乱戦
右側で凄まじい爆発音が立て続けに響き、何かの破片が俺の身体を叩いた。
俺は、すでに『障壁』の能力を展開していたため、傷を負うことはなかったが、俺の右側の兵士たちが何人か崩れ落ちた。手足を失っている兵もいた。
「父上!」
俺は慌てて後ろを振り返った。
「この程度でうろたえるな!」
父は胸を張り腹の底に響くような声で怒鳴った。サファイアのような青い瞳には力強い光が宿っていた。
父は無傷だった。俺は胸をなでおろした。
そうしている間にも『障壁』の能力で防御力を強化した大盾に、銃弾や小石の着弾による衝撃が伝わってきた。
相手も能力を駆使しているのだ。
しかし、我が軍と違い、強力な能力者は少ないように思えた。
敵歩兵部隊の先頭集団と我が軍の距離が詰まった。
双方、ここぞとばかりにマスケット銃を乱射した。
戦場は黒色火薬による煙に包まれ、急速に視界が悪化した。
野戦砲の砲声が止んだ。
近距離戦闘に移行すると、同士討ちを招くため、野戦砲は使えなくなった。
「槍兵、前へ!」
父の号令とともに、長槍を抱えた兵士が槍衾を形成して前進した。
「おぉ!」
雄たけびをあげながら、周囲の兵士が整然と前進するのに合わせ、俺も前に進んでいた。
「そろそろ俺の出番だな」
近くでジョン・リード少尉の声が聞こえたような気がした。
乱戦になると、俺の父のような能力は使いづらい。
両軍の先頭は槍と刀の間合いになった。
円盤型の刃物が敵陣の中で乱舞し、血煙が上がった。
ジョンが能力を発揮しているらしい。
「うおおお!」
敵の最前列の兵士の顔が見えた。
獣じみた目つきで口から泡を飛ばしながら突進してきた。
両手で槍を握りしめていた。
「総員突撃!」
背後から父の鋭い声が聞こえた。
チラリと視線を父に送ると『お前もいけ!』と目が命じていた。
青い柄の刀を振り上げ、敵軍に向けていた。
俺は大盾を手放し、抜刀した。
そして、『障壁』の表面を鋭い刃に変化させ、敵に向かって突進した。
相手の槍を砕き、密集している敵兵を鎧ごと切り払った。
「なんだ!」
敵兵の悲鳴に似た叫びが聞こえた。
俺は危険な獣と化していた。
恐怖と狂気にかられた俺は敵陣深く突入していった。
俺を阻止しようとした敵兵たちは、槍を、剣を、腕を失った。
最初は俺を阻止するために兵力が集まってきたが、屍の山が築かれる惨状を目の当たりにすると、後退する兵が出始めた。
「化け物だ!」
恐怖は感染し、人の壁に穴が開いた。
俺の周囲から敵兵は遠ざかっていった。
少し離れたところに、やはり敵が崩れている箇所があった。
敵が崩れている中心で、ヴォガード卿が馬上で二本の刀を振るっていた。
時折、近くの敵兵が紅蓮の炎に包まれ、皮鎧に装着された銀色の金属プレートや銀色の兜が赤い光を反射して神々しく煌めいた。
「なんだ……」
手綱から手を離し、両手で刀を振るうその姿は、戦場の英雄を描いた絵画のようだった。
しかし、華麗なヴォガード卿の姿に、俺はなぜか違和感を感じていた。
右手に握っていたのは赤い柄の両手持ちの長刀、そして、左手に握っていたのは、ナックルガードがついた俺と同じデザインの刀だった。おまけに柄に巻きつけてある組紐は青かった。
そう、その刀は父の刀そっくりだった。
「クラウチ卿!」
遥か後方で味方の兵の叫び声が聞こえた。
剣戟の音や敵味方の兵士の咆哮に紛れていたが、確かに聞こえた。
《父上!》
突撃命令が下されたものの、俺は父の護衛としての役割を全うしなければならなかったのではという悔悟の念に苛まれた。
しかし、歩兵部隊の先頭に立って突撃している俺が急に引き返せば、部隊内の混乱を招く。
俺は迷いを抱えたまま前進を続けた。
そうせざるを得なかった。
丁度、その時、マスケット銃による黒色火薬の煙が晴れ、遠くまで見通せるようになった。
ひと目で敵の司令部とわかる巨大な軍旗をはためかせた騎乗の集団が数十メートル先にいる様子が目に入った。
《あそこを潰せば戦は終わる……》
部隊移動によって敵の陣形を崩し、その隙をついて数に勝る敵歩兵部隊を撤退に追い込むのが父の考えた作戦案の要諦だった。
父の作戦を無駄にすることはできない。
「敵の頭を潰す! 続け!」
俺は柄にもなく雄たけびを上げた。
その声は戦場に響き渡った。
「おぅ!」
周囲から、どよめくような咆哮が返ってきた。
そのタイミングで敵司令部周辺の敵兵たちが次々に炎に包まれた。
ヴォガード卿の発火能力だった。
右翼から合流した騎兵部隊が、敵歩兵部隊を蹴散らして敵司令部に迫っていた。
「撤退!」
敵陣から悲鳴のような声が上がり、撤退命令が敵陣内でこだました。
騎乗した敵司令部は真っ先に逃走を開始し、残された兵たちもバラバラとそれに従った。




