真相
夜八時になろうとする頃、俺は父の屋敷の門の前で司法長官が現れるのを待っていた。
父の屋敷は商業地から離れた閑静な住宅街の中にあり、人通りは、ほとんどなかった。
おまけに、火星の夜は暗く、機械文明全盛期に存在した『街灯』というものもない。
門のところで篝火を焚き、周囲を照らしているにすぎなかった。
「ねえ、にいに。なにしてるの?」
妹のレナが現れた。
少し垂れ目気味の優しい顔が篝火に照らされて赤く染まっていた。
サファイヤのような青い瞳の中で炎が踊っていた。
葬儀の時に着用した白い襟付きの黒いワンピース姿で、俺の近くに駆け寄ってきた。
「人を待ってるんだ。ちょっと、お話したいことがあってね」
「ふうん……レナもおはなしする」
俺がウィル・アンダーソン司法長官と話すことは幼い妹に聞かせるような内容ではなかった。
「レナは、ママといっしょにいてあげなよ」
「ママはね、つかれちゃったんだって」
母は葬儀が終わると倒れるように自室にこもり、夕食もろくに取らなかった。
「じゃあ、マリオのお世話は?」
俺は、妹に左目に黒いハートマークをつけた白い仔猫のことを思い出させた。
「御飯、あげてないんじゃないかな。ママは」
「そうだね。じゃあね。にいに」
レナは納得したように背中を見せた。
視線を通りに戻すと、人通りのない道を長身の黒い影が近づいてきた。
小柄なアンダーソン司法長官ではなかった。
悪寒が背中を走り、俺は能力を全開にした。
俺の『障壁』の能力に何かの能力が干渉しているのを感じた。
次の瞬間、『障壁』の表面が青白い炎に包まれた。
「にいに!」
レナの悲鳴が聞こえた。
屋敷の玄関に入ろうとしていた妹のレナが炎に包まれた俺に気付いて固まっていた。
「隠れてろ! レナ!」
俺が大きな声を上げるとレナは玄関の車寄せの柱の陰に身を隠した。
妹の動きを確認すると、俺は通りに視線を戻した。
「ヴォガード卿……」
近づいてくる長身の男の正体に気づき、俺は思わず腰の刀を確認した。
短く刈りそろえられたウェーブのかかった黒い髪、切れ長の目、均整の取れた若々しい体型。
軍服ではなく、これといった特徴のない黒いコートに身を包んでいたが、紛れもなく我がアレス共和国軍の軍団長だった。
腰には柄も鞘も赤い両手持ちの長刀を下げていた。
「ごきげんよう、ケントくん」
その声掛けに俺のはらわたは煮えくり返った。
紳士的な態度が逆に腹立たしい。
『障壁』の能力で防いだからよかったものの、こいつは、たった今、発火能力で俺のことを焼き殺そうとしたのだ。
もはやアンダーソン司法長官を待つまでもなかった。




