葬儀
「にいに、おかえり!」
大理石張りの豪華な玄関ホールで、ちっちゃな妹が駆けてきて俺に飛びついた。
ひらひらしたピンク色のワンピースの裾が風をはらんでふわりと広がった。
俺は腰を下ろして妹のレナをやさしく抱きとめると、父がしてあげるように抱っこしたままゆっくりと立ち上がった。
それまで我慢していたものが目からあふれてきて、俺は震える声で妹に謝った。
「ごめんね」
「どうしたの? にいに? どこかいたいの?」
レナは愛らしい顔に困惑の表情を浮かべた。
「おかえりなさい。無事で何よりでしたね」
母親が優しい笑顔で俺に近づいてきたが、俺の涙を見てみるみる表情が曇りだした。
「あのひとは?」
「申し訳ありません。護衛の役目を全うすることができませんでした……」
「うそでしょ」
「……」
「ねえ、嘘だと言って!」
母は恐ろしい目をしていた。
俺は十六年生きてきて、こんなにヒステリックになった母の姿を見たことはなかった。
「申し訳ありません……」
母は絶叫した。
レナは恐怖で震え上がり俺にきつくしがみついた。
「どうしたの、ママ! ねえ、にいに、パパはどこにいるの?」
俺はレナを抱きしめると、ただ涙を流していた。
葬儀は国を挙げての盛大なものだった。
数千人が入ることができる巨大なホールを会場に、執政官や元老院議長、司法長官など、行政、立法、司法のトップが出席していた。そして、ヴォガード卿も。
「パパ、かっこいいね」
父の巨大な遺影を見た妹は誇らしげだった。まだ、葬式の意味がよく理解できていないようだった。
偉い人がいっぱい来て自分のパパを褒めてくれている。そんな風に感じていたのかもしれなかった。
「ねえ、ママ。げんきだして。わたしがママのちかくにいてあげるからだいじょうぶだよ」
レナはすっかり力を落としてぐったりしている母親を一生懸命励ましていた。
ひょっとしたら、全てわかったうえで、めそめそしている俺や母親を元気づけようと必死になっていたのかもしれなかった。
「丁寧な御弔問ありがとうございます」
式典が終わり、母親と俺は声をかけてくれるアレス共和国軍の重鎮たちに挨拶をしていた。
重鎮たちは皆、軍服か黒い礼服姿だった。
「気を落とすなよ」
黒い礼服に身を包んだシモン・シラノ執政官は、大きな掌で俺の肩をたたき、元気づけてくれた。
まるで親族に向けるような温かい表情だった。
「ありがとうございます」
俺が深々と頭を下げると、大きくうなづいて俺たちの前から離れていった。
「心よりお悔やみを申し上げます」
絹のようにつややかな黒髪の母親の前に、理知的なたたずまいのヴォガード卿が進み出て非の打ち所がないお悔やみの挨拶を述べていた。
煌びやかな金モールをつけた軍服姿だった。
「ありがとうございました」
丁寧にお辞儀をする母親の横で、俺の心の中は黒い疑惑が渦を巻き、ヴォガード卿につかみかかりたい衝動に駆られていた。
戦場でヴォガード卿が振るっていた刀は確かに父の刀だった。
そのころ、父の刀は父の手から忽然と消えていた。
すでに亡くなった人間だがメルゲン少佐のような能力であれば説明がつく。
しかし、あの時すでにメルゲン少佐は亡くなっていた。
ヴォガード卿の周囲に相手の持ち物を奪う能力者が他にいたのではないかと俺は疑っていた。
「軍団長は戦場では二刀流で戦われるのですか?」
俺は衝動を必死で抑え込み、低く抑えた声でヴォガード卿に尋ねた。
「なぜ、そのような?」
「見たのです。二刀を扱う姿を」
「乱戦では銃も能力も使えないのでな」
俺の隣で母親が落ちつかないそぶりを見せ始めた。
「刀は敵から奪ったのですか?」
「よく覚えていないな」
俺の射すくめるような視線をヴォガード卿は冷淡に返した。
「なぜ、このような席でそんなことを。いい加減にしなさい」
母親が低い声で俺を叱責した。
ヴォガード卿は俺の母親に深々と頭を下げると踵を返した。
何人かの弔問客の後で、もう一人、俺の話したい人物が目の前にやってきた。
司法長官のウィル・アンダーソンだった。小柄で気難しそうな雰囲気の初老の男だ。
黒い礼服姿だった。
「司法長官、父の死に疑わしい点があり、御相談したいのですが」
アンダーソン司法長官は強力な接触テレパスだった。
相手の手を触れて尋問すれば、どんな嘘も見抜くことができた。
「時間と場所を改めるのがスジだと思うが」
アンダーソン司法長官は少しイラついた雰囲気を漂わせた。
「わかりました。御都合は?」
「今夜はどうだ?」
「大丈夫です」
心配したにもかかわらず、相談には乗ってくれそうだった。
おまけに部下ではなく本人が対応してくれるようだ。
「では夜八時に、クラウチ邸の門の前では?」
「わかりました。お待ちしています」
俺が頭を下げると、司法長官は表情を変えることなく去っていった。
俺の体を触ったりはしていなかったが、俺の考えはいくらかは読めたのだろうか。
父はテレパシストのことを毛嫌いしていたが、やはり犯罪捜査には欠かせない能力だ。
司法長官がヴォガード卿の身体を触れて尋問してくれれば、俺のモヤモヤした思いは解消されるに違いなかった。