冬季五輪はダメ姉を更にクズにする
冬になると姉はスケオタに変貌する。
冬季オリンピックが始まると更にパワーアップする。
前回までなんて、生中継で観たいからと夜中に目覚まし時計をセットして、リビングでブランケットをかぶりながら観戦していた。
だらだら生活至上主義の姉は、朝起きるにも目覚まし時計を使いたがらない。あいつに起こされると腹がたつらしい。
過去に何度もアラーム音が不愉快だからと苛立ち紛れに壁に投げ飛ばしていた。スマホでも同じことをやって、契約して数日のうちに破壊したこともあった。
そんな破壊魔が冬季オリンピックのときだけは、大嫌いなアラーム音にも我慢して素直に寝床からはいでてきたことに、四年に一度の執念とは凄まじいものだと感心していた。
今回の冬季オリンピックは、開催国との時差がほぼないおかげで夜中に目覚める必要はなくなったけれど、リアタイで観るのだとわざわざ休みをとってまでテレビにかじりついている。
近年稀に見る大雪で朝から休講になったぼくは、朝食を食べてから洗濯すらもせずパジャマ姿でだらしなくスケート観戦している姉に嫌気がさしていた。
「観るなとは言わないけど、少しだけ気配りできないかな」
「敬介、ゴメンね。お姉ちゃん、今ものすごく忙しいから話しかけないで」
忙しくはないだろう。ただ氷上で音楽に合わせて滑って跳んでいるのを観てるだけだろ。
フィギュアスケートに対して興味のないぼくには実際、姉がここまで執着する意味がわからない。
「日本人は後半からだから、最初から観る必要ないんじゃないの」
「はあ? 敬介くんは何を言ってるの?」
整氷時間だからと、用意した昼食を凄まじい勢いで食べ尽くした姉は不愉快そうにぼくをみた。
「だって、姉さんが一番好きな選手は日本人だろ。その人のときだけ観ればいいのに、朝から何もせずにテレビはりついて鬱陶しくてしかたないんだよ」
普段はある程度は家でのこともやるから、だらけ具合に多少は目をつぶるけど、今回の態度は酷すぎる。
家事をなにもしないばかりか、せっかく作った朝食も昼食も心ここにあらずで貪るように消費されれば、姉には甘いぼくですら怒りたくなる。
当の本人は、何故にそんなことをあんたに言われなきゃいけないの? と非常に不満そうな顔をしてるから本当にタチが悪い。
「敬介の言いたいことは、やっぱり理解できない。だって、四年に一度なんだよ。みんな最高のスケーターなんだよ。それを一部分だけ観て満足できると思う? 」
「好きなとこだけピックアップすればいいでしょ」
「それじゃ、愛がないよ。この日のために、自分の最大級の技術と表現力で世界中を魅せる演技をしている選手たちを一人として見逃すなんて、そんな罪深いきとはできない」
「それなら、録画してあとからゆっくり観たら」
「違うから! 敬介にはわからないと思うけど、ライブと録画は気持ちの昂りが全然違うの! 」
多分、一生わからない。
半泣きになりながら、試合前の練習風景に目が釘付けの奴の気持ちなんて、ぼくは理解できなくてもいい。
天気が良ければ、気分転換に外に行けるのに……窓からみえる景色はどうやっても気晴らしができるものではなかった。
この猛吹雪のなか、うちのアホ姉を放り捨ててやりたい。