チャンス
カレンが詰め所に戻ると、俺の待ち望んでいた吉報が待っていた。
「ヴォガード卿が終身執政官を宣言したそうだ。」
詰め所に現れたジョン・リード少佐はそう口火を切った。
執政官の本来の任期は四年で、最高二期までとされていた。
その執政官の任期をヴォガードは四期務めようとしていた。
表向きは余人をもって代えがたいということになっていたが、何のことはない、アレス共和国の議会である元老院で多数派工作を行っていたのだ。
もっともヴォガードが支持を得る十分な理由もあった。
それは軍事的な成功だった。
この十六年間、マーズ連邦との戦いは無敗で、領土も拡大していた。
特に肥沃な穀倉地帯であるメリディアニ平原を手中に収め、国民の食糧事情が大幅に改善していたのは大きかった。
しかし、軍事的な成功を収めていると言っても、政権が長期にわたり、個人に権力が集中していく様を快く思わない勢力も存在した。
彼らは少数派ではあったが、今のアレス共和国が太古の昔、地球に存在した「ローマ」という国が共和制から帝政に移行していく様にそっくりだとして警鐘を鳴らしていた。
今回の『終身執政官』の宣言はそうした懸念を証明することに他ならなかった。
このまま何事もなく日々が過ぎていくとはとても思えなかった。
「ほう」
小柄だが肩幅の広いハリムが、マーサにちらりと視線を送ると、途中まで言いかけた言葉を飲み込んだ。
「へえ」
シルバーブロンズの優男のポールが揶揄するような様子を見せた。
権力に固執する人間を軽蔑しているのだろう。
ポールはそういう男だった。
「……」
長身のマーサは表情を硬くして、口元を引き締めた。
純粋にヴォガードの身を案じているように見えた。
「反体制派が騒がしくなりそうだな」
レイジが切れ長の目に鋭い光を走らせた。
仕事のことだけを考えているようだった。
「ああ、複数の集団が抗議集会とデモ行進を計画している。元執政官のシモン・シラノ卿をはじめ、元老院議員の一部も参加予定だ。おまけにヴォガード卿に対する襲撃情報も寄せられている。そういうわけで、うちの小隊にも動員がかかった」
レイジの発言にうなづきながら、リード少佐は隊員たちに言い聞かせるように口を開いた。
それにしても、シモン・シラノ卿とはずいぶん懐かしい名前を聞いた。
俺が人間だった頃の執政官だったシモン・シラノ卿は、ヴォガードのように執政官の地位に固執することなく後進に道を譲り、元老院議員になっているらしい。
《チャンス到来だな》
思えば、カレンを警務部隊に入隊させたのは、いずれ、ヴォガードの身辺警護の仕事が回ってくることもあるのではないかと考えてのことだった。
半年待ったがようやくそのチャンスが巡ってきた。
俺は自分の計画が動き始めたことを天に感謝した。




