救援
カレンは立ち止まると、胸を張り大きな声を周囲に響かせた。
《おいおい》
優しげで、控えめで、気弱な、普段のカレンとはまるで違う姿に、俺は驚いた。
「なにをほざく」
巨漢の中年士官が、棍棒を振りかぶったが、彼はそれを振りおろろすことはできなかった。
シラノ卿の能力で放り投げられたからだ。
「手荒なことをするんじゃない!」
シラノ卿は一〇メートルほど向こうに転がる巨漢の士官に怒鳴った。
「まさか」
「普通、生まれる前の記憶なんか残ってないだろ」
周囲の兵士たちは困惑していた。
カレンが周囲に送ったビジョンはそれほど生々しかった。
「カレン、俺とケントは知り合いだった。証明できるか、お前がケントの生まれ変わりだと」
ジョンがようやくカレンに追いつき、息を切らせながら詰問した。
「ジョン、昔のようにチャクラやロープで私を試してみるのか?」
カレンはもともとは優しい垂れ目がちの目を涼しげに細めて言い放った。
お互いの能力を試した夜のことは俺とジョンしか知らないことだった。
「本当にケントなのか……」
リードは膝をついた。彼も能力を競ったあの夜のことを覚えていた。
「もう一度言う。一つ、ヴォルフ・ヴォガードは下劣な殺人鬼だ。自分の野心のためなら何の罪もない小さな子供の命すら弄ぶ。二つ、ヴォガードを襲撃したのは私だ。シラノ卿は無関係だ」
カレンは、やはり心の素直なまっすぐな娘だった。真実で周囲の人間を動かせると信じていた。
「うそ! おじさまはそんな人じゃない! あなたは一体何の恨みがあってそんなひどいことを!」
マーサは瞬間移動し、突然カレンの正面に現れると思い切り頬を叩いた。
甲高い音が周囲に響いた。
俺はとっさのことに、カレンを『障壁』で守ることができなかった。
『障壁』でカレンを包み込むと、テレパシーを発信できなくなるという事情もあった。
男勝りのマーサの形相は怒りで歪み、猫のようなきつい目は涙に濡れていた。
マーサは真実を受け入れることができない人間だった。
いや、マーサにとっての真実は、ヴォガードが優しい親代わりであるということなのだろう。
「真実よ」
赤く頬を腫らしたカレンは悲しそうな眼でマーサを見返した。
「黙れ!」
さすがに二発目は『障壁』の能力で守った。
単に防ぐだけにした。『障壁』でマーサの手を切り刻むようなことはしなかった。
「痛っ」
「無駄よ」
「何だ、どういうことだ! カレンはテレパシストじゃなかったのか?」
カレンが『障壁』の能力を発動しているらしいことに気付いたハリム・アブドラヒム中尉が目を丸くした。
「やっぱりね」
ポールがしたり顔でつぶやいていた。
多分、彼の中ですべてのピースが組みあがったのだろう。
「うるさい!」
マーサは拳を固めてファイティングポーズをとるとカレンに想いきり殴りかかった。
カレンは自分の身を守るためではなく、マーサの拳を守るために軽快なステップでパンチをかわした。
マーサの姿が突然消え、横から顎を狙った右ストレートが来た。カレンはかわせなかったがダメージを負ったのはマーサの方だった。
「くそっ」
マーサは拳を痛め後退した。
マーサの整った顔は屈辱と苦痛に歪んでいた。
《マーサちゃん、ごめんなさい……》
カレンは頑なな表情のまま心の中で涙を流した。
「どうするんですか、隊長?」
ハリムの問いにジョン・リード少佐は口をつぐんだ。
代わりに先程、シラノ卿に投げ飛ばされた中年の巨漢が戻って来て答えた。
「シラノ卿の逮捕命令は生きている。シラノ卿の他に逮捕する人間が増えただけだ」
彼のセリフを聞いて、二十数名の兵士たちが改めてシラノ卿とカレンの周囲を取り囲んだ、
そして、包囲の輪を縮めた。
「そんな……」
周囲を説得し、仲間にできると信じていたカレンは力を落とした。
《カレンには悪いが、物事は思うようには進まないものだ》
俺の『障壁』の能力を全開にすれば、シラノ卿はともかくとして、カレンだけは逃がすことができるかもしれない。
ただ、その場合、兵士たちの多くが犠牲になる。
「私はカレンとは戦わない」
聞かれてもいないのに小柄なセリーナ・スミス准尉が感情に乏しい表情でポツリとこぼした。
とても寂しそうな声音だった。
「レイジ! やめろ! 何をする」
ハリムの慌てる声がした。
常日頃、容疑者を生かしておく必要はないと豪語しているレイジ・カトー中尉が、涼しげな表情でカレンにゆっくりと近づいてきた。
レイジのことを他の小隊の連中も知っているらしい、
息を飲むと彼から距離をとり道を開けた。
カレンからも緊張する様子が伝わってきた。
しかし、いかに剣の達人とはいえ、『障壁』の能力を駆使すれば負けるとは思えなかった。
「カレン、体の力を抜け」
レイジは意外な言葉を放った。なぜか温かみさえ感じられた。
俺は一瞬悩み、『障壁』の能力を解除した。
彼の切れ長の目から殺気を感じなかったからだ。
レイジは俺に邪魔されることなくカレンの腕をゆっくりと、しかし、力強くつかんだ。




