魔弾砲手『ハチクマ』のリリィ 第1話
これは、ヒヨコ達がこの世界……ナナイロへ転生するよりも前のお話。
辺境の街、ミード。
山沿いにある小さな街だが、ここで造られる蜂蜜酒『蜜』は天の滴り、甘露の再現とまで呼ばれていた。
季節の変化までを含めた繊細な工程を必要とすることから年に一度しか出荷されず、値段は当然ながら希少性もまた非常に高いものとなっている。
世界中の愛好家達は毎年競って買い求め、それからの一年間、次の出荷を待ち望みながらちびちびと愉しむのだ。
そして出荷の頃。
ミードには、そんな蜜に惹かれた冒険者達が集っていた。
彼らは出荷を祝う祭を目的に……正確には、その祭の目玉を目的に来ている。
その年で最初の一滴を一番に味わう権利。
これは数百年の歴史の中でいつしか囁かれるようになった噂、伝承であるが、冒険者達がこの一滴に惹かれるには理由がある。
そう、この蜜の最初の一滴を口にした者には一年間の幸運が約束されるというものだ。
そしてこの権利を得る為の戦いは、毎年独特の伝統で決められている。
「よしっ! 今年こそは完璧さ。一年かけて書き上げたんだ、通い詰めて10年、今年こそは俺が権利を頂くぜ!」
「今年も張り切ってるねぇ。でもお前、文章はマシでも肝心の本番で毎年噛むじゃねーか」
「きっ緊張するんだよ!」
冒険者達が集っているのはミードの街で唯一の酒場だ。
田舎にしては立派な酒場であるが、これは酒に対する住民達の誇りの現れなのかもしれない。
冒険者達は各テーブルで、祭について語り合っていた。
「しっかし、上手くできた伝統だよなぁー」
「あぁ、製造者全員が審査員になって、最も心を打たれるスピーチをした者に権利を与えるなんて、よく考えたもんだぜ。権利争いで負けたとしても、そいつの蜜への愛がそれだけ深かったと思えば諦めもつく」
そう、最初の一滴を口にする権利を争うのはスピーチコンテストだ。
お題は毎年『蜜への愛』で固定されており、歴代優勝者のスピーチは何度読み返しても感動するものらしい。
敗者は勝者の熱意に脱帽し、製造者達はまた来年も素晴らしい酒を造ろうと決意を新たにするのだ。
「嬢ちゃんもコンテストに出るのかい?」
声をかけられたのは小柄な少女だった。
ナイフで切ったかのように雑に切られた前髪と、戦場の砂埃を思わせるくすんだ茶髪をしている。
後ろの壁に立てかけられた使い手の背程もある巨大な鉄の塊、魔弾砲からガンナーであると分かる。
「えぇ、もちろんであります。その為にここまで来たでありますからね」
少女の名はリリィ。
旅をしながら、様々なパーティの穴を補うフリーのガンナーをしている。
冒険者歴はまだ浅いが、実力は毎度フリーであることを惜しまれる程で、既に多くのパーティで活躍をしている。
旅の途中、立ち寄った街でたまたま口にした蜂蜜酒、それが蜜だった。
一口で虜となった彼女は、ミードを目指して旅を続けて来た。
道中で多くのクエストをこなしてきた彼女は、年上の冒険者達に囲まれている今も、礼儀正しいながらベテランの風格を漂わせていた。
「さて。せっかくですし、私は少しばかり街を見て回るでありますか」
テーブルに酒の代金を置くと、彼女は立ち上がった。
ガコッと重そうな音を立てて魔弾砲を背負うと、小柄な体格が余計に魔弾砲の存在感を強める。
八式量産型魔弾砲。通称、八式。
軍で正式採用されていた大口径の魔弾砲で、去年の新型導入により旧式となったものの、基本スペックでは決して劣らない。
むしろ長年の運用実績から高い信頼性と整備性を誇り、常に過酷な戦場に身を置いている冒険者達には丁度良い。
軍の払い下げジャケットにズボン、ブーツと揃えて身に纏っている彼女は軽々と八式を背負うと店を出る。
どこかの部隊で訓練経験があるのか、重い八式を背負っても彼女の姿勢は崩れなかった。
しばらく歩くと、綺麗な花畑があった。
蜂蜜用のものだろうか、綺麗に整えられた土地に花が咲き乱れている。
その中に、美しい女性が一人。
「あら、珍しい匂い。冒険者さんかしら?」
「あぁ、仕事の邪魔をしてしまったのなら申し訳無いのであります。花が……見事でしたので」
急に声をかけられ、リリィは慌てて答える。
女性は花の世話をしていたのだろうか、水をやる手を止めると、リリィに歩み寄った。
「いいえ、気にしないで。それよりも私、あなたとお話したいわ」
「おっお話でありますか!?」
「えぇ。私、この街から出た事が無いんですもの。一体、どんな冒険をなさって来たの?」
「私は駆け出しですので、大したことは……」
「あら、ベテランさんの匂いだと思ったけれど?」
「匂いで分かるのでありますか」
「えぇ、人より少しばかり匂いの世界に通じているの」
女性はハニヤという名前だった。
リリィよりも少し年上だったが、無邪気で好奇心に溢れ、子供っぽいところもある性格だ。
二人はすぐに打ち解け、お互いの話をした。
ハニヤは生まれた頃から目が見えないこと。
しかし非常に珍しい花の観察スキルを持って生まれ、花の世話に関しては街で一番だということ。
蜂蜜用の花の研究が認められ、今年の蜜にはハニヤの選んだ品種が初めて使われたということ。
蜜を楽しみにしてくれている人達に、認めて貰えるか不安なこと。
それでも、この辺境の街から世界中へ、新しく進化した蜜の味を届けたいということ。
二人は、日が暮れるまで語り合った。




