領主との対面
屋敷に入るとすぐに客間へと通され、オフェリアとは別れた。
部屋の中は質素でとても領主の屋敷とは思えない。
壺や絵といった調度品はなく、堅実な作りの机と椅子、そして神に祈りを捧げる十字架の壁飾りがあるだけだ。
ただ、領主に会うためのドレスコードはあるらしく、俺は白いスーツを着るよう命じられた。リンネの方は何故かローブを着替える必要がなかった。
僧侶の正装だから礼を失することはないということだろう。
「待たせてしまったね。街を救ってくれたこと、娘を守ってくれたこと感謝する」
落ち着いた声音の紳士が部屋にやってきた。
服は司祭が着るような落ち着いた黒いローブ。
部屋と同じで着飾ることをしない見た目のせいか、領主の屋敷というよりかは教会の一室で司祭と話しているかのような錯覚を覚える。
「父様ってば、相変わらず硬いわね」
そんな父とは対照的に見事なまでに着飾ったオフェリアが続いて入ってくる。
白いドレスに白い手袋、花嫁衣装かと思うような出で立ちで、ちょっと面食らった。
「あ、いえ、冒険者として当然のことをしたまでです。ん? どうしたリンネ?」
「……何でもありません。うぅ、私も恥ずかしいけどちょっと肌だそうかな……」
かなり視線を感じた気がしたんだが、何だったのだろう。
気になるけど、今は領主の前だ。
「報酬はギルド経由で支払うよう手続きをしておいた。まさか魔王軍が本格的に補給線の要となるこの地を狙うとは思っていなくてな」
「やはり勇者が倒れたことにより、魔王軍が勢いづいてきたというところでしょうか?」
「なるほど。娘の言った通り聡明な男だ。冒険者にしておくのは惜しい」
「いえ、普通のことを言ったまでです。それよりも、気になるのは……」
魔王軍が本気を出したとしたら、ドラゴンゾンビ一匹だけで済むのかどうかだ。
「あぁ、シグルド君が心配している通り、先ほど前線からの伝令があってな。いくつかの大型魔物が戦線を突破したという情報が入ってきた。ドラゴンゾンビはその内の一つだったのだろう」
まぁ、そうなるよな。
でも、そうなると不思議なこともある。何故ドラゴンゾンビだけが先に出てきて、他の魔物と一斉に攻撃をしかけてこなかったのか。
「ふふん、私が森の中を偵察していなければ大型魔物に一斉に攻められヴァルグは落とされていたということです。お父様」
そういえば、今回の騒動を作った原因が目の前にいた。オフェリアだ。
この家出娘が無謀にも森の中に突っ込んで、バカスカ魔法を撃ちまくったおかげで俺たちが気付けたのだから。
とはいえ、胸を張って良いことじゃない話しなんだけど、オフェリアは誇らしげだ。
「一体誰に似たのやら。こんな危ない目に会えば懲りると思ったらこれだ。一度こうと決めれば猪突猛進。とんだお転婆のじゃじゃ馬娘に育ったものだ。」
領主が深く長いため息をついている。そういえば使用人も兵士もオフェリアを知る人はみんな同じような反応していたな。
こんなことが日常だと落ち着く暇が無いだろうなぁ。なんて思っているとオフェリアがキラキラした目でうんうんとこちら見て頷いている。
まさかこのタイミングで言えというのか。
「あ、あの、オフェリアが冒険者になりたいと言い出したらどうします?」
「普通に考えてダメに決まっているだろう。危険過ぎる」
だよなぁ。それが普通だ。
「ただ、どうやら娘は逸材を見つけて来たようだ」
「……え?」
「君達はあのドラゴンゾンビをたった二人で倒すパーティだ」
何この流れ? おかしくない?
「そして、先を見通す知恵者と来れば娘を預けるに足る人物だと判断した」
いや、ちょっと待て。まさかと思うが。
「娘をよろしく頼む」
領主が頭を下げた。その隣でオフェリアがガッツポーズをしている。
確かに魔法使いがパーティにいる方が強敵とも戦えるようになるし、願ったり叶ったりではある。
それにオフェリアがパーティに加入することでリンネと別の部屋に泊まれるようになるしな。
最近トイレの前でも待っていたり、風呂から出ると何故か俺の服を抱えて洗濯の準備をしてくれていたりするので、ちょっと迷惑をかけすぎかと思っていたところだ。
「あぁ、ただし、条件がある。娘を戦地に送り出すのだ。万が一ということもある。やり残したことがないようにしておきたい」
なるほど。確かに冒険者には常に死がつきまとう。
一生の別れがいつ来るか分からないのなら、心残りがないようにしておきたいと思うのは不思議じゃない。普通のことだ。
「何をすれば良いのでしょうか?」
「まずはこの紙のここに名前を書いてくれ」
言われるがまま紙に名前を書く。
「では、シグルド君はこの十字架の飾りの右側に、オフェリアは左側に立ってくれ。あ、リンネ君は二人の真ん中から一歩奥の場所に立って欲しい」
一体何の儀式だ? 何かどっかで見たことがあるような気もするけど思い出せない。
ただ、リンネは何かに気付いたみたいで顔を真っ青にしている。
その視線の先にはほくほく顔で微笑む領主がいて――。
「あの……これって……」
「では、口づけをもって神に夫婦となったことを誓って貰おう」
とんでもないことを言い出した。
「やっぱり結婚式ですか!?」
「あぁ、なるほど。演技でも良いから娘の晴れ舞台を見たい的な……」
親として娘の晴れ姿というのは見たいものなのかもしれない。
やり残したことが無いようにと言っていたのも納得出来る。
「演技? 違うな。私は本気だ。今までどんな見合いの席も魔法で爆破してきた娘が初めて自分から男を連れ込んだのだ! 君は勇者のパーティに所属していたそうだな。この際血筋は置いておいて、その英雄性で社交界は黙らせられる。ならばこの機会を逃す訳にはいくまい! 我が輩は孫を見たいのだ孫を! 冒険者になる代わりに結婚すると言われれば頷くしかあるまい!」
「結婚とか急に言われても!?」
「我が娘では不満か!? 許さん!」
「いや、オフェリアはとても魅力的ですけど!?」
「そうだろう! なら結婚して孫を見せてくれ!」
領主が壊れた!?
大人しかった領主が仮面でも脱ぎ捨てたかのようにバッと両手を広げる。
「逃げられぬぞシグルド君! 先ほど君のサインした紙は、娘と結婚することを承諾する契約書だ!」
「間違い無くオフェリアの父親だよ!? 強引に話を進めるあたりも、とんだ無茶を普通にするあたり似た物親子だよ!?」
「え? 本当に? 本当にそう思うかね? 我が輩、娘と似てる? そっか。そうかなー?」
何で照れてるのこのおっさん!? とんだ親バカなのか!?
「というか、オフェリアもため息をついてないでこの状況を何とかしろよ。お前のお父さんだろう!?」
「分かってるわよ。ファイア」
「ああああ!? 娘よ!? 何故契約書を燃やす!?」
オフェリアがパチンと指を鳴らすと、領主の手の中にあった紙が真っ黒な燃えカスに早変わりした。
領主がガチ泣きしている。いい歳した大人が本気で泣いていた。
何とかしろと言った手前悪いけど、ここまでするとは思わなかった。
見合いの席を爆破したのは大げさだと思ったけど、本気でやる子だ。
「フェアじゃないからね」
そういってオフェリアはドレスをバサッと脱ぎ去り、代わりに動きやすそうな魔法使いの戦闘服姿に速着替えした。どうやら中に着込んでいたらしい。
「ね? リンネ?」
オフェリアは何故かリンネの方を見て、ウインクする。
俺には何を言っているのか分からないが、リンネはそれだけで何かを察したみたいで頬をぷくーと膨らませた。
かわいいけど、一体どうしたというのだろう。
「シグルド様、ギルドに行くわよ。魔王軍の大物の情報を聞きに行かなきゃ」
「え、あぁ、うん、そうだな」
オフェリアが俺の手を引いて外に出ようとする。
床で丸くなって泣いている領主を放って置いて良いのだろうか……。
とりあえず、声くらいはかけておいた方が良いんじゃないかと思っていると、リンネが反対側の腕に抱きついてきて強く引っ張ってくる。
「負けません! 絶対に負けないです!」
「え、あぁ、うん、気合い十分だなリンネ」
女性二人はもう領主をガン無視だった。
自業自得とはいえ、何か同情したくなるような姿だった。
俺、これからこの街で普通に過ごせるんだろうか?
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