普通の結末
魔王が覆っていた空を取り戻し、太陽の光で敵の強化がかきけされた。
今こそ好機、そう捉えた冒険者と兵士たちは一気に押し進み、魔王城の前に簡易的な陣地を築いた。
魔王討伐は目の前、決戦は3日後におこなわれる。
兵団を率いる将軍が全人員にそう伝達した。
冒険者も兵士と一緒に戦う中、俺たちはというと先日の功績を考慮されて――。
「「魔王城潜入!?」」
リンネとオフェリアが驚きの声をあげて、咄嗟に口を塞ぐ。
「一応、極秘クエストだからな? 言いふらすなよ」
「それは分かりましたけど、どうしてそんなことに?」
「兵士と冒険者が集まった今なら魔王軍も本気を出してくるはず。そうなったら魔王城の警備は薄くなるだろ?」
俺の説明にリンネがふんふんと頷くと、オフェリアが困ったように肩をすくめた。
「奇襲作戦というより、暗殺に近い作戦ね。無茶を簡単に言ってくれるわ」
オフェリアの言う通り、俺たちがやることは多くの人たちを囮にして実行する暗殺クエストだ。
「暗殺部隊は俺たちのパーティと勇者パーティの二組だけだ。あいつらとどっちが魔王を速く倒せるか競争って訳だ」
こうして俺たちと魔王との戦いは始まった。
○
遠くの戦場から人の雄叫びと魔物の咆哮が聞こえてくる。
そんな中、俺たちは魔王城へと差し掛かっていた。
魔王城自体はまるで攻められることを考えていないのか、外敵の侵入を防ぐ掘りも高い城壁もない。
トゲトゲとした屋根には魔王を象った彫像がいくつも並び、禍々しい雰囲気を放っている。
けれど、魔物の気配はほとんどなかった。作戦通り魔王軍のほとんどを兵士と冒険者たちが引きつけてくれたおかげだろう。
「行くぞ」
扉を開けて中に入ると、青白い炎を灯すロウソクが薄暗い城内を照らしている。
寒くないはずなのに背筋がゾクゾクするような感覚がした。
この悪寒は城内の雰囲気のせいじゃない。
「良く来たな。勇者たちよ。待っていたぞ」
魔王がエントランスで悠々と立っていたからだ。まるで俺たちが来ることを事前に分かっていたみたいに。
青色の肌、灰色の目、骨をドラゴンの顎骨をそのまま削りだしたかのような、鋸刃の大剣を肩に担いでいる。
鎧はあらゆる光を吸い込みそうなほど黒い。まさに魔の王といった風貌だった。
「勇者たちは裏口の方から入ったぞ」
「ほぉ? では貴様は何者かな?」
「普通に魔王を倒しに来た冒険者だな」
「ハハ、フハハ、ハーッハッハッハ! 面白い! 勇者と戦う前の余興としてはこの上ない!」
どうやら魔王は俺たちを見くびっているらしい。
俺のギフトの効果をまだ知らないから、警戒もしていない。
今ならまだ普通に戦える。
「リンネ!」
「はい! 浄化の光よ。太陽の宝玉を照らせ!」
リンネが太陽の宝玉を掲げると、薄暗い部屋が明るく照らされる。
これで魔王が不死性を持っていても再生することは出来ないだろう。
「ほぉ、忌々しい太陽の宝玉を貴様らが持っていたのか。てっきり勇者が持っているものだと思ったぞ」
宝玉の光に照らされても魔王は全く弱る素振りを見せない。
むしろ余裕の表情で掌に黒い炎を生み出している。
「忌々しい光ごと焼き尽くしてやろう。カオスフレイム!」
ぶんと魔王が腕を振るうと、黒い炎がムチのようにしなってリンネに襲いかかる。
だが、そこにオフェリアが割って入り、氷の壁を生み出した。
「させないわよ。アイスウォール」
「ほぉ、なかなかやるな」
リンネは太陽の宝玉で不死性を封じ、オフェリアは魔法でリンネを守る。
そして、残された俺は思い込むために十分な時間を貰えた。
俺はもう勇者より強くなった。勇者の代わりに太陽の宝玉だって取り戻して空を取り返した。
俺だって普通に勇者を名乗って良いぐらいのことをしてきたはずだ。
俺が勇者なんだ。
そう思い込んだ途端、剣が太陽の宝玉の放つ光を纏って輝き始める。
「食らえこれが勇者の剣だ!」
「バカなっ!? 急に勇者の力が現れた!? ぐあっ!」
光の剣を振るうと、魔王の鎧がバラバラに砕け散り、魔王の身体から黒い霧が勢いよく噴き出した。
そこで手を緩めず、魔王の胸に剣を突き刺す。
「何故だ!? 貴様からは勇者のギフトの力を全く感じなかったというのに!」
「消えろ! 魔王!」
貫いた剣を横薙ぎに振り払うと、魔王の身体は塵となって消え去った。
倒した。勇者の代わりに俺が魔王を倒してしまった。
リンネに出会ってからずっと言い続けたおかげで、本当にサクッと倒せてしまった。
「よっしゃあああ! 勝ったああああ!」
と喜んでいられたのもつかの間、魔王を失ったことで城が崩れ始める。
「って、天井が崩れ始めた!? リンネ、オフェリア、逃げるぞ!」
喜びを噛み締める暇もなく、俺たちは魔王城から逃げ出した。
○
魔王討伐から一ヶ月後、俺は王城の戦勝式典の会場にいた。
もちろん、主役として。
「えー、では魔王を打ち倒した勇者シグルドに勲章を授与する」
魔王を倒した功績をたたえられ、俺はこうして勇者と呼ばれるようになった。
莫大な報酬を与えられ、貴族の地位も与えられ、普通の人だった俺が、普通の英雄にランクアップしていた。
けど、そんな派手な地位やお金はどうにも普通な俺にはあわなくて――。
「シグルドさん、今日は薬草摘みですかー?」
「英雄がやらないような普通の仕事ね」
リンネとオフェリアと一緒に気ままな冒険者生活を続けて旅をしていた。
普通の旅を普通に楽しむように。
「良いじゃないか普通。普通が一番さ。世界を見て歩こうとしてるんだから変なことなんて起きない方が良い」
普通の平和が続くって思い込める。それだけでこの先は楽しい日が続いていくはずなのだから。
とりあえず、完結です。
ファンタジー世界の恋愛物も始めたので、そちらもどうぞよろしくお願いします。