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第十一話 ソビエツキー・ソユーズ追撃戦 その5

「社会主義市場経済」という思想をヒトラーが唱えた時は、各国の知識人たちは困惑した。


何故なら、共産主義・社会主義思想においては、資本主義の「市場経済」を否定して、「計画経済」により経済を運用するからである。


計画経済を運用するには中央からの強力な指導が必要であり、それがソ連におけるソ連共産党が一党独裁の政治体制である政治思想的な裏づけだからである。


だが、ヒトラーは政治は社会主義で経済は市場経済で運用するという「社会主義市場経済」の思想を世に出した。


思想的に矛盾しているヒトラーの社会主義市場経済の主張に、世界の知識人たちは困惑するどころか嘲笑する者までいた。


現実の社会では適用できないと考えられたからである。


ところがドイツでは政治体制として採用されたのであった。


ドイツでは小党乱立による政治的な混乱が続いていた。


どの政党も議会で単独政権になれる議席を獲得できなかったのだ。


複数の少数政党が集まって連立政権を組むのだが、主義主張の違いから集合と分散を繰り返していた。


ドイツ経済界は最初はドイツ共産党を脅威に感じていたが、ドイツ共産党は議会で少数しか議席を獲得できず。脅威は薄れていた。


ドイツ政治家も企業家も混乱する事態にうんざりしており打開の道を模索していた。


それで、ヒトラーの唱えた「社会主義市場経済」に飛びついたのだった。


保守的な資本主義を唱える政党も共産主義を唱える政党も一応納得できる思想のためドイツ全政党の大同団結が可能になったのだ。


ドイツの全政党が参加した「ドイツ大政翼賛会」が結成されると、ヒトラーも政治家への復帰と代表としての参加が要請された。


しかし、ヒトラーは「今の私は俳優である」と参加を断り、私的な協力にとどまった。


ドイツの大企業は、これにより国家からの手厚い保護を受けられるようになり、むしろ利益が拡大した。


ドイツ大企業は大挙して、ソ連に進出したのであった。


ソ連もヒトラーの思想に影響を受け、部分的に市場経済を導入したので、このようなことが可能になったのだ。


ドイツの技術とソ連が大量に投入できる労働力で、次々にソ連国内に工場や造船所が建設された。


戦艦「ソビエツキー・ソユーズ」も、ドイツの技術で建設された造船所で建造された。


最初はドイツ製の十五インチ砲を搭載する予定だったが、日本から技術情報が漏洩した十八インチ砲を搭載することになったのだ。


その技術情報漏洩事件が日本国内の政治的・軍事的状況に大きな変化をもたらすことになった。

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