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復讐のインテリジェンスソード  作者: 川越トーマ
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俺が人間だった頃

 俺は刀を見つめていた。

 片刃、細身、肉厚、反りがあり、刃渡りは八〇センチくらいだった。

 刀身は鏡のように磨き上げられ美しかった。

 拵えは質素で、華美な装飾は一切施されていなかった。

 鞘は黒く、薄い金属で覆われており、鞘の先端は少し厚めの銀色の金属板で補強されていた。

 柄には滑り止めのために黒い組紐が丁寧に巻き付けてあった。

 大きめの鍔は、相手の刀から持ち主の拳を守るためのナックルガードと一体になっていた。

「どうだ、ケント、気に入ったか? 俺からのささやかな任官祝いだ」

 獅子のような圧倒的な存在感を放つ壮年の男性が、サファイヤのように深く青い瞳に優しい光を宿して俺を見下ろしていた。

 大柄で筋肉質のたくましい肩に黄金のような豊かな髪がかかっていた。

 髭はきれいに剃り、清潔感にあふれ、若々しかった。

 金モールの飾りのついた赤い上着に黒いズボンというアレス共和国軍の将官クラスの軍服に身を包み、腰には俺の物よりも一回り大きな、同じデザインの刀を下げていた。

 ただし、柄に巻きつけてある組紐は父の瞳と同じ深い青だった。

「はい、父上」

 俺の母親譲りの黒い瞳は、このとき喜びの光にあふれていたと思う。

 火星では貴重な大理石張りの広い玄関ホールには、俺と父親、それに母と妹がいた。

 訓練課程を終えた俺がアレス共和国軍に正式配属される日の朝の出来事だった。

「にいに、かっこいい!」

 俺の腰くらいの身長しかない幼い妹がぴょんぴょんと俺の周りで跳びはねた。

 ひらひらとした薄いピンク色のワンピースの裾が風をはらんで膨らんだ。

 妹は父と同じ色あいの金髪を肩のあたりできれいに切りそろえていた。

 髪は内側に軽くカールし、妹の卵型の輪郭をやさしく包んでいた。 

 ミルクのような温かみを感じさせる白い肌はとても柔らかそうで、サファイヤのような深い碧の瞳は生き生きした光を放っていた。

「レナ、刃物の近くで跳びはねると危ないよ」

 俺は妹に注意しながら刀を慎重に鞘に納めた。そして、ベルトの金具に吊り下げた。

 俺も赤と黒の軍服を身に着けていたが、父に比べれば大分地味なデザインだった。

 アレス共和国軍の将官である父と士官になりたての俺とでは違いがあって当たり前だ。

 妹のレナは跳びはねるのを止め、にっこりと笑って俺を見上げた。

 少し垂れ目気味の優しい顔立ちで、思わず抱きしめたくなるくらい愛らしかった。

 その妹の足元に白い仔猫がゆっくりと擦り寄った。

 左目の周りに黒い部分があり、それがハートのような模様を形作っていた。

「どうしたの? マリオ、おなかすいたの?」

 自分の足に身体を擦りつける仔猫の真っ白い背中を撫でながら、レナは優しく話しかけた。

 左目に黒いハートの模様をつけた白い仔猫は甘えたように一声鳴いた。

「ずいぶん、あまえんぼの猫だな」

 俺はレナの向かい側にしゃがみ込むと、マリオの頭を撫でようと手を伸ばした。

 レナに背中を撫でられ気持ちよさそうに眼を細めていた仔猫は、急に険しい表情を浮かべ、邪魔者を追い払うように俺の右手をひっかいた。

「痛てっ」

 不覚をとった俺は慌てて右手を引っ込めた。

「ダメだよ、にいにをいじめちゃ」

 レナは仔猫の背中を撫でるのを止めると、母親が小さな子供を叱るように言い聞かせた。

「ケント、傷口を見せてごらんなさい」

 グレイの質素なワンピースに身を包んだ俺の母親が、歩み寄ってきた。

 年齢の割には若く見える、なで肩のほっそりした女性で、肌は極冠の雪のように白く、夜の闇のような黒い髪は絹のような光沢を放っていた。

 黒目がちの大きな瞳は優しく俺のことを見つめていた。

「平気です」

「化膿したら大変よ」

 母は少し強引に俺の右腕をつかむと、白い仔猫に引っかかれたところを確認した。

 皮膚が削られ、うっすらと血がにじんでいた。深い傷ではなかったがひりひりと痛んだ。

「痛いの、痛いの、とんでいけ」

 子供だましの呪文であったが、痛みが消えた。

 そして、何事もなかったかのように傷が消滅した。

 母の能力は、細胞の活性化による『治癒』だった。

 詳しいことはよくわからないがサイコキネシスに分類される力らしい。

「ありがとうございます」

 子供のように扱われ、俺は少し嫌だったが、取り敢えず素直に礼を言った。

「銃弾をはじき返し、槍も刀も通じない男が仔猫に傷を負わされるとはな」

 父はからかうように俺に言った。

 俺の『障壁』の能力は認めてくれているらしい。そこは嬉しかった。

「すこし油断しただけです」

「まあ、家の中ではせいぜい油断しておけ、戦場では一瞬の油断が命取りになる」

 父の表情から笑顔が消え、後半は真顔になった。

「わかってます」

 俺も表情を引き締めた。

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