第8話 寝カフェに泊まります!
らあぬん屋での宴も終わり、一人、また一人と明日の仕事に備えて帰って行った。
先程まで店の軒先で酒を片手に歌い踊っていた冒険者達も、今はもうまばらである。
「楽しかったわねぇ~! ミオが賭けたお金も増えて戻って来たし、これでしばらく暮らせるんじゃないかしら?」
「今の所持金が6万モーノか。装備を整えたらすぐに消えそうだな」
「だったら、ちゃちゃっとクエストこなして、またらあぬん食べに来ましょうよ!」
お酒が入り、やや声が大きくなっているヒヨコは、まだ残って飲んでいた集団の中にリリィを見付けた。
「あっ、リリィちゃん! 服、忘れてたぁーっ!」
ヒヨコに気付くと、他の冒険者と談笑していたリリィが手を振る。
「ヒヨコ殿ー! 服のことは気にしないで良いでありますよ。それよりも全マシ超盛らん魔のロットバトル、勝利おめでとうございます! 完食ですら成し遂げた者は数える程しかいないのに、あの猪狩りに勝つなんて驚きなのであります!」
「服、本当にごめんねぇ! 負けてたんだけど、ミオのお陰で逆転できたの。あ、こっちがそのミオよ!」
ヒヨコに紹介されたミオは頭を下げる。
「ミオです。よろしくお願いします。ヒヨコがお世話になっておりながら、ご迷惑をおかけしてしまいすみません。今ヒヨコがお借りしている服は、後日洗濯してお返ししますので」
ミオは初対面の人には礼儀正しい。
そして、いつの間にかヒヨコの保護者のようになっている。
リリィであります! と手を差し出され、握手をする。
「二人共、もっとフランクに話して貰った方が嬉しいのでありますよ! あ、ミオ殿の演説も、人伝に7回程聞いたであります! もう、あまりの格好良さに痺れちゃったのでありますよ~」
リリィは顔を赤らめながら、くねくねと身体を揺らす。
「財布を盆に引っ繰り返し、中身の10万モーノを全てヒヨコ殿に賭けたんでありますよね!? これぞ冒険者なのであります!」
僅か数時間で凄まじい誇張されっぷりである。
ミオは財布の中に8000モーノ程残していたし、そもそも3万モーノしか持っていなかったのだが。
「あぁそうだ、服は気にしなくて良いのでありますよ。ささやかではありますが、私からの勝利祝いなのであります! (これでまた、ヒヨコ殿の匂いを思う存分嗅げるのでありますよ……!)」
「そう? 悪いわね! リリィ大好きー!」
「ありがとう、すまないな。今日はお言葉に甘えさせて貰うよ」
酔っ払っているヒヨコがリリィに抱き着く。
(おっふ……突然の呼び捨てと同時にハグ……これは、これは最高なのでありますよ! あぁできればミオ殿も私の胸に飛び込んできて……否、贅沢はいけません、とりあえずヒヨコ殿の匂いを堪能して……)
抱き着いてくるヒヨコを、くんくんとさりげなく嗅ぐ。
(おや? らあぬんの匂いは分かりますが、先程の雑草染みた匂いとはあまりにも違うような……いやしかし! らあぬんの濃厚な匂いに混じる、ヒヨコ殿の汗、小鳥のようなふわりとした匂い! あぁこれは一粒で二度美味しい! こういうのも良いのでありますよぉぉぉ! ヒヨコ殿の匂いをコンプリートして部屋に飾りたいのでありますぅぅ!)
前向き過ぎる変態である。
「そうだリリィ、私達は今晩の寝床をまだ確保できていないんだが、どこか良い宿屋はないだろうか? いずれ家を借りたいが、今はまだ手持ちが無くて」
ヒヨコはハッと我に返ると、普段の笑顔で答えた。
「それなら寝カフェがお勧めなのでありますよ! 冒険者ギルド直営の資料庫兼情報喫茶でして、簡易な仕切り板のみではありますが個室もありますから。冒険者は安く泊まれる上に少量なら荷物も預けられますし、利用している人は多いのであります。かく言う私も寝カフェにお世話になっているので、今から一緒に行くでありますか?」
「寝カフェ……私の故郷にも同じような店があったような……まぁいいや。リリィが勧めるなら、そうしようかな。案内を頼む。ほら、ヒヨコもしっかり自分で歩けよ」
「ひゃい~」
ふらふらと歩くヒヨコに二人で肩を貸しながらしばらく歩くと、寝カフェはあった。
「これが寝カフェか……。っていうかヒヨコおい、寝るな! まったく、状態異常耐性はどうしたんだ」
「お酒は~状態異常じゃないんれすぅ」
「使えねぇ……駄女神、寝カフェに着いたから、もう少し起きてろ!」
ヒヨコの頬を叩きながら中に入ると、そこは大きな図書館のようだった。
3階建ての建物を貫いた吹き抜けホールの天井は高く、壁は本棚で埋め尽くされている。
入場は自由なようで、入り口に職員は見当たらない。
「ヒヨコ殿~もう少しの辛抱でありますよ。このベンチで私がヒヨコ殿と待っていますから、ミオ殿は先に奥のカウンターで個室の受付をするであります! 一度、受付に慣れておくと良いのでありますよ」
広いホールにはそこら中にベンチやテーブルがあり、本を読んだり手紙を書いている冒険者達が目に付く。
しかし同じく冒険者が多く集うギルドのホールとは違い、寝カフェは静かで、ヒソヒソと会話をするパーティがいる程度だ。
奥には大きなカウンターがあり、数人の受付嬢が注文を受けている。
飲み物や軽食を買う者、本を借りる者、そしてミオ達と同じように個室を借りる者である。
「すみません、個室を借りたいのですが。女性三人です」
「分かりました。冒険者手帳をご提示ください」
ミオは三人分の冒険者手帳を差し出す。
受付嬢……名札からココアという名前のようだ。
彼女が簡単に顔と経歴をチェックすると、慣れているようですぐに返してくれた。
「ありがとうございます。ミオさん、ヒヨコさんは冒険者登録が今日のようですが、寝カフェのご利用は初めてですか?」
ミオが頷くと、ココアは料金表を渡して簡単な説明をしてくれた。
「通常は夜~朝のプランで1000モーノです。大浴場、朝食はそれぞれ500モーノでお付けできます」
ギルドの直営だからか、日本のネカフェよりも安いなぁ。とミオは感心する。
じゃあ大浴場、朝食付きで……と頼もうとするが、ココアに遮られる。
「なのですが、実はあと1部屋で満室でして……」
「な、なんだって……」
「ここだけの話、賭けに大負けして奥様に顔向けができない冒険者の殿方が、帰宅を避けて大勢来店されてまして……普段はこんなことは無くて、常にお部屋は余裕があるのですが」
ミオは、らあぬん屋での戦い啖呵を切って煽った結果、大勢の冒険者が賭け金を追加していたなぁ。と思い出す。
これがバタフライエフェクトか。と肩を落としていると、ココアが慰めた。
「すみません、お力になれず。あ、でもご案内できるお部屋もあるんです。カップルシートっていうプランなんですけどね」
「……かっぷるしいと……?」
ミオは嫌な予感がした。
「少しの広めのお部屋をお二人でご利用いただくプランなのですが、お部屋の料金は1500モーノと、少しお得なんです!」
ミオは絶望した。
しかし背に腹は代えられない。
「分かりました……私とヒヨコでカップル……シートで……リリィが個室でお願いします。あと、大浴場と朝食も……」
ココアは今日は災難でしたね。と言いながら、番号の彫られた木の札をくれた。
「茶色の札が個室、赤く塗られた札がカップルシートとなっております」
「……はい。ありがとうございました……」
ミオはがっくりと肩を落としながら二人のもとに戻った。
「戻ったぞ……」
「ヒヨコ殿の寝顔……これは忘れぬように、なんとしてもこの目に焼き付けねば……っそぉい! ミオ殿、お疲れ様であります!」
ヒヨコの顔を至近距離から覗き込んでいたリリィが、驚いて飛びのく。
札を見つめていたミオは特に気にせず、そのまま隣に座る。
「ほらリリィ、お前の個室の番号札。ヒヨコ、起きろ!」
「んん、にゃに……」
「ヒヨコ、よく聞け。今夜、私の安眠を妨害したら、殺す」
「きゅっ急に何よっ!?」
一瞬でヒヨコの酔いは醒めた。
ミオが事情を説明すると、ヒヨコとリリィは別々の理由で震えた。
(ヤバいわ……少しでも寝返りを打てば……殺される!)
(くっ……ミオ殿、いらぬ遠慮を! 私が個室なのは悔しいでありますが……しかしミオ殿とヒヨコ殿が一夜を共にすると言うのもそれはそれで……うっ、鼻血が!)
「まぁ、今晩だけらしいから。とりあえず、大浴場とやらに行くか」
震えながら、ヒヨコとリリィは頷いた。
こんにちは皆さん、ブロガー女神のヒヨコです!
ちょっと今晩は飲み過ぎたようでふらふらと気持ち良かったですが、ミオさんの一言で醒めました……。
あの人、冗談と本気の境目が分かり辛いんですよね……まぁ私、女神なので死にはしないんですけども……痛いのは嫌ですね。
これからお風呂に入って、ほっと一息たら、そろそろ真面目にクラスとか、装備の購入とか考えなきゃですね。
私、あれだけお金あったら毎日らあぬん食べれる! って思っていたんですけど、ミオさんに浅はかって怒られちゃいましたからね。
これ以上馬鹿だと勘違いされないように頑張らなきゃ!
以上、決して馬鹿ではないブロガー女神、ヒヨコでした!