普通というギフト
《普通》というギフト。
それが俺に与えられた才能だった。
力も素早さも頑強さも何もかもが普通。
使える魔法も武技も全てが普通。
そんな何の特徴もないものが、この世界の神様によって魂に刻まれた俺、シグルドの才能だ。
何でも普通に出来るけど、特別なことや専門的なことは出来ない。
そんな器用貧乏を地でいく俺はある時まで勇者たちと一緒に旅をしていた。
「悪い。シグルド。ここでパーティを抜けて欲しい」
勇者アークの一言に他のパーティメンバーも頷く。
「確かに冒険を始めた時は頼りになったけど……、この先魔物が強くなってくると普通のシグルドじゃ厳しいの。正直、足手まといなの」
魔法使いの少女ククルはツンとした態度で吐き捨てた。
「シグルド、あなたはどこまでも普通なのです。魂に刻まれたギフトのせいで。もう私の力ではあなたを守ることは出来ません。アークとククルを守らねければならないのですから」
僧侶のシンシアは神に祈るポーズを取って、あたかも自分の本意ではないように見せてくる。
でも、俺が邪魔だという意味合いは全く隠しきれていない。
「やっぱり俺が普通の能力しかないからか?」
「あぁ、シグルドは普通だからな。魔王を倒す使命は俺たちに任せてくれ。シグルドは普通に暮らして普通の幸せを掴むのが似合っているよ」
みんなの言う通り、俺は何処まで行っても普通。特別な力なんて持っていないから、この先は足手まといになる。
華やかな英雄譚なんて似合わない一般人、村人Bくらいの立場でしかない。そんな俺が途中までとはいえ勇者たちと肩を並べて冒険したのだから、十分過ぎるほど立派だろう。
「……分かった」
こうして、俺は能力が普通だからという理由で勇者のパーティから脱落し、近くの街でフリーの冒険者となった。
けれど、扱いはどこに行っても一切変わらない。
やっぱり、普通だからという理由で難易度の高いクエストを狙う者たちには拒否された。
そこで、駆け出し冒険者のパーティに入ってみたものの、彼らが駆け出しでなくなれば、普通の俺は用済みとなった。
でも、俺だって普通に学習する。用済みとなるなる前に手を打つようになったんだ! もう追放なんかに負けたりしない!
「あの、もう僕たちも上級のダンジョンに挑戦するんですけど……。最近出来た森のダンジョンなんですが……」
「あぁ、そうか。頑張れよ。俺はまた新人たちを育てるさ。死ぬなよ」
「はい! ありがとうございます」
こんな感じで、最近は追放される前に自分から辞めている。
しかも、自分から抜けると言うことで露骨にホッとされた顔をされるんだ。
一応、世話になったと思ってくれているらしい。嬉しくて涙が出る。やっぱり追放には勝てなかったよ。
こんなのが《普通》であるということを運命づけられた俺の生き方だった。
特別な勇者たちの中にいても、冒険者たちの中にいても、俺の居場所は彼らが育つとなくなってしまう。
辛くないのかって? もう慣れたさ。
俺が一体どれだけこのループを繰り返してきたと思っている。この一年で10回は繰り返したんだぞ。
これぐらい一杯の酒があればどうにかなる。
「うわあああん! 何で俺のギフトは普通なんだよおおおおお!?」
慣れたとは言ったが、辛くないとは言ってない。
そういう訳で、俺はなけなしの金で安酒を買いまくり絶賛やけ酒中だった。
「現実逃避の仕方まで普通ですねぇ。はーい、おかわりのビールですよー」
「うっさいわっ! 普通言うな!」
酒場の娘にまで呆れられたけど、構わず新しくやってきたビールを一気に飲み干した。
「普通舐めんな! 良いか? 普通ってすごいんだぞ! 普通に出来るからな! いろいろなこと普通に! こうやって普通に一気飲みだって出来るんだぞ!」
「いい加減飲み過ぎですよー? 普通がゲシュタルト崩壊しそうですよ。そんな普通普通繰り返したら気持ち悪くなりますよー?」
「言われ見れば普通に気持ち悪――あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ん゛!」
「きゃああ!? 普通に吐かないで下さい!?」
ビールと言えど飲み過ぎた上に一気飲みなんかすれば普通に気持ち悪くなって、吐いた。
そりゃもう盛大に。
「もう次やったら出禁ですからねー? ほら綺麗にしてください」
「……す゛み゛ま゛せ゛ん゛で゛し゛た゛」
その後、頭から水をぶっかけられ、くらくらする頭で汚した床の掃除をするハメになった。
盛大に粗相をした後、俺は夜風に当たって酔いを覚ましてから宿屋に戻り、ベッドに身体を投げ出した。
「これじゃあ普通にダメ人間だ……」
ベッドに倒れ込んだ俺は枕に顔を押しつけて自分の不甲斐なさを呪う。
どこまでいっても普通。けど、普通の仲にも振れ幅はあって、今日みたいに普通にダメなんてのもある。
これはきっと良くない普通だ。
「……あぁ、普通に頼りにされる人になりたい」
派手さはいらない。過度な賞賛もいらない。用済みにされることなく、普通に頼りにされて生きたい。
そんなささやかな願いを口にしながら眠りに落ちた。
○
その翌日、俺はギルドのパーティ募集掲示板に自分の紙を貼り付ける。
《攻撃魔法は全属性の中級まで使用可能。治癒魔法は全状態異常の治療と中程度のヒールが使用可能。武器は剣や刀の刀剣類、斧鎚の重武器、槍や矛の長物、弓やボウガンの遠距離武器、どれも普通に使えるので前衛後衛どちらも出来る。ステータスはALL50》
どれだけ経験を重ねても変わらない自分のステータスとスキルに苦笑いしそうになる。
「これでちゃんと成長したら勇者だって目じゃないのにな」
普通というギフト、いや、呪いさえ無ければ――。
「勇者相手でも普通に勝てる――なんちゃって」
「シグルドさん? わぁっ! ようやく会えました! お久し振りです!」
「へ?」
勇者よりも活躍する自分を妄想していたら不意に声をかけられた。
その声に振り向くと目をキラッキラ輝かせて笑う銀髪の少女がいた。
十字架の杖に身軽そうな法衣を着ているところを見る限り、職業は僧侶に違いない。
跳ねた髪がぴょこぴょこと動いて犬みたいでカワイイ。
勇者パーティにいたツンケンした魔法使いのククルと違って俺をちゃんと見てくれて、僧侶のシンシアと違って貼り付けた愛想笑いじゃなく本物の笑顔を向けてくれる。
けれど、こんな子に会った覚えが全くないんだ。残念だけどきっと人違いだろう。
「ごめん。人違いじゃないかな?」
「人違いじゃないですよ。覚えていませんか? 一年前にゴブリンとオーガの軍団に襲われた村を救ってくれましたよね?」
「あぁ、そう言えば、アークたちと一緒に冒険していた時にそんなことがあったな」
「あの時、ゴブリンに連れ去られそうになった私をシグルドさんが助けてくれたんですよ?」
そう言われてようやく思い出した。
勇者アークたちが敵のボスであるオーガとゴブリンキングと戦っている間、俺は村人を安全な場所に避難させていた。
その時、どさくさ紛れにさらわれそうになった子がいて、咄嗟に助けに入ったんだった。
普通に近づいて、普通に剣を振り下ろして、普通にゴブリンを倒した。
大したことじゃなかったから完全に忘れていた。
「あぁ、あの時の子か。ん? って、あの村からこの街は結構離れてないか?」
「えへへ。シスターを説得して追いかけて来ました。シグルドさんと一緒に冒険者になりたくて! 駆け出し僧侶のリンネです!」
「いやいや、あの戦いで憧れるなら普通にアークたちの方だろう? 俺は大した活躍なんてしてない。俺は住民の避難っていう普通のことを普通にしただけだ」
「はい! シグルドさんは普通に私を助けてくれました!」
この子はアホの子なんだろうか。
俺がそう思って顔をしかめていると、リンネは構わず笑顔を振りまく。
「あの時のシグルドさん、すっごく格好良かったんです。死ぬほど怖いモンスターから一撃で助けてくれたんですよ」
「いや、俺は普通のことをしただけで。そもそもゴブリンを一撃で倒せるのは冒険者なら普通だって」
「そこまで普通、普通言うなら言っちゃいます!」
リンネはそう言って深呼吸を挟むと――。
「その普通のことが出来るのがすごいんですよ! シグルドさんは普通に強いんです! 普通にすごいんです! 普通に格好良かったんです!」
普通にすごいという言葉に俺は苦笑いした。
褒められているのか貶されているのかよく分からない褒め言葉だ。
でも不思議と胸の中から力がわき出してくる。
「あはは。なら俺でも普通に魔王を倒せるかな?」
「何でも普通に出来るのなら、サクッと普通に魔王も倒せちゃいますよ!」
「あはは! そうだな! 普通にサクッと倒しちゃうか!」
普通に考えたら一般人Bくらいの俺が魔王に勝てる訳がない。
けど、派手さなんてなく、死にそうな苦痛もなく、いつも通り戦ったらあっさり勝ってしまった。
そんな普通があったって良いじゃないか。そう思えた。
もし、魔王相手に普通に勝ったら面白いだろうな。
そう思った俺はまるで酒でも飲んだ時みたいに調子に乗って、リンネの手を取って走り出す。
「普通最高! よっしゃ! 景気づけに一狩り行くぞ! 森に出来たダンジョンをサクッと普通にクリアしにいくぞ!」
「はい! サクッと普通に攻略しちゃいましょう!」
駆け出し冒険者と全ステータスが平均の俺だけでダンジョンを攻略するなんて、普通に考えたらあり得ない。
でも――。
「えええ!? 森のダンジョンの最深部にいたエンシャントナーガを倒したああああ!?」
「あぁ! 何か普通に勝った! リンネの支援を貰って、弱点属性の魔法を当てて、怯んだところを剣で切って、ハンマーで潰して、槍で貫いたら何か普通に勝った!」
ギルドの受付が声を裏返すほど驚いた。
俺も声が裏返るほどハイテンション。
何せ俺とリンネは普通にダンジョンを攻略し、ダンジョンの支配者であったエンシャントナーガの遺体を持ち帰り、山ほどの財宝を普通に持ち帰っていたのだから。
そこから先は宴で熱狂し過ぎて良く覚えていない。
高い酒を浴びるほど飲んで、吐きたくなるほど良い油ののった肉を食べ、雲みたいにふわふわしたベッドへ飛び込んだ。
隣には当たり前のようにリンネがいるけど、気にしていられるほどの体力はなかった。
「それにしても……今日は不思議と力が湧いたな……。こんなこと今まで一度も無かったなのに」
「あの、シグルドさんのギフトの《普通》って思い込みの力なんじゃないでしょうか?」
「思い込み?」
「シグルドさんが《普通に出来る》と思い込んだことを実現出来る力って言うんでしょうか? そもそも全属性の魔法、全状態異常治癒魔法が出来る上に、全部の武器が普通に使えるって時点で普通じゃないんですよ?」
言われて見ればその通りで、勇者パーティにいた魔法使いは上級魔法を自在に操るけど治癒は出来ない。逆に僧侶は死者をも蘇らせるけど攻撃魔法はどの属性も使えない。
あの勇者も剣は達人級だけど他の武器はからっきしだ。
けれど、俺はそれぞれの専門家にとってはこれくらい出来て普通というレベルのことは全部出来る。
そのレベルが普通なら、’普通のギフトを持っている自分なら出来る’と思い込んでいた。
そして、今日、ダンジョンを攻略する時もリンネのおかげで、普通に攻略出来ると思い込んでいた。
しかも、思い込みが始まった時から胸に力が湧いたように感じていたんだ。
つまり、普通に出来ると思うことが出来るようになるってこと?
「え、もしかして、この普通っていうギフトってすごいギフトだったりするの?」
「はい。とっても! いえ、シグルドさん風に言うなら普通にすごいです!」
「あはは。そうかー。普通にすごかったんだなぁ。そっかぁ」
リンネの言葉に救われて、胸の奥に溜まっていた何かが音を立てて流れていく。
普通という呪いが祝福に変わった瞬間だった。
「どんなに大変なことでも普通にやりのけて、みんなをギャフンと言わせてやる!」
勇者にだってもう負けない。普通にギャフンと言わせてやると心に誓った。