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霧の悪魔

 廃墟となった街は動く骨とさまよう死体がウロウロしている。

 生きた人間の気配は全く無く、冥界にでも来たかのような様相を呈していた。


「これは酷いですね……。多くの魂が囚われています」


 聖職者として思うところがあるのか、リンネが辛そうにそう呟いた。

 こうなっているのは空を覆う魔王の雲のせいだろう。日の光が全く当たらないせいでアンデッドが浄化されずに残り続けているのだ。


「太陽の宝玉を取り戻せば解放出来る。だから、それまで戦闘は我慢しよう」

「そうね。仲間を呼び寄せられたらさすがに厳しいわ」


 今回のクエストは宝玉の回収で、敵を倒すためにきた訳ではない。

 強い魔物が宝玉を守っているだろうし、出来るだけ戦闘は避けておきたいのだ。

 俺たちはオフェリアに姿隠しの魔法をかけてもらって、コソコソと大聖堂へと向かった。

 もともと教会の総本山だった場所のようで、とにかく大きな建物が見えてきた。

 領主の城が4つ、5つは入るような大きさだろうか。

 ただ、見た目は禍々しく作り替えられていて、神を祭る大聖堂というより、魔王城のようにも見えた。

 天使や聖人の像の代わりに魔王を形取った石像が奉られているんだ。


「何と言うか魔王が出てきてもおかしくない雰囲気だな」

「それぐらい魔物たちにとって大事な場所だとすると、太陽の宝玉があっても不思議じゃないわね」


 オフェリアの言う通り、魔王軍にとって弱点となる太陽の宝玉を保存するにはちょうど良い場所ではある。


「よし、侵入しよう」


 かなり不気味な場所だけど、飛び込まなければ進めない。

 覚悟を決して大聖堂に入ると、リンネが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたリンネ?」

「こんなに不気味な作りに変えられたのに、暖かい光を感じるんですよ。もしかして、これが太陽の宝玉の力でしょうか」


 そう言われて周りの気配を感じてみたけど、薄暗い礼拝の間に光は感じない。

 それどころか、神の像が倒されて元の場所には魔王の像が立っていて闇を感じるぐらいだ。

 オフェリアに目配せしてみたが、彼女も首を横に振る。

 どうやら聖職者であるリンネだけが感じ取れるものらしい。

 ならここはリンネを信じよう。


「リンネ、道案内は任せる」

「はい、分かりました」


 リンネを守るように並んで歩き、案内されるまま進むとリンネは倒れた神の像の前で足を止めた。


「シグルドさん、オフェリアさん、この神様を動かして貰えませんか?」


 どうやらこの下に何かがあるみたいだ。

 俺とオフェリアが風の魔法で像を浮かせてどかすと、リンネは床にしゃがみこみトントンと床を杖で叩き始めた。

 するとガタンと床が跳ね上がり、中に地下へと降る穴が現れた。


「ありました。隠し階段です。光はこの下から漏れています」


 俺が先頭になりリンネとオフェリアが続いて穴を下りていく。

 すると、突然ちょっとした空間が現れた。

 空間自体はそこまで広くない。

 部屋ではなく、魔物が掘った洞穴といった感じだ。

 そして、その洞穴の中を黒い霧が空間を満たしていた。

 黒い霧の奥に祭壇があり、淡い輝きを放つ宝玉が置いてある。

 どうやらあれが封印されている太陽の宝玉のようだ。


「初めての侵入者か。歓迎するよ」

「やっぱり守る魔物がいるよな」


 霧の中から人型の魔物が現れた。

 青黒い肌、膨れあがる筋肉、鋭い牙と爪を持つ悪魔だ。


「この気配、冥界の悪魔です。しかも、かなり上位だと思われます」

「へぇ、魔王だったらついでにぶっ倒せて一石二鳥だったのに」


 リンネとオフェリアは既に臨戦態勢をとっていた。

 いや、取らされていたと言っても良いプレッシャーがある。

 あまりのプレッシャーで、オフェリアの言葉が強がりだと嫌というほど分かるぐらいだ。

 俺ですら、ギフトの普通で無理矢理冷静さを取り戻しているだけだ。

 ギフトがなければプレッシャーに押しつぶされているはず。


「アハハ、なるほど。魔王様に盾突く人間だから、なかなか気概があるねー。あ、僕の名前はミスティル、霧の悪魔さ」

「自己紹介ありがとう。私の魔法で吹っ飛ばしてやるわ。フレアトルネード!」


 オフェリアが魔法で炎の渦を放ち、悪魔ミスティルを飲み込む。


「ぎゃあああ! 熱い! 焼ける! 死んじゃう!」


 ミスティルが悲鳴をあげ、苦しむようにもがいている。

 けれど、俺たちは武器の構えを解除しなかった。


「アハハ。僕の演技じゃ騙されなかったか」


 ミスティルの身体はスス一つついていない。全くの無傷だったのだ。

 魔法攻撃が効かないのならとリンネがターンアンデッドを発動させる。


「浄化の光よ!」

「あっはっは。そんな弱い光で僕を倒そうなんてちゃんちゃらおかしいね! 僕はこの太陽の宝玉の光を抑えているんだよ? そんな弱い光が僕の霧を照らせる訳ないじゃない?」


 浄化の光を照らしても、黒い霧がミスティルを光から遮っているようで、ミスティルはケラケラと笑っている。

 太陽の宝玉を封じているのも嘘じゃない。それぐらいの力があってもおかしくない強さだ。

 ならば――これでどうだ。


「でも、首を落とせば普通に死ぬだろうが!」


 俺は勇気を振り絞って飛び込み、剣を振り抜いてミスティルの首を落とした。

 ボトッと重い音が響き、遅れてバタンとミスティルの身体が倒れる。

 だけど――。


「うわぁ、驚いた。本当に殺された。僕を殺すなんてやるねぇ君。勇者ってやつ?」

「なっ!? 確かに殺したはずなのに再生した!?」


 首の取れた身体がむくりと起き上がり、新しく首が生えてきたのだ。

 確かにギフトの力で普通に殺せたけど、ミスティルは再生による不死性があったらしい。

 この再生能力はどうやって消せば良い?


「シグルドさん、太陽の宝玉があればこの悪魔の再生能力も消えるはずです」

「お嬢ちゃん甘い甘い。僕がこの先へ進ませる訳ないじゃん。それに奪えたところで僕の霧が光を抑えるし」


 リンネの言う通りミスティルを無視して宝玉の回収を優先しようとしたら、ミスティルが宝玉の前に移動して、宝玉を守るように両手を広げた。

 魔法も効かない。俺のギフトを使った即死攻撃も再生されたトドメにならない。


「こんな奴どうやって倒せば良いのよ。やっぱりアンデッドとか悪魔って苦手だわ。しかも、こんな狭い部屋じゃ爆発系の魔法は使えないし!」


 オフェリアの言う通り、このままじゃ倒しきれない。

 光が欲しいのに、ミスティルの霧のせいで太陽の宝玉は封じ込められている。けれど、ミスティルは光がないと倒すことは出来ない。


「ん? いや、ちょっと待てよ?」


 そもそも何でこんな地下室に封じているんだ? わざわざこんな狭い洞穴に引きこもる理由なんてないはずだ。

 逆に言えばここにいるのは何か理由がある。


「もしかすると……」


 太陽の宝玉は霧の悪魔の霧で封じられて光が抑えられている。

 けど、微かに漏れる光にリンネが気付いて、俺たちはここに入って来られた。

 状況を考えると、その理由は自ずと見えてきた。


「オフェリア、爆発系の魔法で大聖堂ごと吹き飛ばせ!」

「え!?」

「シグルドさん!?」


 俺の発想に二人が驚いて戸惑うが、ミスティルの方は俺の意図に気がついて、初めて自分から襲いかかってきた。


「やっぱりそうか!」


 襲いかかってくるミスティルの攻撃を剣で受け止め、オフェリアを攻撃から守る。


「オフェリア速く! 君の魔法なら瓦礫なんてここに落ちることなく普通に他所に吹き飛ばせるだろ」

「分かったわ! 弾けてエクスプロージョン!」


 オフェリアが天井に向かって火球を放つと天に向かって大爆発が発生した。

 爆発は洞穴の天井を貫通し、大聖堂の礼拝場の床を吹き飛ばし、上の階をまとめて消し飛ばす。

 その瞬間、部屋を充満していた黒い霧が薄くなった。

 そして、同時に太陽の宝玉が輝きを放ち始める。


「くそ! 何てことするんだよ人間!」


 ミスティルが激昂し吼える。

 ミスティルは狭い空間に黒い霧を充満させることで太陽の宝玉の光を押さえ込んでいたが、黒い霧自体の制御は出来なかったらしい。

 もし、出来ていたら堂々と上の階で待ち受けて居れば良いのだ。

 逆に言えば出来ないからこそ、こうやって地下の狭い空間に引きこもらざるをえなかった。


「リンネ!」

「はい! 太陽の宝玉を照らします。浄化の光よ!」


 そして、リンネのターンアンデッドの光に反応し、太陽の宝玉の光が増していく。


「止めろ! 止めろおおお!」


 ミスティルが叫んで霧を吐き出すが、太陽の宝玉の光は既に天を貫き黒い雲に切れ間が生まれた。

 数ヶ月ぶりの日差しが廃墟に差し込み、アンデッド達の呻き声がこだまする。

 これでもう悪魔といえど不死に近い再生能力は持てなくなってしまうだろう。


「今度こそ普通に死んでもらう!」


 光に照らされた剣が一直線にミスティルの身体を叩き斬り、真っ二つに割れたミスティルの身体に炎が灯って焼ける。


「ふぅ、何とかなったか」


 久々にちょっとヒヤッとした。

 でも、これで魔王も弱体化するだろうし、これ以上の苦戦はないはずだ。

 それに黒い雲さえ晴らせば、魔王のオーラも消えて最前線に集まって来た冒険者も普通に戦えるようになるはずだ。


「今回はもうダメかと思いました」

「ホントよ。天井を吹き飛ばせって言われた時は冷や冷やしたわ。一緒に生き埋めにでもなるつもりかと思ったもの」


 疲れたようにリンネとオフェリアが寄りかかってしがみついてくる。

 ちょっと無茶させたし、敵が強かったから怖い想いをしたから疲れたのかもな


「でも、さすがシグルドさんでした。こんな強敵でも普通に倒しちゃうなんて」

「勇者との競争にも勝ったわね。これで誰もシグルド様に文句を言うやつはいなくなったんじゃないかしら?」

「二人のおかげだよ。それじゃあ、ちょっと休憩してから戻ろうか。せっかくの良い天気なんだしさ」


 久々の太陽の光を浴びて、俺たちは身体を暖めてから帰った。


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