刺突
長身の女性は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに苦悶の表情に変わった。
頭を押さえ、必死で何かと戦っていた。
長身の女性は、よろよろと少女と、そして、パクから遠ざかるように移動した。
そうすることで、少しでも苦痛から逃れたい、そんな動きだった。
「ふざけやがって、切り刻んでやる」
殴られてボロボロになったパクの右手には短剣が握られていた。
テレポーター相手に逃げるという選択肢はない。
足が速い遅いに関係なく簡単に先回りされてしまうからだ。
パクは『思念波』で長身の女性の能力を封じ、刃物で決着をつけることを選んだようだ。
《あの女を助けろ!》
少女は逡巡することなく弾かれたように突進した。
意外だった。
性格的に戦闘に不向きだと思っていたが、他人のためなら勇気を奮い起こすことができるらしい。
しかし、間に合わない。
「だめ!」
少女は叫び声をあげた。
少女が距離を詰める前に、パクは長身の女性の背中に短剣を振り下ろした。
《!》
鮮血が飛び散った。
パクは表情を凍り付かせていた。
パクの右腕は肘から先がなくなっていた。
短剣をつかんだ右手が赤い大地に転がっていた。
「あ……」
呆けたような表情を浮かべているパクの喉元に、突然現れた男が長刀の切っ先を突き立てた。
パクの首の後ろから長刀が突き出した。
男は、胸部を赤い金属プレートで保護した皮鎧を身に着けていた。
この男も兜は被っておらず、長い黒髪を頭の後ろで一つに結んでいた。
長身で引き締まった体型だった。
「地獄で悔いろ」
男が低くかすれた声で長刀を引き抜くと、パクの喉元から噴水のように鮮血が噴き出した。
パクは呆けたような表情のまま、ゆっくりと仰向けに倒れた。
《この男もテレポーター……》
黒髪の男は返り血が自分の皮鎧にかかるのを気にする風でもなく、よどみない動作で長刀を自分の鞘に納めた。
「カトー中尉! なんてことを」
思念波による攻撃から解放された長身の女性は惨劇に気づいて怒りの声を上げ、彼ににじり寄った。
「うかつだな、マーサ・メルゲン少尉。敵に後ろを見せるとは」
しかし、カトー(黒髪の男)は、マーサ(長身の女性)の怒りをなんとも思っていないようだった。
涼しい視線をマーサに返した。
「なにも殺すことは!」
マーサは、カトーが犯罪者を捕えようとせずに切り捨てたことを問題にしていた。
「俺が殺したのはパク・スーギル。そこで死体になっているマオ・レイと組んで殺人、強盗、強姦など、わかっているだけで二〇件以上の罪を犯している。刑務所に送るなど税金の無駄遣いだ」
カトーは細い切れ長の目に冷たい光を宿しながら、血気盛んなマーサの目を見返していた。
「だからと言って…」
「それよりもだ、メルゲン少尉」
ネコのような多少きつめのマーサの目を見据え、カトーは強引に彼女の言葉を遮った。
カトーは大声を出したわけではなく、どちらかといえば物静かといってもよい声だったが、有無を言わさぬ力があった。
「なんですか?」
マーサは、美しい少年のような整った顔に不満の表情を浮かべた。
「礼を言ってもらっていない」
「なっ」
予想とはあまりにかけ離れた発言にマーサは絶句した。
「命を助けた礼がまだだと言っている」
カトーは本気のようだった。
マーサはしばらく心の中で抗うようなそぶりを見せていたが、やがてあきらめた。
「……あざす」
「どこの言葉だ……私に文句を言う暇があったら、そこの女性の心のケアでもしたらどうだ」
カトーは、そう言いながら少女の横を飄然と通り過ぎた。