復讐の次
「身体が痛い、眠い」
《はいはい、お疲れさま》
アレス共和国軍の女子用の独身寮は、とても狭いながらも一人部屋だった。
一応女子寮だが軍の施設なので、内装が女の子っぽいなんてこともなく白を基調にした質素な部屋だった。
「ケントは筋肉痛にはならないし、おなかも減らないんでしょう」
白いシーツのシングルベッドの上で、カレンは横になって体を丸めていた。
赤茶色の皮鎧を脱ぎ捨て、水色の下着姿だった。
黒い鞘の長刀である俺のことを両手で握り抱えていた。
白い肌のスリムな肢体はとても魅力的だったが刀にすぎない俺としてはどうすることもできなかった。
《まあな。感じるのは精神的な疲労と眠気だけだ。しかし、うまい食事を楽しむことも、愛しい相手を抱きしめることもできないのは、決して幸せとは言えないと思うが》
「ごめんなさい」
カレンは小さいがはっきりした声で答えた。素直な娘だ。
《こちらこそ悪かったな。お前の性格なら軍の警務部隊なんか向いていないのに》
「ううん、いい仕事だと思うよ、私みたいな子を増やさないために必要な仕事だし、マーサやポールやセリーナと一緒にいると楽しいし」
カレンは微かに微笑んだ。
《俺は本当はお前のことなんか、ちっとも考えていないんだ。復讐のために有利だと思ったから、この仕事を勧めただけだ》
どうせ隠しても心の中はすぐにわかってしまう。
「知ってるよ。あなたの望みが叶うといいね」
《わかってるのか、そのとき、お前は犯罪者として追われる身になるんだぞ》
必要のない台詞だった。しかし、俺ははっきりさせずにはいられなかった。
「だって、命の恩人との約束だもの、でも、わたしも死にたくないからあんまり無茶なことはさせないでね」
《努力しよう》
やはり、だめだ。例え頼りなくても、パートナーを変更することなんてできない。
恐らく、この娘以外、俺の無理な願いを聞き入れてくれる人間なんていないだろう。
時間がかかっても、この娘とともに歩むしかないと俺は改めて覚悟を決めた。
「ひとつ、聞いてもいい?」
カレンの垂れ目がちの大きな瞳は愁いを帯びていた。
《何だ?》
「復讐を遂げたら、あなたは幸せになれるの?」
批判しているわけではなさそうだった。
《俺が正気を保っていられるのは、復讐という目的があるからだ》
「うん、だから、その目的がなくなったあとは?」
《ともかく、復讐を遂げないことには次のことは考えられない。今、その議論をしても仕方がないだろ》
「うん、そうだね。ごめんなさい」
カレンは、掛け布団を引き寄せると、部屋の照明を消した。
「じゃあね、おやすみ」
そんなことは考えたこともなかった。俺は闇の中でもやもやとした不安を感じていた。
 




