最終話 航空戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」
二隻の海賊潜水艦は海面上に浮上して停船していた。
潜水艦の乗組員は全員拘束され、「プリンス・オブ・ウェールズ」の艦内に移送されていた。
「リーチ艦長。二隻とも意外に、あっさりと降伏したな海賊潜水艦は」
「フィリップス提督。二隻の艦長への尋問を担当しています士官からの報告によりますと、自分たちの魚雷が不発だったので、これ以上の戦闘が馬鹿らしくなったそうです」
「我々はアメリカ海軍の欠陥魚雷に助けられたわけだ。それで、リーチ艦長。艦長室で私と二人だけで内密に話したいこととは何だね?」
リーチ艦長は周囲を用心深く見回すと、フィリップス提督に近づいて小声で言った。
「海賊潜水艦の艦長の一人が取引を求めています」
「取引?彼らは戦時捕虜ではない。犯罪容疑者として拘束しているんだ。我々は彼らに対する裁判権などない。アメリカの司法当局に引き渡すだけだ。司法取引ならアメリカの司法当局としてくれと伝えろ」
「いえ、彼は自分の持っている情報と引き換えに自身の無罪放免・日本への亡命・金銭的報酬を求めています」
「情報にそれだけの高値をつけるとは、その男はどんな情報を持っていると言うのかね?」
「これです」
リーチ艦長は懐から一枚の書類を出した。
書類を受け取ったフィリップス提督は読み進めるうちに驚愕した顔になった。
「これが本当だとしたら、それだけの高値をつけるだけのことはある。国が買えるだけの値段だ」
「潜水艦の中には他にも証拠となる書類が一杯だそうです」
「書類の回収を急がせろ」
「この男については、どうします?」
「身の安全は保障すると伝えろ。それと、この男を日本にいるチャーチル首相になるべく早く会わせたい。しかも、外部には知られないようにだ。さて、どうすれば……」
「こういうのは、どうでしょう?日本海軍がパナマから日本本土までの連絡用の飛行艇による定期便を開設したそうです。我々イギリス海軍用の席も確保してあります。この男を表向きは我が海軍の士官ということにして乗せます。もちろん、同乗者として我が海軍から監視の人間も同行させます」
「よし、それでいこう」
数年後、航空戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」の艦橋。
「フィリップス提督。お久し振りです」
「リーチ艦長。いや、今は君も同じ提督だったな。ここでは昔の習慣で、つい艦長と呼んでしまう」
「私は今は少将、フィリップス提督は元帥ですからね。懐かしいですから、ここでは艦長と呼んでください」
「では、お言葉に甘えるとしよう。リーチ艦長ようやく、この『プリンス・オブ・ウェールズ』がイギリス本土に戻ってこれたな」
「はい、歴史の転換点と言えるのが、あの潜水艦から機密文書を手に入れたことですね」
「ああ、あれがアメリカと欧州の秘密連絡に使われている潜水艦だったとはな。海賊潜水艦は副業だったとそうだな」
「機密文書から知りましたが、映画俳優のヒトラーがアメリカの混乱に乗じて、アメリカ大統領になろうとしているとは思いもしませんでした」
「馬鹿げた話のようだが一歩間違えれば成功していた」
ヒトラーの計画は、こうだった。
ソ連は、マッカーサー大統領が意識不明で表舞台に出ているのが影武者であることを極秘につかんでいた。
それを知ったヒトラーは、ソ連に自分をアメリカ大統領にする陰謀に協力するように要請したのだ。
まず、ヒトラーがアメリカに移民し政治活動をする。
アメリカ国内では混乱の中、ソ連の影響力が強い団体が増えているため、その団体にヒトラーを支持させる。
ヒトラーへの支持率が最高潮になったところで、意識不明のマッカーサー大統領の側近たちと取引をして副大統領になる。
側近たちは、アメリカの憲法では「出生によるアメリカ人」でなければ大統領になれないので、むしろ、ヒトラーに「枷」を嵌められたと受け入れる可能性が高かった。
しかし、副大統領になったヒトラーは憲法の「出生によるアメリカ人」条項を削除して、マッカーサー大統領が意識不明であることを明らかにして、大統領に昇格する予定だった。
「フィリップス提督。この情報を知った時は、チャーチル首相はどうするのかと思いましたよ」
「まったくだ。下手なあつかいをすれば『偽情報』とされて、かえって、ヒトラーを有利にしてしまう可能性もあった」
「やはり、チャーリー・チャップリンに映画俳優に復帰してもらえたのが大きかったですね」
チャップリンはアメリカ国内の混乱を避けて日本に住んでいたチャップリンに映画俳優への復帰を要請した。
最初は固辞していたチャップリンだったが、チャーチルに「ヒトラーという扇動者に世界を掻き回されたままにするのか?」と説得されて引き受けた。
チャップリンの映画俳優復帰第一作のタイトルは「扇動者」だった。
タイトルの通り、扇動者としてのヒトラーを風刺し批判する映画だった。
まずは、日本とアメリカで公開され大ヒットした。
余談ではあるが、チャーチルも映画にワンシーンだけだが出演しており、チャップリンと天婦羅を食べるシーンがある。
ヒトラーの影響力が強い欧州とソ連では上映禁止になったが、イギリス情報部がひそかにフィルムを持ち込み、地下で上映された。
ヒトラーの欧州・ソ連での影響力は激減した。
ソ連ではスターリンとトロツキーの対立が再燃し、内戦状態となった。
いったんソ連圏になっていた欧州各国は、自由主義陣営に復帰した。
「イギリス本土も王室が戻り、我々も本土に戻れましたが、『プリンス・オブ・ウェールズ』の本土復帰に数年かかるとは思いませんでしたよ」
「まったくだ。リーチ艦長。イギリス亡命政府が日本から借りた借金の返済の一部として『プリンス・オブ・ウェールズ』を日本海軍にお礼奉公することになってしまったからな」
日本海軍は、イギリスとアメリカからレーダーやミサイルなどの最新技術を手に入れて、それの実験艦として「プリンス・オブ・ウェールズ」を求めたのだった。
「ミサイル発射器などが搭載されて、元の姿とはだいぶ変わってしまいましたが、こうして『プリンス・オブ・ウェールズ』が記念艦として保管されることになって嬉しいです」
「ところで、リーチ艦長。あの戦争を公式に『ヒトラー戦争』と呼ぶことになったことを知っているかね?」
リーチは忌々しそうに答えた。
「はい、もともと公式には『第二次世界大戦』だったんですが、マスコミが『ヒトラー戦争』などと呼ぶから、それが定着してしまいましたからね。個人名が戦争の呼称になるなんて他には『ナポレオン戦争』ぐらいです。あの世にいるヒトラーもさぞや喜んでいるでしょう」
行き場をなくしたヒトラーは一時期行方不明になったが、ドイツのベルリンの首相官邸の地下室で拳銃自殺をした遺体が発見された。
ヒトラーがどうやって首相官邸に入り込んだのか、なぜ首相官邸で自殺をしたのかは、現在でも不明である。
これで完結となります。最後まで読んでくれた皆様ありがとうございました。




