ポールの姉
俺は『障壁』の能力を使える魔法の刀だ。俺はヴォガードによってつくられた。
奴は他にも、『発火』を使えるアイテム、『強奪』を使えるアイテム、『障壁』を使えるアイテムを身に着けているのだ。いや、ひょっとすると他の能力も使えるのかもしれない。
死んだ人間と何らかの契約を交わし、死んだ後も忠誠と協力を得ているのだ。
少なくとも『強奪』のアイテムは、ジョニー・メルゲン少佐の魂が込められ、彼は娘を庇護してもらうという契約でヴォガードに協力しているに違いない。
そういうことであれば、ヴォガードは他にも違う種類の能力を行使できるのかもしれない。
そうなると奴を暗殺するのは不可能に近くなる。
攻略方法があるとしたらアイテムを所持していない状態、例えば入浴中に襲撃するくらいか。
その場合でも、指輪や腕輪やネックレスなどがアイテムで、それらを身に着けたまま入浴していたらお手上げだ。
「カレンちゃん、たまに『思念波』を発しなくなるよね」
「えっ?」
「ひょっとして、その刀、マジックアイテムなんじゃないかな? 『障壁』の能力を持った」
《殺すか?》
《だめ!》
「行ってる意味がよくわかりません」
「そうかい? 実は僕には姉がいてね。ヴォガード卿の護衛役を務めていたんだ」
また、話が変わった。しかし、ポールの話は脈絡がないように思えて別の話の前振りだったりする。俺は心を落ち着けた。
「……」
カレンも黙ってポールの話に耳を傾けていた。
「ヴォガード卿に想いを寄せてたんだけど、彼を守って戦場で命を落としたんだ」
「お気の毒ですね」
「いや、惚れた男に命を捧げたんだ。本望だったんじゃないのかな」
「……」
「でさ、姉の能力は『障壁』の能力だったんだ。それも少し変わっててね。自分の周りに『障壁』を張り巡らすんじゃなくて、誰かほかの人間を『障壁』で守るんだ。ヴォガード卿が暗殺者の魔の手から生き延びたと聞いて、姉が守ってるんじゃないかと思ったよ」
「マジックアイテムになってですか?」
「そお」
「ファンタジーですね」
「いや、ひどい話さ。死んでからもこき使われ、生まれ変わることもできないんだぜ」
カレンは、どんな表情をしていいものか困っていた。
俺もポールがこんな話をする真意を測りかねた。
ポールは、甘いマスクに少し寂しげな表情を浮かべていた。
「僕は相手に触らないと細かい心の動きはわからないけど。近くにいれば漏れ出てくる『思念波』を感じることはできる。それが誰の『思念波』なのかも」
《やはり、こいつは危険だ。俺のことに気付いている!》
《待って!》
「この間、ヴォガード卿の警備をしたよね。彼からは彼以外に三人の『思念波』を感じたんだ。その中には姉さんの『思念波』も混じっていた」
ポールは、珍しく真面目な顔になると、カレンの目をじっと見つめた。
「どうするの?」
カレンは、『何を』とは言わなかった。
恐らくポールは色々とわかっている。
俺には、ポールを殺すか、ポールから逃げるかの選択肢ぐらいしか思いつかない。
そして、カレンはポールのことを殺したりはできない。
「どうすれば姉さんが呪縛から解放されるのか、それが知りたい」
ポールの答えは俺の想像とは次元が違った。俺はそんなことを考えたことはなかった。
ただ、ヴォガードに復讐を果たすことしか考えたことがなかった。
ヴォガードが死ねば俺はこの状況から解放され、魂は新しい器を見つけて生まれ変わることができるのだろうか?
俺はそんなことに興味や望みを持っていなかった。
過ちとはいえ、愛する妹を手にかけたのは俺自身だ。
俺自身も、罰を受ける人間だと思っていた。
すでに『死』という罰を与えられた上は未来永劫の苦しみを甘んじて受けるべきだと漠然と思っていたのかもしれない。
しかし、ヴォガードに復讐するという目標を果たした後、俺の精神は正常に機能し続けるのだろうか?
「そんなこと、わからないわ」
まるで、俺の心の問いかけに答えるかのように、カレンはポールに答えていた。
「だろうね」
ポールは意味ありげな笑みを浮かべた。
「だから、いろいろ試してみないとね」
ポールはそれ以上俺たちを追求することなく席を立った。
「今日の仕事はこれでおしまい。隊長には僕の方から報告しておくよ……ああ、心配しないで君たちについて余計なことを言うつもりはないから」
ポールはカレンに背を向けると後ろを見ずに手を振った。