第7話 日常の中の決戦と宴です!
ズズッ! ズズッ!
全くペースの落ちない猪狩りに比べ、ヒヨコはペースの低下が目立ってきた。
「嬢ちゃん! 大丈夫かよおい、頑張ってくれぇ!」
「やっぱり大穴なんて狙わなくて良かったぜ。猪狩りの旦那はペースが全く乱れねぇ!」
観客達もヒヨコのペースが落ちていることに気が付いたようだ。
ヒヨコに賭けていた者達が必死に応援するが、ヒヨコの表情は苦しそうだ。
(くっ……野菜の山を削っている間に、スープを吸って麺がさらに太くなってる! お腹も苦しいし、麺を噛むので顎に疲労も溜まって来た……このままじゃ、負けるっ!)
ヒヨコは必死にペースを取り戻そうとするが、スープを吸った麺は太く、そして重くなっている。
麺が重いせいで指への疲労が溜まっているのか、ヒヨコの箸はぷるぷると震え始めた。
「さぁ、ここで猪狩りの旦那が半分をたいらげたぞ! 中間発表だが、10対8で猪狩りの旦那が有利だ。嬢ちゃんも最初のブーストのお陰でまだそこまで離されちゃいないが、後半戦はきついぞ! さぁさぁ、手数料は貰うが、乗り換え、払い戻しの最後のチャンスだよ!」
「応援していたが……すまねぇ嬢ちゃん!」
「あぁ俺も、家で待ってる嫁が怖いからよぉ。すまねぇ!」
何人かが乗り換えや払い戻しに走る。
これが漢気だと言いつつヒヨコに賭けたままの者は、不安そうにしながら必死に応援をしている。
しかしそんな者も、後半戦に差し掛かる今となっては僅かとなっていた。
らあぬんをマイペースにすすりながらその様子を見ていたミオは、箸を置くと財布を取り出した。
3万モーノと多くは無いが、転生前に天使達から支給された支度金が入っている。
1モーノと1円はほぼ等しく、日本出身のミオには分かりやすい通貨単位だ。
「くだらないと思っていたが……興が乗った。おい店員! ヒヨコに2万モーノだ」
「はい、嬢ちゃんに2万モーノ! ……え!?」
店内の全員が驚いてミオを見る。
(ダメっ! ミオ、私にそんな大金を賭けちゃダメ! だって私負けそ……)
「おいお前らぁっ! 一度賭けておいて、乗り換えだの降りるだの、冒険者の男ってのはこうも節操が無いのかい? 一度決めたら最期まで筋を通す、それが冒険者じゃあないのかいっ!?」
冒険者になったばかり、それもクエストを一度もこなしていないどころかクラスすら未選択なミオだが、その言葉は、ベテランの冒険者達に突き刺さった。
彼らは自身を恥じるようにしばし目を伏せた後、応えるように大声で叫んだ。
「あぁ嬢ちゃん! 俺達が間違っていた!」
「そうとも、勝負が決まる前から逃げるような真似、冒険者じゃねぇ!」
「未知を切り開くからこそ冒険者、先の見えぬ戦いこそ本懐なり!」
ヒヨコの劣勢ですぼみかけていた店内の熱気は、一瞬にして最高潮まで到達した。
ニヤリと笑ったミオは、腰に手を当ててさらに続ける。
「劣勢に見える今こそ、私はヒヨコを信じる! ヒヨコに2万モーノ。これが、逃げも隠れもしない、私の覚悟だ! これを見て、自分を漢だと思う奴は付いて来な! 猪狩りに賭ける奴全員……」
一息置くと、店内の観客全員の視線がミオの唇に注がれた。
「ヒヨコと私が、真正面から相手にしてやるわ!」
うぉぉぉぉ! と呼応する男達の叫び声。
一瞬にして場の空気を従えた。
「黒髪の嬢ちゃん気に入ったぜぇ! おじさんと勝負だ! おい、猪狩りの坊主に1万モーノ!」
「俺も猪狩りの旦那に5000モーノ上乗せだ! 財布の中身全部賭けるぞ、嬢ちゃん達、財布とプライドを賭けた、日常の中の決戦と行こうじゃないか!」
「私は嬢ちゃん達に乗るわ! 今日は男共の財布を荒らすわよ!」
それまで静観していた数人の女性客も立ち上がり、さらに賭け金が積み上がって行く。
(ミオ、私のことをそこまで……負けたくない、でもこのままじゃ私……)
悔しそうに残りのらあぬんと、隣の猪狩りを見比べるヒヨコの耳元で、ミオが言った。
「冒険者手帳の104ページ。魔法について。魔法には魔力が必要ですが、魔力を使用すると、運動後と同じように空腹感を感じます。」
淡々と冒険者手帳に書いてあった解説を読み上げるミオに、ヒヨコは理解が追い付かない。
(ミオ、こんな時に何を言って……?)
「まぁ、お前の知能じゃ気付かないかもしれないからヒントをやるが……魔力を消費すれば腹が減る。そしてお前には、無限に等しい女神の魔力がある。殆ど答えになってしまってるが、後は自分で考えろ」
そう言い終えると、ミオは黙々と自分のらあぬんを食べる作業に戻った。
(魔力を消費してお腹を空かせる……そうすればこの状況を打開できる? でも顎と腕の疲れも……いや待って、私は女神でしょ、知能が低いから難しい魔法は覚えられないって言われたけど……微弱な回復魔法なら最初から使えるじゃない! つまり、自分の身体にヒールをかけ続ければ……! 私の無限の魔力で無限にヒールをかけて、無限にお腹を空かせれば、最初のペースで食べられる!)
ヒヨコはミオに視線を向けると、らあぬんをすすりながら無言で頷いた。
ミオもヒヨコを見て、ニヤリと笑いながら頷き返す。
(何やら覚悟を決めたようだが、俺との差は既に相当開いている。流石の俺もペースは落ちているが、このまま最期まで押し切れば、圧勝だな)
猪狩りが一人で勝利を確信し、水の入ったコップに手を伸ばした瞬間……
「おっとぉー! どうしたことだ、嬢ちゃんの身体が小さな光に包まれているが、これはヒールか!? それと同時に物凄いペースだ! 凄いぞ、これは最初のブースト以上だ!!」
ヒヨコは自身にスタミナを回復させる微弱なヒールを連続使用しながら箸を進める。
もう彼女に疲れは無い。
あるのは、無限の空腹と闘争心だけだ。
「す、すげぇぞ嬢ちゃん! ここに来てなんてスパートだ!」
「そうか、疲れた身体を回復させることで最初の力を取り戻したんだ!」
これまでの誰よりも早くらあぬんを削り取って行くヒヨコに、全員の注目が集まる。
もはや誰も、猪狩りの勝利には期待していなかった。
猪狩りに賭けた者ですら、心の中でヒヨコを応援してしまっている自分に気付いていた。
(馬鹿な……素人の小娘相手に、この俺が……っ!)
しかし猪狩りの麺は減って行かない。
焦りから乾く喉を潤そうと、徐々に水に手を伸ばす回数が増える。
しかし、水に手を伸ばす度にヒヨコとの差は開いて行く。
(負ける……俺が!?)
「ごちそうさまでした」
静かに箸を置くと、ヒヨコが大将に言う。
その満足気な顔を見ると、大将もニカッと笑って言った。
「勝者、ヒヨコ髪の嬢ちゃん!!」
うぉぉぉ! という歓声と共に、ヒヨコを祝福する拍手が生まれた。
立ち上がり、ヒヨコがゆっくりと店内を見渡すと、賭けに勝った者も負けた者も、ヒヨコへの称賛を惜しむこと無く満面の笑顔で拍手をしていた。
「私、勝ったんだ。 ミオ! 私、勝っちゃった!」
「あぁ、やったな。異世界での初勝利だ」
「私……お礼を言わなきゃ。私、諦めかけてたのに、お店の皆に凄く励まされた! だから、最期まで戦えた!」
いいぞー! と声が飛ぶ。
皆、ヒヨコの言葉を聞き漏らすまいと耳を傾けた。
「そして、諦めかけてた私と、そしてこのお店の皆に熱い気持ちを取り戻させてくれたのは……ミオ、あんたよ。ありがとう。この戦い……私達、二人の勝利ね!」
誰かがヒューと指笛を鳴らし、また大きな拍手が生まれた。
「そして猪狩りのあんたも。いい戦いだったわ。あんたが水に手を伸ばしていなかったら、あそこから巻き返しても、勝負は分からなかったもの」
「なに、慢心したことも含めて俺の負けさ……また、熱く戦おうぜ。もう小娘なんて呼びやしねぇよ。おい皆ぁ! この伝説の勝利を飾った勇敢なる戦士の名前を聞いてねぇぞぉ! 嬢ちゃん達、どうか名前を教えてくれ。俺らぁ、すっかり惚れちまったみたいだぜ」
ふふっ。と笑うと、ヒヨコはミオの手を掴み、二人の拳を天井に突き上げた。
「私はヒヨコ! そして相棒のミオよ! あんた達の脳味噌に、消えないように刻み込みなさいっ!」
ヒヨコー! ミオー! と歓声が上がり、すっかり店内はお祭り状態だった。
大将はそれを見ると見習い店員達にこっそり指示を出す。
すると、それぞれの席には酒が置かれ、今日は奢りです。と告げるのだった。
心得のある者達が楽器を弾き鳴らし、油の染みた天井には帽子が舞った。
冒険者達は歌を歌い、ヒヨコとミオも肩を組み、知らない歌を一緒になって歌うのだ。
「ねぇミオ、私達の異世界生活、思ったよりも順調なんじゃないの!?」
「あぁ、まだクエスト一個もやっていないけどな! だが……こういう夜も、悪くない!」
後から店に入った者達はその様子に驚いたが、赤ら顔の冒険者達から尾ひれのついた英雄譚を聞くと、彼らもまた一緒になって歌い騒ぐのだった。
そして冒険者達は、店が閉まるまでいつまでも歌い続けた。
こんにちは! お腹いっぱいブロガー女神、ヒヨコです!
異世界に来て初日からフードファイトなんて、そんな転生者今までいました!? いないですよね!?
でも、戸惑いましたけど最期まで諦めずに戦い抜いて本当に良かったです!
それになんだかさっきのミオさんは、乱暴ですけど少し格好良くて、転生前の人望もちょっとだけ分かった気がします!
ところで私、なんだか忘れていることがあるような気がするのですが……そもそも私ってこんなお洋服でしたっけ?
うーん、頭を使おうとすると頭が痛くなっちゃうので止めます!
お酒も入って良い気分なので、少しきつめなお洋服の件は後で考えましょう! うん、それが良い!
それでは皆さん、またお会いしましょう!
ブロガー女神、ヒヨコでした~。