冒険者ガット:2
「ゲイルさん、お久しぶりです!」
「ああ、元気なようで何よりだ」
「ふふっ、こちらのセリフですよ」
受付嬢とゲイルが握手を交わす。
「今日はどういったご用で?」
「それはこいつに···聞くといい」 バシッ
「うわっ、とと···」
ゲイルに背を押されガットが前に出る。
「はじめまして!今日はどのようなご用でしょうか」
「あ、はじめまして!冒険者になりたくて来ました!」
「新規の冒険者登録の方ですね!はじまりの樹はあなたを歓迎致します!」
「あ、ありがとうございます」
思わず声が萎んでしまうガットに受付嬢はニコリと笑った。
★
「こちらのカードを受け取り下さい」
ガットがカードを受け取るとガットの名前と年齢、顔が浮かび上がる。
「うおっ」
「うふふ、皆さん驚かれるんですよ」
「俺は驚かなかったがな」
「ゲイルさんは珍しいほうですよ、気にしないで下さい」
「あの、これってどうなってるんですか」
「ああ、これはですね···」
そう言って受付嬢は冒険者カードについて説明しはじめた。
★
『 冒険者カードの仕組みは至って簡単だ。
カードに触れた者の記憶を読み取り、名前、年齢を表示し、顔は受付嬢の胸元にあるブローチによって記録されている。
受付嬢には専用の手袋を装着させ、誤って自分の記録を残さないよう、伝えられている。
また、カードには色が存在する。
記録をする前は無地の白いカード。
登録したばかりのカードは灰色。
その後は活躍により色が変化することがあるが、色の変化は様々で、決まったものもあれば、その人物特有の色になることもある。
かくいう私も、冒険者にとって知識を広める素晴らしい書籍を残したということで、冒険者カードが私が初めて筆をとった『ダリア山脈を越えて』のカバーの色に変化した。
この『ダリア山脈を越えて』だが、今でも書店て銀貨2枚という格安お値段で販売している。
ぜひご購読頂きたい。
』
―――『冒険者になるために』 著:ウラノ より抜粋
★
「と、いうわけです」
「へぇ〜」
「カードの色が変わっている人は、色付きと呼ばれていて、何かしらの功績でギルド本部から認めて貰った凄い人なんですよ」
「カラーか···いつか俺も···」
「ちなみにゲイルさんもカラーですよ」
「えぇっ!?」
「ふっ 」 ニヤリ
カラーという素晴らしい冒険者に身近な人物が選ばれており、当の本人も誇らしげにしている。
そんな事実に心踊らせない訳にはいかない。
「どんな功績なんですか!?」
「はい、ゲイルさんは大陸の大食いチャンピオンですね」
「大食いチャンピオン?」
「そうです。大食いチャンピオン」
前々からゲイルが倒した魔物を丸々焼いて食べていたのを思い出し、微妙な気持ちになるガット。
「あの時は西のやつに凄まじいのがいてな!さすがの俺も諦めかけたもんだ」
まぁ、勝ったんだが。と笑うゲイル。
ガットは、その方がゲイルさんらしいやと思い、一緒に笑った。
「ゲイルさんに適う奴なんかいませんよ!」
「いや、本当に危なかった。奴の口はこんなにデカかったんだ。隣を見ればみるみるうちに食いもんが入る、入る」
大げさなジェスチャーで熱い戦いについて語るゲイル。
ガットも楽しそうに話を聞いていたが、そこで受付嬢から待ったがかかる。
「あ、少し喋りすぎましたね。そろそろガットさんの新米研修の説明をしないと」
「おっと。そういや坊主の冒険者登録に来てたんだった」
「ちょっと!本来の目的を忘れないで下さいよ!」
「悪かった、つい···な?」
「まったく···」
ゲイルとガットのやり取りに受付嬢は微笑み、新米研修について喋り始めた。
「えー、新米研修についてなのですが。基本的には灰色より上の冒険者に指導していただきます。
大体は専属のトレーナー等にお願いするのですが、今回ガットさんはゲイルさんがいらっしゃいますので、そちらは大丈夫ですね。
今から二日ほど、ゲイルさんにはガットさんに冒険者の基礎を教えて頂きたいと思います。
」
「基礎?」
「ええ、冒険者が覚えておくべきことですよ。キャンプの張り方や依頼の受け方などです」
「まあ、簡単なことだ俺だったら一日でたたき込める」
「ちゃんと、二日かけてくださいよ?決まりなんですから」
さて、と受付は一息ついて言葉を続ける。
「今から話すことは冒険者の決まり事ではありません。
ですが、覚えておくときっとあなたの役に立ちます。
一つ、強くあれ。
冒険者は危険な職です。いざという時己の身を守れるよう強くなってください。
二つ、賢くあれ。
力だけが全てではありません。冒険者の道には様々な選択がありますがそれを決めるのは自分です。己の往くべき道を違えないよう、賢くなって下さい。
三つ、仲良くあれ。
この先、様々な困難に出会うことでしょう。己の能力の限界に立ち止まった時、助けてくれるのは仲間です。支え合い、研鑽し合える戦友を見つけて下さい。
あなたの冒険者生活は今から始まります!
あなたの冒険者の道が素晴らしいものになるよう、心から祈っています。
では、行ってらっしゃいませ!
」
★
その後、宣言通り新米研修を一日でたたき込んだゲイル。
たたき込まれたガットは満身創痍ながらも、何とか次の日を無事に迎えた。
『ガシャーーーンッ!!』
「起きろ坊主!外へ出るぞ!」
「うぇぇあっ!?」
朝早くから叩き起され、寝ぼけながらもついに依頼をこなすことが出来るのかと、胸を踊らせるガット。
「···どんな依頼に行くんですか?」
「何を言ってる?今日は訓練だ」
「依頼を受けには行かないんですか?折角冒険者になったのに」
「バカやろう。
お前みたいな奴は冒険者になってすぐに死ぬことになる。
冒険の準備の大切さも知らん奴が、依頼なんてこなせるわけないだろう」
「?」
「分かったら返事ぃ!!」
「は、はいっ!」
寝起きには響く怒声で、思わず返事をしてしまうガットだった。
★
「ということで、訓練を行う」
「はい···」
「まずは「あの」··なんだ?」
話を遮られて不服そうなゲイルにガットは先刻からの疑問をぶつけた。
「訓練をするのはわかったんですけど。どうして必要なのか聞かせてくれません?」
それを聞いたゲイルは呆れたように首を振ると、説明しはじめた。
「はぁ···全く。いいかよく聞け、冒険者として生きていく以上何かしら売りにしていくものがある。坊主、お前の目的はなんだ?」
「ゲイルさんみたいな冒険者になることです」
「嬉しい事言ってくれるじゃないか。だが、それとこれとは別だ。俺のように強くて賢く、イケメンで優しいイイ男になるにはどうすればいいか?
それは装備だ。」
「装備?(突っ込んだ方がいいのだろうか···)」
「剣、斧、槍、杖など、魔物を打ち倒すための武器や鎧だ。ここまで言えば訓練の理由がわかるな?」
しばし考え込むガット。
「自分に合った武器···ですか?」
「おしいな、50点だ」
「なら、教えて下さいよ」
「こういうのは自分で考えてこそだ」
再び思考するガット、先程のゲイルの発言と冒険者としてのゲイルの姿をヒントに自分の思いつく限りを尽くす。
「わかった!自分に合った武器、そしてその武器での戦い方に適した鎧!」
「それだ!
本当はもうひとつあるが今のお前では答えることはできんだろう」
へー、と頷くガットに笑うゲイル。
「詳しく教えて下さい」
「そうだな···まずはお前が正解している所から説明していこう。
まず自分に合った武器についてだ。
そもそも、魔物を倒す上で武器を使うのはなんでだと思う?」
「その方が強いからですよ」
「その通り、武器を使った方が強い。
強いということは、魔物を倒すのが早くなる。
早く倒せるということは疲れも最小限に抑え、より依頼を効率的にこなせるということだ。
冒険者だって人間だ、金の問題というのはどこにでも着いてくる」
そこまで言われてガットは理解した。
「自分に合っていない武器を使うと、無駄に疲れてしまって効率が落ちるという訳ですね!」
「そうだ、故に自分に合った武器を探すために訓練が必要なんだ。
これは鎧にも同じことが言える。どれだけ強くて丈夫な鎧でも、重すぎたら動けんだろう?」
「なるほど」
「そしてさっき言ったもうひとつだが、
訓練によって自分に適した装備を整えている間に、魔物と戦う上で重要な能力を育てることが出来る」
「能力?」
「なんだと思う?」
「うーん、やっぱり腕力ですか?」
「違うな、まあ、これを新米で答えることはなかなか出来ない」
「そんなの無理じゃないですか!」
まあ聞け、と言ってゲイルは話を続けた。
「それは観察力だ」
「観察力?」
「何を言っているかわからんって感じだな。説明してやろう。
冒険者は基本的には依頼をこなして生計を立てている。
依頼は多種多様だが、大体は魔物の討伐だ。
そして、他の依頼にも魔物は多く関わってくる。
ゴブリンや、オーガ、スケルトンなどのメジャーな魔物はその習性や生息地、戦い方などがしっかり調査されていて近所の書店にでも行けば対策をとれるだろう。
しかし、あまり調査が進んでいない魔物や新種の魔物が現れた時。事前の対策なんてたてられる訳がない。
そこで必要なのが観察力だ。
相手の習性、攻撃方法、周囲の状況。
様々な情報を即座に入手しなければ、命取りとなる。
どれだけ腕っ節が強くても、初めて見るモンスターに毒を食らったらお陀仏だ。
まずは相手を観察しろ、相手の倒し方は相手が教えてくれる。
倒し方が分からない時も観察していれば逃げるチャンスも分かるようになる」
ゲイルの説明に聞き入っていたガットだが、ここで疑問をぶつける。
「その、観察力って訓練で身につくものなんですか?」
「間違いなく身につく。
腕っ節や、頭の良さは才能に大きく左右されるが。
観察力は経験がものを言う。
ようは慣れだな」
慣れ。
その言葉を自分の中で反芻するガット。
「わかりました、やってみます」グッ
「よし、じゃあまずは剣からだ。俺が適当に打ち込むからな」
「も、もちろん手加減してくれるんですよね?」
たどたどしく剣を構えるガットに対し、斧を片手で担ぐゲイル。
ゲイルはその剛碗で斧をブォンと振り回し、脚に力を込めるとニヤリと笑った。
「死ぬ気で避けろ」