第二十話 アメリカの事情 その5
マッカーサー大統領暗殺未遂事件の犯人は、連邦軍によって射殺された十歳の少年の父親であった。
父親はマッカーサー大統領を狙撃した後、大統領警護隊によって射殺された。
犯人が死亡してしまったために、犯行の経緯は不明であるが、犯行の動機は誰の目にも明らかであった。
マッカーサー大統領は意識不明の重体となった。
アメリカ合衆国憲法の規定に従うのならば、マッカーサーは「大統領としての執務不能」の状態にあるので、副大統領が大統領代行として大統領の職務権限を継承すべきであったが、マッカーサーの側近たちはそうはしなかった。
マッカーサー大統領暗殺事件そのものを徹底的に隠蔽したのであった。
いくつかの理由があるが、その一つはマッカーサーが暗殺された場所が世間に知られるとまずかったからである。
マッカーサーがいたのは富裕層を対象とする会員制のクラブで、ある有力者と極秘に会談するために、少数の護衛とそこを訪れていた。
そのクラブから帰りに出たところで狙撃されたのであった。
そのクラブは富裕層向けに高級酒を出している店であった。
マッカーサー自身がその店で飲酒をしたかどうかは不明であるが、禁酒法では飲酒そのものは禁止はしていないが、禁酒法を強力に推進する指導者自身が酒場から出てくるということ自体がスキャンダルであった。
側近たちにとって不幸中の幸いなことに、目撃者は少なく隠蔽は可能であった。
事件を隠蔽したもう一つの理由は、事件が発生した時の副大統領であった。
副大統領は同じ与党内の人物であったが、マッカーサーに反対する派閥の有力政治家で、マッカーサーは自分の陣営に取り込むために副大統領に据えたのであった。
副大統領は序列の上ではナンバツーではあるが、副大統領の権限は小さく、大統領が執務不能になって大統領代行にならない限り、権限は無いに等しいからである。
マッカーサーは序列上は高い地位に据えることで、その有力政治家の手足をしばろうとした。
しかし、副大統領が大統領代行になる事態になってしまった。
マッカーサーの側近たちは困惑した。
アメリカでは大統領が交代すれば、側近のスタッフたちも、そっくり入れ替わる。
側近たちにとっては、マッカーサー大統領の名の下に権限を振るい、甘い汁を吸えた「夢のような日々」の終わりであった。
ホワイトハウスを出て行きたくない、「夢のような日々」を続けたい側近たちは禁断の手段に手を出した。
マッカーサーと見た目はそっくりの「影武者」を用意して表向きはマッカーサーが健在であると見せかけたのである。
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