アレス共和国軍本部
アレス共和国軍の本部は赤いレンガ造りの建物で、地上二階建て、上から見ると一辺が百メートルほどの正方形で中庭があった。
建物内部は、漆喰の白い壁と板張りの黒い床で、赤と黒の軍服を着た兵士や赤茶色の皮鎧を着た兵士でごった返していた。
兵士たちは父の姿を見ると、みな立ち止まり素早く敬礼した。
俺は誇らしさとともに居心地の悪さを感じながら、父の後ろにつき従うように二階の南側中央の部屋へと入っていった。
濃い色合いの木製の部屋の扉は、分厚く重々しい造りだった。
部屋の中には二名の先客がいて、八人ほどが座れる会議机の一角を陣取っていた。
父に気づくと二人は腰を上げ、しっかりとした動作で敬礼した。
一人は父と同じ派手な金モールのついた軍服を着た理知的な黒髪の男だった。
腰には柄の長い両手持ちの刀を下げていた。
俺の父の持つ刀よりもさらに長かった。
鞘も柄も赤く、柄頭や鞘の先端は細かい模様の入った銀色の金属で補強されていた。
もう一人の男は、俺と同じように地味な制服に身を包み、長身で手足が長く赤毛だった。
俺と同じような黒い拵えの細身の長刀を腰に差していた。
父は素早く敬礼を返し、俺は少し慌てながら敬礼を返した。
「ヴォガード卿、息子のケントだ。今回、俺の護衛を務める」
父は敬礼を済ませると理知的な黒髪の男に俺のことを紹介してくれた。
父と同じくアレス共和国軍で軍団長を務めるヴォルフ・ヴォガード卿だった。
「ケント・クラウチです。よろしくお願いします」
俺は改めて敬礼した。
「父上から、お噂はかねがね承っていますよ。たいした能力者だとか……立派な息子さんがいて、うらやましい」
ヴォガード卿は穏やかで物腰が柔らかかった。
切れ長の目は黒い瞳に思慮深そうな光をたたえていた。
ウェーブのかかった黒い髪は短く刈りそろえられ、ひげもきれいに剃ってあった。
均整の取れた体型で若々しく、二〇代後半くらいにしか見えなかった。
「いや、ただの未熟者だ」
褒められて気持ちの緩んだ俺とは対照的に、父は少し不快そうな表情を浮かべた。
「御謙遜を、ただの未熟者が初陣で軍団長の護衛を務めたりはしないでしょう」
アレス共和国軍の最高司令官は執政官だった。
執政官はその名のとおり行政のトップも兼ねる最高権力者だった。
それにもかかわらず、執政官は戦地に赴くものとされていた。
人の上に立つものは、先頭に立って戦わなければならない、アレス共和国にはそんな不文律があった。
その執政官を軍事面で補佐するのが軍団長であり、アレス共和国軍の序列第二位だった。
この時期、軍団長は二名おり、一人がヴォルフ・ヴォガード卿、そして、もう一人が俺の父、ジョージ・クラウチだった。
「『障壁』の能力者だとか。まさしく護衛向きの能力だ」
ヴォガード卿の発言を受けて、ヴォガード卿の横にいた長身の男が口を開いた。
物腰の柔らかなヴォガード卿とは異なり、武骨な感じの男だった。
年齢はヴォガード卿に近そうだった。
「お褒めに預かり光栄です」
父の手前、調子に乗るわけにもいかず、さりとて黙っているのも変なので俺は硬い表情で言葉を返した。
「息子の能力はメルゲン少佐には遠く及ばない。勘違いすると困るので、そのくらいにしておいてくれ」
父はヴォガード卿に対するよりは多少柔らかい視線を長身のメルゲン少佐に送っていた。
俺は少し落ち着かない気分だった。
周りの人間は俺のことを能力も含めて知っているようだが、俺の方はよくわからなかった。
ヴォガード卿の能力が発火能力なのは有名だったが、ヴォガード卿の横に控えるメルゲン少佐の能力は全く知らなかった。
「差し支えなければお教えください。少佐はどんな能力なのですか?」
「俺の能力か……」
「ジョニー、無茶はするなよ」
ヴォガード卿は薄ら笑いを浮かべてジョニー・メルゲン少佐に声をかけた。
メルゲン少佐は軽く思案すると、右掌を俺に向けてかざした。
次の瞬間、メルゲン少佐の右手には見覚えのある黒い刀が握られていた。
「こんな感じだ」
メルゲン少佐は長い腕を伸ばして黒い刀を俺に返した。
それは俺の腰に下げていた俺の刀だった。
「サイコキネシスですか?」
刀を受け取りながらそう口走ったものの、移動の仕方が何か不自然だった。
そもそも刀は金具で固定されていたはずだ。
「いやテレポートの一種だ。力づくで奪い取ったのではなく、俺の手の中に瞬間移動させた」
「少佐の瞬間移動能力は、自分が移動するのではないのですか?」
「ああ、珍しいだろ」
メルゲン少佐はニコリともしなかった。表情からは心の中はうかがえなかった。
「揃っているな」
俺とメルゲン少佐の能力をめぐるやり取りが一段落した頃合いで、圧倒的な存在感を放ちながら執政官が入ってきた。父やヴォガード卿よりも、さらに煌びやかな軍服姿だった。
年齢は父よりも一回りくらい上に見えた。
金色に装飾された長刀を腰に下げていた。
執政官の後ろには、先程伝令にやってきた灰色の髪のいかつい軍人がいた。
銃剣のついたマスケット銃を肩に担いでいた。
俺たち四人は弾かれたように直立し、タイミングを合わせたかのように見事な敬礼を施した。
「うむ」
執政官も立ち止まり重々しく敬礼を返した。
えらの張った意志の強そうな顔で、肩幅が広く胸板も厚く、毛深い太い腕が印象的だった。
「では、軍議を始めよう」
執政官シモン・シラノは、俺たち四人を会議机に座らせた。