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フェンリル狩り

 冒険者は山岳地帯のフェンリルを担当することになった。

 というのも、サイクロプスの方は力がとても強くても動きは鈍く、馬に乗ってヒットアンドアウェイに徹すれば倒せない相手ではない。

 ただその肝心の騎馬戦術をとれる人材が軍隊の方に多く、冒険者はほとんどいなかった。


 代わりに冒険者は山岳地帯を歩き慣れていて、本来は戦い難い地形でも普通に戦えるという強みがあった。

 俺たち冒険者は各パーティに別れ、フェンリルが逃げ出さないように徐々に包囲網を狭めて山を登っていく。

 すると、突然目の前の山肌に積もった雪が現れた。


「ホワイトフェンリルは近い。二人とも油断するなよ。一歩でも雪に踏み込めば気付かれる」

「分かりました。後はみなさんの合図が来るまで待機ですね」

「でも、この闇夜よ? 風だって向かい風だし、目でも臭いでも私たちを見つけられないのではなくて? 何故奇襲をかけるのにここまで慎重になるの?」


 相手が普通の魔物ならオフェリアの言う通りだ。ただし、今回の相手はホワイトフェンリル。何故わざわざ雪を周りに降らせているかを考える必要がある。


「雪を踏んだら必ず足音がする。その足音がする範囲がホワイトフェンリルの狩り場、いわゆる夜目の利く範囲だ。逆に言えば、この中に入らない限り襲いかかっては来ない」

「なるほど。つまりこの雪が罠。蜘蛛の巣のようなものということね」

「そして、踏み込めば氷の魔法がすぐさま飛んで来る。そうなったら近づく前にみんな氷漬けにされて普通に全滅だ。だから、近づくために視覚も聴覚も奪う必要があるんだ」


 すると、両隣のパーティが魔法の光を短く放った。

 どうやら他のパーティも配置についたらしい。


「オフェリア、緊張はしてないか?」

「してないといえば嘘よ。けど、最初っからドラゴンゾンビを相手にしているし、シグルド様もいる。だからやれるわ」

「よし、なら開戦の合図だ。派手にやってくれ」

「任せなさい。ブラインドフラッシュ!」


 オフェリアの杖の先から白く輝く珠が雪山の中へ放たれる。

 それに続き、周りのパーティも一斉に白い光を放った。

 そして、放たれた球は花火のように弾け、夜の山を昼間の太陽のように照らす。

 そのまばゆい光の下に白い巨狼が驚いたように飛び上がる。

 ブラインドフラッシュ、いわゆる目くらましのための魔法をもろに浴びて、さすがのホワイトフェンリルも驚いたらしい。


「「突撃!」」


 冒険者たちが一斉に山を駆け上がり、突然の強い光に怯んだホワイトフェンリルとの距離を詰めていく。

 目くらましで視界を奪い、集団が一斉に四方八方から近づくことで音による探知も邪魔をする。

 おかげでホワイトフェンリルの撃ってくる氷の魔法はでたらめな方角へと飛んでいる。


「視覚も聴覚も失っている今なら普通こんなのは当たらない。俺たちも続くぞ」


 そう強く思い込んだ甲斐もあり、白銀の雪山を駆け上がってホワイトフェンリルに肉迫するまで誰もダメージを受けずに済んだ。


「ハッハー! すげえやシグルドの言う通りだ!」

「この勢いでぶっ倒すぞ!」


 そして勢いづいた冒険者たちが一斉にホワイトフェンリルに攻撃を仕掛ける。

 無数の剣が爪を切り裂き、槍がホワイトフェンリルの腹に突き刺さる。

 そして、俺もホワイトフェンリルの爪を叩き砕こうと剣を力いっぱい振り下ろした。


「俺の力じゃ硬い皮膚は貫けなくても、爪なら普通に割れる!」


 その思い込み通り、バキンと爪が音を立てて割れる。

 けれど、追撃は出来ない。


「アオオオオオン!」


 ホワイトフェンリルが悲鳴を上げ、砕けた爪を振り回して抵抗したからだ。

 その一薙ぎで接近した冒険者たちが弾き飛ばされ、俺もリンネとオフェリアのもとへと吹っ飛ばされた。

 血を流させるほどのダメージを与えても、ホワイトフェンリルの力は一切衰えていない。

 無数の傷を与えるよりも、弱点を攻撃するのが必要そうだ。


「グルルッ!」


 ホワイトフェンリルの黄金の瞳が開かれ、真っ直ぐ俺を見つめてくる。

 どうやら俺が狙われているらしい。

 まぁ、そうだよな。普通は一番弱い俺を狙う。

 そして、たった一度の跳躍で俺の頭上にやってくる。


「アオオオン!」


 爪を失ったホワイトフェンリルは大きく口を開き、鋭い牙を剥き出しにした。

 凍り付いた人間をかみ砕く牙だ。噛みつかれたら普通に身体の半分が千切られる。


「けど、俺に狙いをつけたのが間違いだ! オフェリア、これだけ時間を稼げば普通に準備が出来ただろ!」

「当然よ。貫けアースグレイブ!」


 オフェリアが地面に手をつくと俺の周りから、無数の土の槍が生み出されホワイトフェンリルの身体を貫いて、宙に磔にする。


「ガッ!?」


 アースグレイブ、土属性の魔法で相手にダメージを与えながら拘束までしてしまう上級魔法だ。


「リンネの言った通り本当に詠唱がスムーズに出来る。上級魔法でも中級魔法と同じくらいの速度で使えるなんて不思議な感覚ね」

「そうでしょう。シグルドさんはすごいんです」

「そうね。全部シグルド様の言った通りになりそうだし」


 オフェリアの言う通り、これでお膳立ては全て整った。

 ホワイトフェンリルは大きな口を開けて尚も俺に噛みつこうとしている。

 おかげで弱点が丸見えだ。


「ファイアボール!」


 俺は右手を突き出して火炎の球をフェンリルの口の中へ撃ち込む。

 慌ててフェンリルが口を閉じるが遅い。


「身体の中に直接炎を撃ち込まれたら普通に致命傷だろ!」

「ギャン!?」


 閉じた口から炎が噴きだし、溜まらずホワイトフェンリルが口を開ける。

 そこに俺は連続でファイアボールを撃ち込んだ。


「これだけ弱点の体内に炎を撃ち込めばさすがのホワイトフェンリルも普通に死ぬ!」


 ズドンとホワイトフェンリルの腹が爆発し、炎が腹の中からあふれ出す。

 すると、ホワイトフェンリルの手足がだらりと落ち、黄金の瞳が閉ざされた。


「ホワイトフェンリル撃破だ!」


 俺が勝ち鬨を上げると冒険者たちが一斉に大歓声をあげた。


「さすがシグルド! やるじゃねえか!」

「なんつうクソ度胸だよ! クソ普通じゃねえ!」

「シグルドのおかげで俺たちホワイトフェンリル相手に無傷だぜ! ありえるかこんなこと!?」


 巨大魔物相手に立ち会って無傷で切り抜けられることなんて普通はあり得ない。

 けど、俺はこう出来ると普通に思っていた。


「それでシグルド様、今回は一体どんな魔法を使ったのよ?」

「魔法じゃなくてただ普通のことをやっただけだ。爪を砕かれたフェンリルが牙で攻撃してくるのは普通だろう? んで、皮膚に傷をつけておけば、大魔導士のギフトを持つオフェリアの上級魔法が貫くというのも普通だ。どんなけ強い敵でも動けなくなれば勝てるのはとんでもなく普通さ」


 そう思い込めるよう筋書きを用意したんだ。

 自分が倒すイメージに敵を誘導し、普通にイメージ通り倒した。


「これが普通なのね。すごいわシグルド様。攻めるのも守るのもシグルド様がいなかったら負けていたかもね」

「はい。普通にすごかったです! やっぱりシグルドさんは勇者よりすごいです!」


 オフェリアとリンネが同時に俺の腕に飛びつき、喜びを爆発させている。


「二人とも落ち着け。喜ぶのはまだ速い。サイクロプス撃破の援護に回ろう」


 そう。まだ今日は終わっていない。二匹の大型魔物を撃破しなければ、明日はやってこないのだから。


「そうね。大物撃破に浮かれていたけど、シグルド様の言うとおりだわ。みなさん、もう少しヴァルグの街に力を貸して」


 オフェリアが顔を引き締めて杖を掲げる。

 立派な領主の横顔に俺は良く言ったと褒める代わりに頭をぽんっと撫でた。


「っ!? シグルド様、せっかく気を引き締めたのに、緩んじゃうわよ……」

「あ、すまん。頑張っているなと思ってつい」

「罰として宿屋に帰ったらもっと撫でて貰うわ」


 オフェリアは真っ赤な顔で小さく呟くと、逃げるように俺の前を走っていった。


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