子ども達の終末
軽い揺れを感じて目が覚める。
――地震……だろうか?
枕元の時計で、日付と時刻を確認する。起きるのにはまだ早いようだ。
再び眠りに就こうと試みるも、目覚めかけた体がそれを拒んでいる。もう眠れそうになかった。
――もう少しだけ寝ていたかった……な。
諦めて起き上がり、周囲を見回してみるが、特に異常は無いようだ。
PCで地震計を確認すると、小さな地震が記録されていた。
――やっぱり地震だったか。……一応外に出て様子を見てこようかな。
……ついでに、新着メッセージをチェックして、接続エラーに悲しむのもご愛嬌。
――まさか、ネットが使えない生活を送る日がくるとは、想像もしていなかった。
出かけようと思ったところで、腹が小さな音をたてていることに気が付いた。と同時に、強烈な空腹感に襲われる。
仕方がないので外出前に腹ごしらえをすることに決めた。
倉庫から食糧を取り出すときは、いつもため息がでる。中の食糧は減ることがあっても決して増えない。消費者が僕一人とはいえ、有限の食糧はいずれ尽きることだろう。
――そして、その食糧が尽きたその日が僕の命日となる。
在庫目録から食糧が無くなるまでの年数を計算しようとして……止めた。これも毎度繰り返されていることだ。
少しでも長く寝ていたかった。起きていれば空腹は避けられない。そしてそれが自分の寿命を削ることになるのだ。
とは言っても、寿命を引き延ばすことに意味があるかは甚だ疑問である……。
仲間たちがこの基地を飛び出してからもう数年は経っている。逃げ延びたのか死に絶えたのか。
いずれにしても、助けは未だ来ないし、今後来る見込みは限りなく零に近い。
この『惑星アルミナ』から自力で脱出できるような設備は基地には無いし、この惑星上に他の生存者がいるとも思えない。かと言って、星外に救難信号を出そうにも無線機はとうに壊れている。
終わりが見えているジリ貧の生活の中で、死神の足音を聞きながらも退廃的に生きているあたり、僕はわりと怠惰なのかもしれない。
***
独り寂しく朝食を摂ったら、外の様子を見にいく。人間が暮らすには少々厳しいこの星の環境ゆえ、基地は気密性のハッチで閉ざされている。
ハッチを開いて外に出ると、目の前に広がるは赤茶けた大地。まるで火星の地表……いや地球の風景に喩えるならやっぱりサハラ砂漠かな。
見上げた空は厚い雲におおわれて、相変わらずの灰色。地表に書いた刻んだ古典的なSOSも、この気候では役に立ちそうにない。
先程の地震の影響を確認するため、軽く周囲を散歩しておく。
いつもと代わり映えのない景色。荒涼とした大地。どうせ砂と瓦礫くらいしかない。震源も遠く、地割れや土砂崩れなども起こっていないようだった。
もちろん助けがくる気配はなく、生命の面影すらも感じられない……。
***
「おはようございます。兄さん」
拠点に戻ると忽然と妹が現れた。
妹と談笑しながら昼食を摂った。妹との会話はとても弾んだ。
会話の内容は、昔――まだこの星が平和だったころ――の話、最近プレイしたゲームの内容について、近況の報告、今日学校であったこと、などなど。
食事が終わったら、妹が虚空からとり出したリバーシをすることにした。二人でするゲームは大体パズルゲームになる。
他のゲームを試したこともあった。けど、ゲーム機もサイコロも何故か妹をすり抜けてしまう……。
僕と妹の間に血の繋がりはない。それでも、僕と妹は状況を共にする同士。確かに固い絆で結ばれている。
彼女の笑顔にはとても励まされてきた。彼女がいなければ、僕はとっくに孤独に溺れて気が狂っていたに違いない。と言っても、僕が正気であるという保証も無いのであった。
***
久々の日常を満喫した僕は、就寝前に、特製の睡眠薬を服用した。
来るべき最期から少しでも逃げるため、睡眠薬の効果で、長い眠りにつく。
――次に起きるのは何週間後だろう?今度は長く眠れるといいな。
「おやすみ。兄さん」
薄れゆく意識の中、視界に映る妹はノイズに包まれてかき消えた……。
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************
――独りぼっちに……なってしまった。
いつかこんな日が訪れることは、ずっと前からわかっていた。
――今日息絶えた最後の同胞を埋葬したら、各種設備の点検をしようかな。
拠点の装置たちは、私が生まれるずっと前から稼働して、小さなバイオスフィアを支え続けている。植物の光合成を利用して、私たちに食糧と新鮮な空気を恵んでくれているのだ。
この閉鎖された世界で、唯一の子どもだった私は、未来への希望として、大人たちに大切に育てられた。
故郷の土地を踏むことなく息絶える自分に代わって帰還を果たして欲しいと、何度も頼まれた。
そんな彼らの気持ちが理解できないのは、私の故郷がこの星だからだと思う。
***
一日の締めくくりに、設備の点検を兼ねた拠点の見回りをした。ほとんどの作業が自動化されてるけど、一人でこなすのはなかなか辛い。
見回り後から就寝までのひとときは、最も孤独を感じる時間だ。仲間が減るたび、寂しさは増していった。でも、私にはまだ兄さんがいる。
物心がついた頃には、兄さんがいた。歳が離れた仲間たちとは違っていて、兄さんと私は比較的歳が近く、まるで本物の兄妹のように思えた。
兄さんの存在は私にしか見えなくて、仲間からは実在を疑われていた。でも、兄さんは確かに存在する。
おそらく、兄さんはこの星のどこかに住んでいて、私との間にテレパシーのようなつながりがあるのだと思う。だから私以外の仲間には、見えなかった。
そして、兄さんはそう遠くない場所に住んでいる。私にはわかる……気がする。
今後の予定や身の振り方なんかを考えながら、私の意識は布団に沈んでいった。
***
目が覚めると、久々に兄さんの気配を感じた。実に17日と16時間ぶりの出来事だ。
兄さんとの会話を確立するのには、タイミングが重要だ。私は、拠点の中を歩きながら、確立の瞬間を待つことにした。人と話すのは本当に久しぶりだ。
兄さんとの会話は、いつも楽しい。
平和だったころの昔話。
――まだ私が生まれる前、この星が平和だったころの話は、外の世界を知らない私にとって、とても貴重だった……。
また、彼も他に故郷を持ったあちら側の人間で、たびたび故郷を偲んでいた。青くて美しい故郷……もうないけど。
近況の報告。最近読んだ物語のこと。
――お互いの無事を確かめ、励ましあった。
拠点を出ることのない私の近況が、図書館で読んだ物語になるのは仕方がない……。
手持ち無沙汰なので、リバーシをすることにした。もちろん相手は兄さんだ。
きっと傍からみると、私が一人でリバーシをしてるように見えるんだろう。結構シュールかも知れない。
***
翌朝、起きたときには既に兄さんの気配はなくなっていた。次に会えるのは何週間後だろう?
私は、もう使われてない車庫へと向かった。仲間が死に絶えて、拠点に留まる理由を失った私は、兄さんに会いに行こうと決めていた。
車庫に広げた地図には、○印と、そこに至るまでの赤い線が書きこんである。積み重なる年月で、兄さんの住居は既に特定されている。経路を考える時間もあった。
積み込む食糧の準備も、スクーターの整備も済ませて、準備は既に万全だ。
――長く厳しい旅になる。
「待ってて兄さん。」
今日は風も弱く、空は鮮やかな赤色。出発にはうってつけだ。
「今そっちに行く」
左手の力を緩めると、スクーターが滑るように走り出した……。
***
数時間後、私は拠点で一人、頭を抱えていた。
威勢よく飛び出したは良いものの、思った以上に旅路が険しく、非力なスクーターはあっさりと音を上げた。あと少しでも判断が遅れたら……。引き返すことすら叶わず、行き倒れていたかもしれないと思うとゾッとする。
――兄さんの所へたどり着くには、まだまだかかりそうだ。