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復讐のインテリジェンスソード  作者: 川越トーマ
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エピローグ

 シモン・シラノ元執政官の濡れ衣は晴れた。

 彼は、元老院で活発に活動し、新しい執政官と新しい司法長官の選出に力を注いでいた。


 カレン・オハラ准尉に加担し、警備兵に危害を加えたレイジ・カトー中尉は謹慎処分と彼が傷つけた兵士たちに対する治療費と見舞金の支払いを命じられた。

 このまま警務小隊の仕事を続けていいものか悩んでおり、時折、友人のハリム・アブドラヒム中尉が面談のため、独身寮の彼の部屋を訪れていた。


 マーサ・メルゲン少尉はいまだにふさぎ込んでいた。

 中尉に昇進したポール・レオンが、彼女を元気づけようとがんばっており、時折だが、その試みは成功していた。


 ジョン・リード少佐は第七警務小隊の隊長という身分のまま、中佐に昇進した。


 また、セリーナ・スミス准尉は今回の事件とは全く関係なく年功で少尉に昇進した。しかし、無口なのは相変わらずだった。


 カレンもレイジ・カトー中尉と同様、謹慎処分と彼女が傷つけた兵士たちに対する治療費と見舞金の支払いを命じられた。

 彼女らしいと言えば、彼女らしいが、カレンは病院をめぐり、自分が傷つけた兵士たちやその家族に直接見舞金を渡し、ひたすら謝っていた。

 俺にはとてもマネできない。


 それは、ある病院を訪れた時のことだった。 

 骨折した兵士を見舞う旨の趣旨を告げると、病院の中庭に案内された。

 折れた骨をボルトで固定する手術も終わり、回復を図っているのだという。

 その日はよく晴れた穏やかな日だった。

 病院の中庭には多くの低木や草花が植えられ、遊歩道が設けられ、そこかしこにベンチが置かれていた。

 そのベンチの一つに、松葉杖を立てかけ、足にギブスをはめた大柄な男が座っていた。

 白髪交じりの紅茶色の髪の男で、パジャマ姿で無精ひげを生やしていた。

 カレンの接近に気がつくと厳しい視線を投げかけた。

 カレンは黙って頭を下げた。

 この男は最初にカレンが見舞ったときにベッドの上から陶器のマグカップを投げつけてきた。

「お加減はいかがですか?」

 カレンは男に近寄りながら、おずおずと声をかけた。

「ふん」

 男はそっぽをむいた。

「飯もまずいし、医者の野郎の態度も悪い、何様だ一体」

 男は虚空に向かって言葉を吐いていた。

「すみません」

 カレンは、もう一度頭を下げた。

「残念ながら術後の経過は良好だ。この病院には優秀な治癒能力者がいるからな。ちょっと、あれではあるが」

 男はカレンに視線を向けると、眼だけで笑った。

「本当にすみませんでした」

 カレンは安堵の息を吐きながら、もう一度頭を下げた。


 男に別れを告げ、中庭の遊歩道をゆっくりと歩いていると、白衣を着た白髪交じりの黒髪の女性が、腕にギブスをつけた若い男に右手をかざして何事かブツブツとつぶやいていた。

 男はベンチに腰掛け、女は跪いてベンチに身体を向けていた。

 女の足元には白い毛並みの猫がつき従っていた。

 耳を澄ますと彼女がつぶやいていた言葉が何となく聞こえてきた。

「いたいの、いたいの、とんでいけ」

《!》

 その声、科白は記憶にあった。

 俺は、その女性をもう一度見返して胸が締め付けられた。

 髪の長い、なで肩のほっそりした女性で、肌は極冠の雪のように白かった。

 黒目がちの大きな瞳で、若いころはきっと美しかったのだろう。

《かあさん……》

「おかしいな、なんであのおばさんを見ると涙があふれるんだろう」

 俺の心に共感しているのか、カレンは涙ぐんでいた。

 猫がこちらの方を振り返り「みゃあ」と一声鳴いた。

 目の周りに黒いハートの模様がついた白い猫に、俺は見覚えがあった。

《この猫、まだ生きてたんだ。名前は確か……》

「マリオ!」

 カレンが声をかけると、猫は嬉しそうにカレンの方に近寄ってきた。

 カレンはしゃがみこみ、猫の背中を愛おしそうに撫でた。

《なんで、カレンは猫の名前を知ってるんだ。以前、俺が教えたのか?》

 しかし、そんな覚えはなかった。

 猫の様子に気付いて、母親は立ち上がり、ゆっくりと振り返った。

「あら」

 涙ぐみながら猫を撫でるカレンに気付いて、母親は笑顔を曇らせた。

「レナちゃん、どうしたの? どこか痛いの?」

《母さん……》

 あの時、壊れてしまった母親は十六年たった今でも壊れたままらしい。

 カレンを死んだ娘の名前で呼んでいた。

「私は大丈夫です」

 カレンは顔を上げ立ち上がった。

「そお?」

 母親はゆっくりと近づいてきて、カレンの頬を撫でた。

「どこか具合が悪かったら、すぐにおかあさんに言うのよ」

「はい……」

 カレンの垂れ目がちの優しい目から涙がこぼれた。


「あ、あのすみません。大丈夫ですか?」

 若い女性の看護師が駆けてきてカレンに声をかけた。

「大丈夫です」

 俺の母親に手を振って別れを告げたカレンは、まだ涙を流し続けていた。

「先程の女性は、優秀な治癒能力者なんですが、以前、とても大きな不幸に見舞われまして、精神に異常をきたしてるんです。何か気に障ることを言ったかもしれませんが、気になさらないでください」

 カレンの涙は止まらなかった。看護師は困ったような表情を見せた。

「あの人は、昔、私のお母さんだった人です」

「えっ?」

《えっ?》

 俺と看護師は同じ反応をした。

「そんな気がするんです。また、来てもいいですか?」

「え、ええ、いいですけど」

 看護師は困惑した素振りを見せながら軽く頭を下げ、その場を後にした。

 緑あふれる中庭に、涙を流すカレンが一人残された。

《おい、カレン、本当か》

 俺は必死で動揺を鎮めながらカレンを問い質した。

 この国の人間は生まれ変わりを信じていた。

 しかし、俺は実際に前世の記憶を持った人間に出会ったことはないし、伝え聞いた話にも眉唾なものが多かった。

《わかりません》

 カレンが嘘を言っているとは思えなかった。

 カレンの年齢を考えると、俺の妹のレナの生まれ変わりであってもおかしくはなかった。

 俺は、ふとそれが真実であるか否かを疑うよりも、信じたほうが良いことに気付いた。

《じゃあ、お前のことを妹だと思っていいか?》

 俺は過ちで自分の妹を殺めてしまったが、贖罪の機会を与えられのだ。

《えっ?》

 カレンは涙をふきながら腰に下げた俺の方を見た。

 レナの生まれ変わりであるならば、当然、俺から見れば妹ということになるが、物言わぬ刀を『兄』と思うのは難しいだろう。

《お前さえ良ければ、死ぬまでお前を守ってやる》

 カレンは少し驚いていたような様子を見せていたが、やがて静かな笑みを浮かべた。

「よろしくね、にいに」

 俺は再び自分の存在意義を見出した。


最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。

これからも、もっと面白い作品を作っていきたいと思いますので、応援してくださるようお願いいたします。(川越トーマ)

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