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復讐のインテリジェンスソード  作者: 川越トーマ
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包囲


「ヴォガード卿!」

 背後から圧倒的な数の人間の気配がした。

 素早く視線を巡らせると、多くの兵士が入り口から入ってくるところだった。

 ヴォガードの表情に余裕が戻った。

「早く、このテロリストを始末しろ!」

 ヴォガードは大きく後退し、カレンとの距離を稼いだ。

《まずいな》

 ただでさえ消耗しているのに、新手の兵士の相手などとてもできない。

 それに兵士の中に例えばシラノ卿のようなタイプの能力者がいたら、俺とカレンは『障壁』ごと空中高く持ち上げられ、手も足も出なくなるだろう。

 兵士たちは官邸の玄関ホールの中になだれ込んできた。

 一〇人、二〇人と、壁に沿って移動し、俺たちを取り囲むように陣取っていく。

 恐らく『ジャミング』は行っているのだろうが、俺が『障壁』で守るカレンには効果はない。

「勝負あったな」

 圧倒的な数の兵士に取り囲まれたカレンを眺め、ヴォガードは嗜虐的な笑みを浮かべた。

《さすがに、この状況だと手加減はできないが、今なら包囲網を突破できるぞ》

《私は罪のない人を殺したくありません》

《そう言うと思った》

 最初出会ったときは、ただのか弱い少女だと思っていたが、すっかりたくましくなっていた。

《刃を向けるのはヴォガードだけです》

「動くな!」

 カレンが再度、ヴォガードに刀を向けようとした瞬間、鋭い声が玄関ホールに響いた。

 低い男の声だった。

 小さな金属製の大量の円盤が宙を舞い、俺とヴォガードの周囲を取り囲んだ。

《ジョン・リード……》

 その奇妙な武器のことを俺は覚えていた。

 周囲が鋭い刃になったドーナツ型の金属が高速で回転し、これ見よがしにカレンとヴォガードの周囲を飛び回った。

「なんのつもりだ」

 表情を消したヴォガードが穏やかな口調で兵士たちを見回した。

「ヴォガード卿、手荒なことはしたくありませんので抵抗は無用に願います。殺人未遂の現行犯で逮捕します」

 兵士たちの列の後ろから、ジョン・リード少佐が現れた。くすんだ色の金髪と意思の強そうな表情が印象的だった。

「ふざけるな! 私はこの女から自分の命を守ろうとしただけだ。まさか貴様ら事実無根のテレパシー映像を信じたわけではあるまいな! あんなものは捏造だ。空想の産物だ」

 ヴォガードは常にない鋭い目つきでジョンのことをにらんだ。

 しかし、彼はひるまなかった。

「いえ、容疑はポール・レオン少尉に対する殺人未遂ですよ。勘違いしないでください」

 予想外の指摘にヴォガードは一瞬視線を泳がせた。

 ポールは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、カレンにウィンクしていた。

「令状は? 逮捕状はどうした! 司法長官が出すはずがない!」

 温厚な仮面がはがれヴォガードは獣のように吠えた。

「現行犯ですよ。逮捕状なんか必要ないでしょう」

 ジョンの隣に現れたハリム・アブドラヒム中尉がすかさず口をはさんだ。

「往生際が悪い」

 ポニーテールの小柄なセリーナ・スミス准尉がハリムの横でヴォガードのことを上目遣いに睨んでいた。

「で、司法長官が逮捕状を出すはずがないという話をもう少し詳しく聞きたいものだ」

 レイジ・カトー中尉が切れ長の目に辛辣な光をたたえていた。

「こんなもので俺の動きを封じられると思っているのか」

 レイジの問いには答えず、ヴォガードは愛刀の柄を握りしめると何事かつぶやいた。

 金属製の円盤、古代の投擲武器チャクラムが次々に青い炎に包まれた。

「ふん」

 ヴォガードは周囲に射るような視線を送りながら出口に向かってゆっくりと歩き始めた。

 しかし、その歩みは3歩ほどで妨げられた。

 ヴォガードの足元にロープや鎖が絡みつき、行動の自由を奪った。

「くっ」

 ヴォガードは自分の刀を杖に辛うじて転倒を免れた。

《ジョンの仕業だな》

 チャクラムを囮に、ロープや鎖を目立たないように素早く地面を進ませ容疑者を捕縛する、ジョンが昔から得意としていた戦法だ。

 ロープや鎖はさらに数を増し、ヴォガードの上半身を覆いつくした。

「こんなものを焼き払うのは造作もないことだ」

《『障壁』の能力で断ち切るんじゃないの?》

 ヴォガードの言葉にカレンが反応した。

《『障壁』の能力者がだれでも『障壁』の表面を刃に変えることができるわけじゃない》

 ヴォガードは自分を『障壁』で守り、発火能力で戒めを焼き払うつもりなのだろう。

 予想通りヴォガードの身体が青い炎に包まれた。

 しかし、予想外の事態が起こった。

 耳を覆いたくなるようなヴォガードの絶叫が周囲に響き渡った。

《おい、どうなってる!》

 俺はうろたえた。

 高温の炎はロープや鎖だけでなく、ヴォガードの豪華な礼服も、指輪や腕輪といった金属製の装飾品も、肉も、そして骨も灰にした。

 あたり一面に肉の焦げる嫌なにおいが漂った。

 残ったのはヴォガードの愛刀だけだった。

「姉ちゃんの『思念波』が消えた……」

 ポールが真顔でつぶやいた。普段のふざけた様子は姿を消していた。

 兵士たちの間にざわめきが走った。

「そ、そんな!」

 マーサは身体から力を失い、膝をついた。

《なんだ、『障壁』の能力者が裏切ったのか!》

 他でもない俺自身も平常心を失った。俺の『障壁』の能力は解除された。

《ええ。ポールのお姉さんは、この世でヴォガードを救うことはあきらめたみたいです》

《畜生、なんだっていうんだ!》

 俺の願いはヴォガードの奴を切り刻むことだった。

 しかし、その願いは果たせず、奴は勝手に灰になってしまった。

《一緒に生まれ変わりたい、そんな気持ちだったんじゃないでしょうか》

 俺の気持ちにはあえて同調せずに、カレンはヴォガードの『障壁』のマジックアイテム。ポールの姉の心情を説明した。

《納得できねえ!》

 俺が叫んだ瞬間、ヴォガードの愛刀も白い炎に包まれた。

 熱気が押し寄せ、カレンも、他の兵士たちも、刀から遠ざかった。

 大理石張りの床の一部を高熱で蒸発させ、ヴォガードの愛刀も消滅した。

《ヴォガードがいた場所から、『思念波』がすべて消えたわ》

 それは、ヴォガードが生み出した俺以外のマジックアイテムが、すべて消滅したことを意味していた。

《これで終わりなのか! 十六年以上、ひたすら復讐だけを考えて過ごしてきたのに》

 ヴォガードが死んだことで満足すべきなのに、俺の心に満足感はなかった。

《終わりじゃないわ》

 カレンの心の中には寒々とした感情が渦巻いていた。

《え?》

《もう気がついているでしょ、罪を償うべき人間はもう一人いるわ》

 今までのカレンからは感じられなかった冷たい感情だった。

《それは……》

 逆に俺は冷静さを失っていた。

《司法長官よ》

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