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復讐のインテリジェンスソード  作者: 川越トーマ
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司法長官

 司法省の建物は、アレス共和国軍の本部建物のすぐ隣に立っていた。

 軍の建物に比べれば小さな白亜の建物で、壁には天秤を手にした正義の女神の巨大なレリーフが設置されていた。

 軍の警務部隊が犯罪者をとらえ司法省が裁判を行う、そういう分担であるため、司法省の建物の主な役割は裁判所だった。

「司法長官にお目通り願いたい」

 司法省の玄関ホールの中央には背の低いカウンターが設けられており、若い女性職員が受付業務を行っていた。

「事前の御連絡はいただいておりますでしょうか?」

 ダークグレイのぴったりとしたスーツを身に着けた女性職員が、立ち上がって眼鏡の奥から来訪者の様子を窺った。

「いや、予約はしていません」

 くすんだ色の金髪を短く刈り込んだ、いかにも軍人といった風情の長身の男が礼儀正しく質問に答えた。

「では、御用件をお願いできますでしょうか?」

「自分は、第七警務小隊の隊長を務めるジョン・リードです。執政官の死に関して重要な報告があってまいりました」

 ジョンはとても実直な雰囲気を漂わせていた。

「死? 亡くなったのですか? 執政官が」

 冷静さが売り物だと思われる女性職員は明らかに動揺した。

「そのとおりです」

 ジョンは重々しくうなづいた。

「わかりました。少々お待ちください……ところで、後ろの方々は? 警務部隊ではない方もいるようですが」

 受付の職員は、丸い眼鏡をかけた妙に体格のいい老人を指し示した。

「ああ、自分の部下と重要な証人です」

 ジョンの後ろには、俺を腰に下げたカレン・オハラ准尉、ポール・レオン少尉、ハリム・アブドラヒム中尉、そして微妙な変装をしたシモン・シラノ元執政官がいた。


「ヴォガード卿が亡くなったそうだが、一体どういうことだ」

 司法長官の執務室は、司法省の建物の最上階である三階にあった。

 大きな窓からは、アレス共和国軍の本部が眼下に見えた。

 さらにもう少し遠くに目をやると、執政官の官邸もかすかに望むことができた。

「第七警務小隊のジョン・リードです。ヴォガード卿は焼身自殺を遂げました」

 大きな木製の執務机をはさんで、ジョンと俺たちは司法長官のウィル・アンダーソンと対峙していた。

 大きな背もたれのついた立派な椅子に腰かけていたアンダーソン司法長官は、小柄で気難しそうな老人だった。

「自殺する動機がないだろう。能力者による暗殺ではないのか?」

 アンダーソン長官はジョンの報告を鼻で笑うような態度を見せた。

「いえ、動機はありました。かつて自分が行った犯罪行為を暴露されたのです。法廷で裁かれることを避けたかったのだと思います」

 俺は真面目なジョンが堂々と嘘をつく様子に感心していた。

「どんな犯罪行為だ」

 それは質問というよりも問い質すような雰囲気だった。

「かつての軍団長ジョージ・クラウチとその息子ケント・クラウチ、娘のレナ・クラウチの死に関連した犯罪行為です」

「十六年前の事件じゃないか、もう時効だろ?」

 アンダーソン司法長官は多少イライラした様子でジョンに詰問した。

「時効であるか否かではなく、自殺の原因と思しきものを説明したまでです。罪には問われなくても名誉は失われます」

 ジョンは、アンダーソン司法長官の目を見ずに虚空に視線を固定して敬礼した。

「わかった。元老院も大変だな。国民に説明しつつ、後任の執政官を選出しなければならん」

「そのとおりです。他にも仕事があって大変です」

 ジョンの奥歯にものが挟まったような物言いにアンダーソンはイライラを増幅させた。

「他に報告事項がないなら下がれ」

「いえ、ここからが本題です」

 ジョンは突然射るような視線を司法長官にぶつけた。

「なんだ!」

 司法長官はイライラを爆発させ、低い声で怒鳴った。

「ヴォガード卿は息を引き取る前に共犯者がいることを口にしました」

「どういうことだ」

「信じがたいことに共犯者は、司法長官、あなただというのです」

「馬鹿馬鹿しい」

 アンダーソン司法長官は立ち上がると、人差し指をジョンに突き付けた。

「それに、もし本当だとしても、すでに時効になった案件で逮捕や取調べはできんぞ」

「時効ならね」

 ジョンは、わざとらしくげんなりした表情をつくった。

「十六年前の事件で、おまけに直接手を下していないのだから、完全に時効だろ! 少しは法律を勉強しろ! この馬鹿者が!」

「司法長官、私は共犯者が直接手を下していないなんて、一言も言っていませんよ」

「あっ」

 アンダーソン司法長官は呆然とした表情を浮かべ、腰を下ろした。

「それにわしのことを陥れた罪は時効になっていないと思うがね」

 突然、兵士たちの背後から、恰幅のいい老人が進み出て力強い声を響かせた。

「……シラノ卿」

 アンダーソン司法長官は大きく目を見開いた。

 シルバーブロンズの端正な顔立ちの若い士官が静かに司法長官に近寄ると肩に手を置いた。

「じゃあ、心の中をのぞかせてもらいますね」

 ポールが触れていたのは、ほんの短い時間だった。

 そして、ポールは俺たちの方に向き直ると尋問の結果を短く報告した。

「クロですね。完全に」


《ダメですよ、殺そうと考えちゃ》

 黒い感情を湧き上がらせる俺をカレンはなだめた。

《なぜ、なぜ、ヴォガードなんかに加担したんだ、味方だと思ったのに》

 俺は父の葬儀で司法長官に相談したことを思い出していた。

 あの夜、待ち合わせに遅れたのは、すでにヴォガードと結託していたからなのか。

「どうして、ヴォガード卿に加担したんですか? 司法長官の座を保証したからですか?」

 口のきけない俺に代わってカレンが問い質してくれた。

 アンダーソン司法長官は濁った眼をカレンに向けた。

「ヴォガードの奴に味方したかったのではなく、クラウチの奴が嫌いだったのだ。クラウチの奴はテレパシストを毛嫌いしていた。奴が執政官になったらテレパシストはどんな迫害を受けたかわかったもんじゃない。それに比べてヴォガードはテレパシストを迫害しようとはしていなかった。心の中は真っ黒でテレパシストに覗かれたら困るくせにな」

 かつて生まれ故郷のマーズ連邦で、テレパシストだという理由だけで迫害されていたカレンは、口をつぐんだ。

 生前の父の言動を知っていた俺は、暗澹たる気分になった。

 アンダーソン司法長官を切り刻みたいとは思わなかった。

「いずれにしても法廷であなたの罪を明らかにします。元老院は新しい司法長官も決めなければならなくて大変ですね」

 ジョンはそう締めくくった。俺の心は全く晴れなかった。

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