勇者の知る普通という現実
黒い雲が空を覆い、雷が絶え間なく降り注ぐ荒野で、勇者アークたちは戦っていた。
戦っている相手は尖った角が2本生えた大きな鬼、レッドオーガ。
魔王城の近くをうろつく雑魚敵――のはずだった。
「くっ! 雑魚敵のくせに何度切ったら倒れるんだ!? シンシア回復してくれ!」
「はい! ですが、すみません。もう魔力が切れそうです」
勇者アークの剣は決定打を与えられず、レッドオーガが振り下ろす大斧は確実にアークの体力を削っていく。
逆転の一手を打たなければ、このまま全滅するのは目に見えていた。
「ククル魔法の詠唱は!?」
アークの攻撃が効かないと分かれば、魔法使いククルによる上位魔法をぶつける。
だが、不思議と一年前より魔法を撃つまでのタメ時間が長くなっていた。
「今終わった! エクスプロージョン!」
ククルの杖から火球が放たれ、激しい爆発がレッドオーガを包む。
「やったか!?」
「ダメ! まだ生きてる!」
アークの問いにククルが首を横に振る。
「魔王城の周囲にいる魔物は魔王の加護を受けているせいか、攻撃の効きがとにかく悪いな。一旦逃げて体勢を立て直そう!」
勝ち目無しとアークが判断し、三人はレッドオーガに背を向けて逃げ出す。
一年前まではこんなことは無かった。
どんな強敵でも普通に倒して来たはずなのに、今ではあの時の強敵たちよりも雑魚敵の方が強く感じてしまう。
シグルドがいた時はどんな強敵でも、どんなピンチでも普通に戦って、普通に勝てたのだ。
けど、彼がいなくなってからはこんな風に苦戦することが増えた。
能力的には普通だったシグルドがいた時の方が楽に戦えていた。
認めたくないがそう認めざるを得ない状況だ。
もし、この場にシグルドがいたらどうなっていただろう?
そんな言葉がアークの脳裏をよぎる。
「いや、弱気になるな。シグルドがいたらもっと苦しい戦いになっている」
「アーク様後ろ!」
シンシアの声でハッとして振り返る。
すると目の前にレッドオーガが投げてきた巨大な斧が迫っていた。
「うわあああああ!」
荒野に悲鳴が響き渡り、鮮血が飛び散る。
勇者ともてはやされ、順風満帆に快進撃を続けてきたことがまるで嘘だったかのように。
強い魔物相手に、弱い人間は勝てない。という普通の現実が勇者アークを押しつぶそうとしていた。