勇者との勝負
荒野に出ると至る所に魔物がうろついていた。
しかも、どれもこれも強い魔物ばかりだ。
「んで、今回の獲物は?」
「レッドオーガで良いんじゃないか? 一番多くうろついている雑魚敵に勝てないとそもそも先に進んでも仕方無いだろう?」
「分かった。それで良いよ」
レッドオーガと言えば大人1.5倍ほどの大きさのある赤い鬼だ。
魔法は使ってこないが、人間をいとも簡単に潰せる怪力がある。
しかも、サイクロプスより小柄なせいか動きが速い相手だ。
「いた。レッドオーガが二体だ。それじゃあ、一体ずつ受け持つってことで良いな?」
「あぁ、どっちが先に倒せたかで勝負だ」
決着の仕方は簡単だった。
「一人でケリをつけてくるよ。危ないと思ったら援護してくれ」
俺がリンネとオフェリアに振り向くと、二人はうんと小さく頷いた。
どうやらこの場は任せてくれるらしい。
「行くぞ!」
まずは俺が弓を撃ちながら飛び出して、レッドオーガの注意を引きながら視界を奪う。
「ダブルショット!」
矢を同時発射して、レッドオーガの目を潰す。
そして、すぐさま剣に持ち替えて、俺はレッドオーガの懐に飛び込んだ。
その瞬間、背筋が凍るような悪寒に襲われる。
このレッドオーガは何かオーラのようなものを纏っている。
魔王城が近いせいか、それともこの厚い雲によって光が遮られているせいか。
どういった理由かは分からないけど、強化されているようだ。
「だけど、こいつは普通のレッドオーガだ。普通に雑魚敵だ」
そう口にした途端、寒気が消えた。
どうやら、無事にレッドオーガを普通化させたらしい。
どれだけ強化されているか分からないが功を奏した。おかげで思い込むのが簡単に出来たんだから。
「首を落とせば普通に殺せる!」
以前に比べ格段に上がった身体能力を活かして、俺は力一杯跳躍すると易々とレッドオーガの首のところまで飛び上がった。
そして、レッドオーガの首に向けて思いっきり剣を振り抜く。
「でええい!」
レッドオーガの首が飛んで、巨体が倒れる。
強くなったおかげで普通にさっくりと倒せた。ステータス補正万歳。
今までは色々工夫して普通に倒せると思い込んでいたけど、今なら一撃で倒せるイメージを普通に抱ける。
「さてと、勇者たちの方はどうなったかな?」
早々にレッドオーガを倒した俺は、少し勇者たちから離れて彼らの戦いを見守るリンネとオフェリアに合流した。
「アークたちの様子は?」
「ギリギリですね。何度かヒヤッとして支援に参加しようと思いました」
「そうね。レッドオーガが纏っている魔王のオーラが思ったより厄介なのよね。防御力も攻撃力も上がっているみたい」
あぁ、あれってそんなに厄介な代物だったのか。普通にかき消せたから大したものじゃないと思ってしまったよ。
でも、一度かき消せたのなら二度目は簡単に思い込めるから、効果を知る前に思い込めて良かった。
「おーい、アーク、こっちは終わったぞ」
「何!? 一体何をした!?」
「こうしたのさ。あれは普通のレッドオーガだ。オーラなんて纏ってない」
そう俺が口にした途端、レッドオーガの動きが鈍くなった。
その隙をアークが突き、聖剣を振るとレッドオーガの腕が易々と千切れて飛んで行く。
「魔王のオーラが消えた!? ルルカ、シンシア、畳みかけよう!」
アークは一瞬戸惑ったが、すぐに剣を構え直すと魔法と剣で一気に畳みかけ、レッドオーガを切り伏せた。
「勝負は俺の勝ちだな。アーク」
「シグルド! 君は一体何をしたんだ!? 僕達を苦しめた魔王のオーラをどうやって消した!?」
アークだけじゃなく、ククルもシンシアも俺に詰め寄って、何が起きたのか問いただしてくる。
「ギフトを使っただけさ」
「ギフト? あの普通っていうギフトを? 君が僕たちを恨むのは分かるけど、魔王を倒すためなんだ。あのオーラを消す方法をちゃんと教えて欲しい」
驚くことにアークが頭を下げてきた。
どうやらアークたちはオーラを消す方法が分からず、敵に負けてしまったようだな。
藁をも掴む気持ちで情報が欲しいんだろう。
「俺が言っても信じて貰えなさそうだし、リンネが代わりに説明してあげてくれ」
「分かりました。任せて下さい」
リンネは待ってましたとばかりに俺の隣に立ち、何故か誇らしげに胸を張った。
「シグルドさんの力は因果を変換する力です。思い込んだ現象がどれだけあり得なくても《普通》に起きるように出来るのです。魔王のオーラなんて存在しないのが普通。そう思い込むことでオーラを消したという訳です」
若干違うけど、大体あっている。
そんなリンネの説明にククルとシンシアはあり得ないと首を横に振っているが、アークは何か思い当たる節があるようで、真剣にリンネの言葉に耳を貸している。
「つまり、首を落とせば普通に殺せると言っていたのも、首を落として殺すという結果を先に引き起こした後で剣を振っているということかい?」
「そういうことです。つまり、そう思い込めた時には既に決着がついているのです」
「それはシグルドだけじゃなくて、周りの人間にも効果が及ぶのか?」
「はい。心あたりがあるはずですよ? 敵でも味方でも関係無く効果を発揮しますから」
アークが口に手をあてて青ざめた顔をしている。
その反応にククルとシンシアもやっと話を本気にし始めたようだ。
どうやら今まで自分達が助けられていたことに気付いたらしい。
さぁ、リンネ、俺の力がどういう風にみんなを助けたか教えてやってくれ。
「例えばですよ? シグルドさんが思い込めば、その瞬間に私はシグルドさんのお嫁さんになれますし、キスだけで子供が出来るとか、一緒のベッドに入っただけで子供が出来るって思い込んでくれれば、いつでも子供も出来るんです!」
「リンネの言う通り、俺が思い込めばそれがどれだけおかしなことでも普通になる――。リンネ何言ってるの!?」
「能力の説明ですよ? さぁ、実践してみましょう! キスすれば子供が出来るんですよシグルドさん!」
「出来る訳ないだろ!?」
「大丈夫です! 私、聖女のギフトがありますから! 処女受胎とかできるはずですから! あ、でも、一つになる方で子供が欲しいなら……そっちでも良いですよ?」
「おい、せっかく見返したと思ったのに、アークたちから白い目で見られてるんだけど!?」
これ以上リンネに任せると俺の評価が地に落ちる!
「オフェリア、何とか誤解を解いてくれ!」
「なるほど。その手があったわね。ねぇ、シグルド様? 今後一緒のベッドで寝たら既成事実が出来るのが普通よね?」
「オフェリアああああ!?」
助けを求めたら崖から突き落とされたような気分だよ!
「……結婚式の祝い金は出すよ。二人分と子供服二着分で良かったかな?」
「アークお前まで何言ってるんだよ!?」
こうして、散々にひっかき回されて疲れた俺たちは一度要塞に戻って今後のことを話し合うことにしたのだった。