第三話 ドイツの平和の伝道師
「しかし、フリップス提督、繰り返しになりますが、ソードフィッシュは日本海軍機とくらべて明らかに旧式化しておりますが?」
「もちろん、それは分かっている。ソードフィッシュは今後、攻撃機としては使用しない。対潜哨戒機や連絡機として使うことにする」
リーチ艦長は少し驚いた。
「『プリンス・オブ・ウェールズ』に攻撃機を搭載するのは諦めるのですか?」
「そうだ。もともと『プリンス・ウェールズ・ウェールズ』に載せることができる機体の数は空母にくらべれば少ない。機種をゼロ・ファイターだけに絞って、防空に専念することにしよう。ソードフィッシュは対潜哨戒機兼連絡機として少数だけ載せよう」
「なるほど、その方が合理的ですな」
「それと『プリンス・オブ・ウェールズ』は、そろそろドッグに入りさせて、本格的な整備が必要だが、日本側との調整はどうなっている?」
「はい、やはり日本海軍艦艇の方の整備が優先されるので、こちらの方は後回しにされています」
「やれやれ、やはりそうか。カナダかオーストラリアで整備が可能ならば、そちらに行くのだがな」
「シンガポールはまだ我々の管轄下にありますが?」
「リーチ艦長、分かっていて言っているだろう?シンガポールのドッグは南方に展開している日本海軍艦艇の整備を優先するように、日本側と協定を結んでいる。我々が自由に使えん」
「英本土を脱出したのは仕方がなかったとしても、英連邦構成国であるカナダでもオーストラリアでもなく、日本に来ることになったのは、あのドイツ人のお陰ですね?」
「ああ、あの元ドイツ陸軍伍長、元弱小政党党首、そして喜劇役者であり、『平和の伝道師』アドルフ・ヒトラーのお陰だ」
フリップス提督は、映画を見る人ならば世界中に知られた男の名前を吐き捨てるように言った。
アドルフ・ヒトラーは第一次世界大戦終戦時にはドイツ陸軍伍長で、戦後には政界入りした。
彼が党首を勤めたドイツ労働者党は、ドイツ議会で最大五議席しか獲得できなかった弱小政党であった。
政治家としての自分に限界を感じたヒトラーは、政界を引退すると、党の宣伝部長だったゲッベルスと映画制作会社を設立し、自分が主役の映画を撮影し売り込むことにしたのである。
当初、誰もが素人の映画などビジネスにならないと思われたが、映画は世界中で大ヒットした。
映画プロデューサーとなったゲッベルスは、ヒトラーを「喜劇役者」として売り出すことにしたのであった。
有名な喜劇役者であるチャップリンとそっくりなちょび髭を生やしているため、ヒトラーは「チャップリンのモノマネ芸人」などと馬鹿にされたが、ゲッベルスは逆にそれを宣伝に利用した。
ちょうど、映画がサイレント映画からトーキー映画に変わる頃で、サイレント映画にこだわりがあったチャップリンは引退を表明していた。
それと入れ替わるようにヒトラーが映画業界に参入したのであった。
政治家としての演説のうまさには定評のあったヒトラーは、トーキー映画の利点をフルに使ったのであった。
イギリスやアメリカに輸出した映画では、ドイツなまりの英語を話し、それが笑いを誘った。
「フリップス提督、ヒトラー主演の喜劇映画は私も何本か見ました。確かに笑えて面白かったのですが……」
「ああ、リーチ艦長、ヒトラーが『喜劇役者』でいてくれたら良かったのだが、『平和の伝道師』なんかになるから我々が苦労するはめになった」
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