斬撃
「ふざけやがって!」
マオが少女の顔面に石をぶつけた。
彼女は反射的に青く美しい瞳を閉じた。
偶然、俺の望む状況が作り出された。
《いまだ、目を閉じたまま前に走れ!》
《はい!》
少女は言われるがままにマオに向かって突進した。
パクの槍が斜め横から少女の足元を襲った。
しかし、少女の足の間に挟まった槍の穂先は、少女の突進を止めるどころか、粉々に砕けて周囲に破片をまき散らした。
「ちっ」
意外に鋭い少女の突撃に、マオは舌打ちした。
そして、バックステップして少女の剣先を横にかわした。
《停まれ!》
間合いが十分詰まった場所で俺は少女に停止を指示した。
彼女はよろけながらも素直に指示に従った。
驚いたことに、この状況でも少女は目をつぶったままだった。
《両手を振り回せ》
あまりの酷い剣さばきに油断していたマオは、安易に少女の腕をつかんで抑え込もうとした。
しかし、彼はもっと想像力を働かせるべきだった。
なぜ、さきほど自分の左の手のひらが裂けたのか……
なぜ、つい今しがたパクの振るう槍が粉々に砕けたのか……
「!!」
少女の腕をつかもうとしたマオの右の手のひらは、刀ではなく少女の腕に触れたことで、きれいに斬り飛ばされた。
少女の腕を包み込む『障壁』は肉眼では見えない鋭利な刃物と化していた。
そして、少女の腕がマオを横に薙ぐように振り回されると、マオの胴体は両断され、内臓をまき散らしながら赤い大地に転がった。
都合の良いことに断末魔は声にならなかった。
そして、この世に別れを告げる『思念波』も俺の『障壁』に邪魔されて、少女の心には届かなかった。
《まだ、目を開けるなよ》
《はい》
別に深い意味があったわけではない。
俺としては、この素直な少女にあまりショックを与えたくなかった。
取り乱して俺を放り出されたりしたらたまらないからだ。
《ゆっくりと右向け右だ》
「マオ兄貴!」
パクが、その小さな目を丸く見開いて体を震わせていた。
ただの棒切れと化した槍の柄を握りしめ、かつてマオだった肉片と美しい少女を交互に見た。
『障壁』で守られていた少女は返り血で汚れることもなかった。
目を閉じて平然と自分の方に向きを変えた少女に、パクは言い知れぬ恐怖を感じたらしい。
パクは、マオの死体に駆け寄ろうとしたが、結局あきらめ、じりじりと後ずさった。
《ゆっくりと目を開けろ》
《こわい……》
《大丈夫だ、心配ない》
少女は俺の言いつけ通りおずおずと目を開いた。
サファイアのような青い瞳が美しく冷たい光を放った。
パクには氷の刃のように見えたのだろう。
「ひっ!」
パクはみっともなく怯えの声を漏らすと、彼女に背を向けて走り出した。
《おい! 親の仇が逃げるぞ、追え!》
《えっ? でも……》
少女にとっては敵討ちよりも身の安全を確保できたことの方が重要だったらしい。
緊張がすっかり緩み、反応が鈍かった。