容疑者
「昨日は御苦労だった」
翌日、ジョン・リード少佐はみんなから少し遅れて詰め所に現れると、まずは、カレンとポールに声をかけた。
何を考えているのかわからないが、ポールは俺たちに対する疑惑について、宣言どおり沈黙を貫いたらしい。
「いえ」
心配事は多かったが、カレンは熟睡し、取り合えず体力は回復していた。
「実は昨晩、ヴォガード卿襲撃犯に関する有力情報が警務部隊本部に寄せられた」
《ポールの奴、裏切ったのか!》
俺は緊張し、『障壁』の能力を発動する心の準備をした。
《待って!》
はやる俺をカレンが慌てて制止した。
「テロ計画の黒幕が、元老院議員のシモン・シラノ元執政官だというのだ」
《はあ?》
彼は俺が人間だったころの執政官だ。
彼の指揮のもと、父や俺はマーズ連邦との戦争に参加した。
えらの張った意志の強そうな顔、広い肩幅、厚い胸板、太い腕。
あれから十六年が経過しているがどんな感じになっただろうか。
もう老人といってもいい年齢になっているはずだった。
「知っての通り、彼は強力なサイコキノだ。万全を期すため、警務小隊の第三から第七までが出動して捕縛する。抵抗した場合は殺しても構わないと司法長官から指示が出ている」
通常の五倍の動員だ。絶対に逃さないつもりらしい。
シラノ卿は、とにかく重いものを持ち上げるのが得意だった。
重さ数トンの野戦砲を数メートルの高さに持ち上げるほどの力があり、人間程度の重さであれば次々に空高く投げ飛ばすことができるだろう。俺も実際に戦場で、刺客のテレポーターをテントの外に放り投げるさまを見ていた。
しかし、いくら相手の能力が強力でも少し大げさなような気がした。
《私のせいだわ》
カレンは心の中で、接触している俺にだけ聞こえるようにつぶやいた。
自分がヴォガード暗殺に失敗したせいで、無関係な人間に迷惑をかけてしまった、そう考えているのだろう。
《妙な話だな》
しかし、俺はまるきり別のことを考えていた。
一昨日のヴォガード襲撃がシラノ卿の差し金などという偽情報を、一体だれが、何のために流したのか?
《?》
人の好いカレンからは思った通り『きょとん』とした反応が返ってきた。
《最初から決まってたんじゃないか?》
《何が?》
《最初の襲撃情報からしてでっち上げだったんじゃないのか? そして、襲撃事件があろうがなかろうが、シラノ卿が襲撃計画の主犯格になることが最初から決まっていたんじゃないのか?》
「そんな!」
カレンは思わず小さな声でつぶやいてしまった。
周囲の視線が集まる。
カレンは恥ずかしそうにうつむいて誤魔化した。
《えてしてそんなものだろう。俺たちが相手にしているのは、そういう人間だ》
《それが本当なら助けてあげなくちゃ!》
《正気か? それよりも容疑者を捕獲して、ヴォガードの信頼を勝ち取る材料にした方が得策だ。マーサの同僚なら、奴も気を許すだろう。暗殺のチャンスが訪れるかもしれない》
《そんなのいけないことだわ》
《残念だな、俺は復讐者であって、正義の味方じゃない》
シモン・シラノ元執政官のことは知っている。
そして、好きか嫌いかといえば、彼のことは好きだ。
無実の罪で捕まるのは心が痛む。
しかし、俺の目的を果たすために少しでも役に立つなら仕方がない犠牲だ。
「しかし、ウィル・アンダーソン司法長官も思い切ったことをするな。現役の元老院議員しかもシモン・シラノ元執政官といえば大物だ。ガセだったらどうするつもりだ」
「情報に信ぴょう性があるんだろ」
近くで交わされたハリム・アブドラヒム中尉とレイジ・カトー中尉の会話を、一瞬、聞き流しそうになったが、司法長官の名前が俺の心の中で引っかかった。
警務部隊に縁のある役職ではあるが、今まで誰が司法長官かなんて興味がなかった。
《司法長官も、あの男のままなのか!》
司法長官も十六年前のあの時と同じ人間だった。
俺の心の中に不快な塊が大きく育ち始めた。
《変なことなの?》
《三権の長の一人だぞ。権力の座は腐敗を生む、それが我が国のルールだったはずなのに》
そう言えば俺の父の死や、俺の死はどのように調べられたのだろうか?
結局、ヴォガードは容疑者としても参考人としても取調べを免れているはずだ。
そうでなければ接触テレパスに犯行を見破られているはずだ。
アンダーソン卿が今でも司法長官を務めていることと、何か関係があるのだろうか?
「それでは、各自装備を確認のうえ、直ちに出発。議事堂前で目標を確保する」