ギフトの検証
翌日、俺はまたリンネと一緒にクエストを受けて街の外に出ていた。
昨夜、リンネに言われた普通というギフトの使い方を改めてマスターするために、魔物を相手に練習することになったんだ。
「ゴブリン相手なら、一撃で普通に射殺せる!」
「わぁ! さすがシグルドさんです! お見事です!」
一撃で倒せるという思い込み通り、ゴブリン相手に矢を放つ。すると、矢が刺さったゴブリンはギィッと短い悲鳴を上げて動かなくなった。
そして、次の獲物はゴブリンより強い奴を探した。
今度のターゲットはオーク。普通なら弓矢一撃で倒せない相手だ。
「オーク相手でも一撃で普通に射殺せ……る?」
冷静に考えてみるとちょっと無理じゃないかなぁ。そこまで強い弓じゃないし、矢も普通の矢だし。
そんな装備面で疑問を抱きながら矢を放ったら、オークの肩に矢が刺さった。
するとやっぱりと言ったところか、その一撃でオークは倒れることなく、棍棒を片手に激昂しだした。
「うわぁ、めっちゃ怒ってる……。ってこっち来た!? 普通に気付かれた!?」
「今回はどうしてダメだったんですかあ!?」
オークに追いかけ回されながら、リンネが叫ぶ。
ゴブリンとオークの違い、それは単純に魔物の強さだけど、ギフトが発動しなかった原因は俺が疑問を挟んだことだろう。
「さすがにこの弓と矢じゃ一撃で倒せないよなー。って思ったからかな!?」
「なるほどです!? やっぱり強く思い込むことが発動条件なんですね!」
「みたいだな! とりあえず、普通に一緒に逃げ切るぞ!」
「なるほどです! あれ? 今の一言で私も足が速くなりました! シグルドさんのギフトは他人にも効果を付与できるんですね!」
確かにリンネの言う通り、オーク相手なら普通に逃げ切れるだろうと思っていたら、足が速くなっていた。
そういえば、勇者パーティにいた時も他の駆け出し冒険者のパーティにいた時も、逃げる時はよっぽど強力な敵相手で逃げられないと観念した時以外、絶対に逃げられていたっけ。
「逆に私が思い込ませたら発動するんでしょうか!?」
「昨日のダンジョンのことを考えると発動しそうだけど!」
オークから逃げながら昨日のことを思い出す。
昨日はリンネのおかげでテンションが振り切っていて、何だって出来る気持ちになっていた。
つまり他人が切っ掛けでも《普通》という状態は発生するはずなんだ。
そう思い込めるような言葉を言ってくれさえすれば――。
「なら、その弓矢でもオークの頭に刺されば普通に倒せると思いますです! 人間だって頭に刺されば即死のはずです!」
「そうか。頭なら普通に一撃で倒せるか!」
ドタドタと大きな足音を響かせながら近づいてくるオークに振り返り、俺は矢を構えた。
装備とか何だとかは逃げ回っていて忘れた。
それにリンネの言う通り、頭に当たれば倒せる気がしたんだ。
「頭に刺さったら普通に即死だろ!」
そう叫んで放たれた矢は見事にオークの額を貫き、オークが前のめりに倒れて動かなくなる。
「普通に出来るもんだな」
「普通に出来ましたね」
倒れたオークが動き出さないか遠巻きに見つめながら、俺とリンネは戦果を確認しあう。
試しにギフト無しで弓矢を放って見ると、矢は浅くしか刺さらず、とても貫いて即死させられるような威力は出せていない。
つまり、本来起きえないことでも、他人が納得出来る理由をくれれば思い込みで引き起こすことが出来るということだ。
おかげで、俺のギフトが発動する条件もかなりハッキリしてきた。
「よくよく考えたら起こりえないことでも、普通に起こるって思い込んで行動に移すば発動するらしいな」
「みたいですね。ある意味、状態異常を与える呪いみたいなものでしょうか?」
「普通化の呪い? 何か格好付かないなぁ……」
「でも、すごいですよ。だって、シグルドさんが思い込むだけでその事象が起こるんですから。あ、でも周りの人にも影響を与える時は祝福の場合もありますし、呪いっていうのはちょっと語弊があるかもですね」
「普通化の祝福……これもまた何か微妙な響きだ」
呪いでも祝福でも普通化って時点で何かこう情けない響きになる。
もうちょっとこう普通の名前がないものかと思案していると、リンネがあれ? と小首を傾げた。
「あの、シグルドさん。一個確認したいんですけど、勇者のアークさん達が戦っている時ってあの人達が勝つって普通に思ってました?」
何でそんなことを聞くんだろう?
「そりゃぁまぁ、勇者だしなあ。魔法使いも僧侶もレベルが高くなったし、あいつらならどんな敵相手でも普通に勝てるだろうって思ってたけど」
「……あの、もしですよ? あの人達が戦って勝ち進めた理由が、そのシグルドさんの普通化のギフトの力だったら――なんちゃって」
「あはは。そんなことないない――。とは言えないけど、どうなんだろうな? あの時はこの力の使い道がさっぱり分からなかったから。久しぶりに会えたら分かるかもしれない。けど、あんまり会いたくないしなぁ」
追放された手前、いまさらなんだよっていう気持ちもあるしな。
でも、リンネの疑問のせいで久しぶりに気になったのは確かだ。
今頃あいつらはどうしているのだろうか。魔王に挑んでいるのだろうか。
そんなことを思いながら、俺は曇り始めた空を見上げた。