手を浴びせられた。

 冒険者の仕事で受けた初めての賛辞に俺とリンネはきょとんとしたまま動けない。

 そんな俺たちを見てオフェリアはニッと笑い、ウインクを飛ばしてきた。

 ったく、やってくれたなオフェリアのやつ。ホント人騒がせなお嬢様だよ。


「シグルドさん、皆さんにギフトのこと伝えた方が良いんじゃないですか?」


 リンネの言う通りだな。これからともに巨大な魔物を倒しにいくんだ。

 今まで人にはずっと言いたくなかったギフトのことを伝えよう。


「みんな聞いて欲しい。俺のギフトは普通っていう能力だ。おかげでステータスは普通、スキルも中級程度のものしか使えない。でも、この普通を事象に押しつけることが出来る因果変換の力がある」


 冒険者たちは俺の力をまだ理解していないのか、黙って俺のことを見守っている。

 俺だって最初は訳が分からなかったんだから、初めて聞いたらそういう反応をしてもしょうがない。

 だから、みんなが分かるように俺はハッタリに近い言葉を付け加えた。


「どんな相手だろうがサクッと普通に勝てる力だ」


 その後聞こえた大歓声は生まれてから最も大きな声だった。

 勇者たちの受けてきたどんな声よりも大きかったぐらいなのだから。

ブクマと評価ありがとうございます。大変励みになっておりますので、応援よろしくお願いします。

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