襲撃
大型テントに突如、抜き身の剣を持った見知らぬ兵士が現れた。
執政官とヴォガード卿の間の空間だった。
執政官のテントの中に直接テレポートしてくるような礼儀知らずは我が軍にはいない。
身に着けているものも、我が軍の赤茶色の皮鎧ではなく、黒い皮鎧だった。
「敵襲!」
執政官の護衛であるコワルスキー大尉が叫んだ。
侵入者は瞬時に周囲を見回すと執政官に諸刃の剣を突き立てようとした。
「!」
しかし、侵入者の手から剣が消えた。
その剣はヴォガード卿の横にいたメルゲン少佐の手の中にあった。
そして、メルゲン少佐は、長い腕を電光のようにきらめかせ、丸腰になった侵入者の首筋に素早く敵から奪い取った剣を突き立てた。
「残念だったな」
不敵に笑うメルゲン少佐の脇腹に別の剣が突き刺さった。
メルゲン少佐の表情が固まり、自分の脇腹から生えている諸刃の剣を呆然と見つめた。
皮鎧の隙間を狙った一撃だった。
「ジョニー!」
ヴォガード卿が悲痛な叫び声をあげた。
メルゲン少佐の脇腹から大量の血があふれだした。
メルゲン少佐はがっくりと膝を折り、地面に倒れた。
侵入者は一人ではなかった。
剣を持ったテレポーターが次々に現れ、俺たちに襲い掛かった。
最初の男も入れて全部で四人。
ヴォガード卿の憎悪の視線が向けられると、メルゲン少佐の鎧の隙間に剣を突き立てた男は青白い炎に包まれた。
テントの中に断末魔の絶叫と頭髪や肉の焦げる嫌なにおいが充満した。
コワルスキー大尉は瞬間移動で執政官に突進した男の前に移動し、自らを盾にした。
しかし、執政官の鋭い視線が送られると、襲撃者は大尉を傷つけることなく、テントの天井を突き破って外に放り出された。
最後の男は、コワルスキー大尉の反対側から執政官を襲おうとして俺に行く手を阻まれた。
「邪魔だ!」
襲撃者は血走った視線を俺にたたきつけた。
俺は慌てて刀を抜き襲撃者に斬りつけたが空を切った。瞬間移動だ。
襲撃者は俺の右側の死角に瞬間移動し、俺の首筋に剣を突き立てた。
「!」
しかし、『障壁』の能力により、敵の剣は粉々に砕かれた。
そして、その剣の破片は地面に落ちずに、超高速の弾丸となって襲撃者の鎧を貫通した。
「かは!」
父の能力だ。
父のサイコキネシスの能力は、複数の比較的軽い物体を超高速で動かすことだった。
自分の剣の破片で胸を撃ち抜かれた襲撃者は、鮮血をまき散らしながらあおむけに倒れ、激しく痙攣した。
こうして襲撃者たちは撃退された。
「ジョニー!」
ヴォガード卿はジョニー・メルゲン少佐に駆け寄った。
「ヴォガード卿……」
メルゲン少佐の脇腹から流れた血は、地面の上で血だまりを作っていた。
「どうしました!」
先程発したコワルスキー大尉の大声で、兵たちがテントの中に集まってきた。
その中にはジョン・リード少尉の姿もあった。
「衛生兵を呼べ!」
血だまりの中で倒れるメルゲン少佐を見て、兵の一人が叫び声をあげた。
「ジョニー、気をしっかり持て!」
穏やかで知的なヴォガード卿が珍しく取り乱していた。
「ヴォガード卿、私はもうダメです」
メルゲン少佐は、長い腕をヴォガード卿に向けて力なく伸ばした。
武骨なメルゲン少佐の顔から精気が失せていた。
「馬鹿なことを言うな!」
ヴォガード卿はメルゲン少佐の手を握りしめて声を震わせた。
「娘のことを頼みます……」
俺は目の前で人が死ぬのを見たことがなかった。
いざ目の当たりにすると今一つ現実感がなかった。
「わかった。娘さんのことは心配するな……永遠の忠誠を」
俺はヴォガード卿の発言に妙な違和感を感じた。
「忠誠を誓います……」
その一言を最後にメルゲン少佐は動かなくなった。
ヴォガード卿は目をつむり自分の左腕に着けた金色の腕輪に触れながら何事かブツブツとつぶやいていた。
その様子になぜか俺は寒気を感じた。