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わたしのすてきな後見人  作者: 畑中希月
第一章 あなたがわたしの後見人
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第六話 ラリサ伯邸へ

 三日後、リベアティアはレシエムの邸宅の門をくぐった。じきにヴェロナ伯もこちらに到着し、レシエムを交えて三人で話し合う予定だ。


(それにしても、すごいお屋敷……)


 この屋敷は王室の離宮と比べても、全く遜色がない。実際、リベアティアが現在生活している離宮よりも広壮である。さすがは建国以来の歴史を有する名家だ。レシエムがよこしてくれた馬車からして、故郷のピサエで使用していたものとは、造りや馬の毛並み、御者の技量までもが違う。


 馬車が停まり、扉が開いた。


「どうぞ、お嬢さま」


 リベアティアを迎えに現れ、乗馬で伴走していた騎士が、手を差し出してくれた。歳の頃は三十前後と思われる、偉丈夫と呼ぶに相応しい男性で、名は確か、オルーフ・ウルメ卿といった。


「ありがとう」


 オルーフの手を取り、リベアティアは馬車から降りた。彼に先導されて歩いていくと、オルーフが振り返る。


「失礼ですが、お嬢さまは、私どもの主の披後見人でいらっしゃる?」


「ええ、引き受けていただきました」


「あのへそ曲りがよくも承諾したものです。お話をされていて、随分と難儀なさったでしょう」


 どうやら、レシエムは自邸でもあの調子らしい。リベアティアはちょっと反応に困ったが、いい返答を思い付いた。


「もう慣れましたから」


「なるほど。それが一番です」


 オルーフはおかしそうに笑った。門扉から玄関まで長く延びる道を歩き終えたところで、リベアティアは彼と別れた。


 リベアティアを邸内に招き入れてくれたのは白髪の執事で、ヴィンフリート・ツィトローネと名乗った。彼はリベアティアの亡父に会ったことがあると話し、懐かしそうに目を細めた。嘆声を漏らしながら、リベアティアは周囲を見渡す。この玄関広間は、ちょっとした屋敷の大広間に相当しそうだ。


「リベアティア、よくきたな」


 声のしたほうを見ると、レシエムが緩やかな螺旋階段から降りてくる。客人と会うためだろう、身なりは王宮を訪れる際の礼装とほとんど変わらない。


「お邪魔します。でも、何だか悪いわ。あなたのお屋敷を、ヴェロナ伯と会うためにお借りするなんて」


「なに、構わぬ。この屋敷を目にすれば、ヴェロナ伯も、俺が横領を企てているなどとは思わなくなるさ」


「はあ、そういうこと」


 ヴェロナ伯を屋敷に呼ぶのも、作戦の内というわけだ。横に控えていたヴィンフリートが口を挟む。


「旦那さま、もう少しお言葉をお選びなさいませ」


「本人の前では言わぬ」


「当たり前のことでございます」


 ヴィンフリートにたしなめられ、レシエムは少ししゅんとしている。どうやらさすがの彼も、この老人には頭が上がらないらしい。ほほえましくてリベアティアがくすくす笑うと、レシエムは咳払いする。


「……彼女は俺が応接室までご案内する。ヴィンフリート、お前は香草茶でも淹れてきてくれ」


「かしこまりました」


 ヴィンフリートがその場を去ると、レシエムはやれやれと言いたげな顔をした。


「あれは、いつまでも俺を子供扱いするので困る。この先も、ああなのかと思うと……」


 先程のオルーフにしてもヴィンフリートにしても、言葉の端々に若い主君への愛情が感じられ、リベアティアは驚いていた。養子であることをレシエムは引け目に思っているようだが、唯一無二の跡取りとして大切に育てられてきたに違いない。


「でも、レシエムを大切に思っているから、ああ言うのだと思うわ」


 本心からリベアティアは言ったのだが、レシエムは苦い表情を浮かべ、それきり押し黙ってしまった。


(わ、わたし、またまずいことを言っちゃったのかしら)


 リベアティアは動揺したが、レシエムが歩き出したので、急いであとをついていく。二人は無言で応接室へと続く廊下を歩いた。壁一面に大小の肖像画が飾られた、見事な廊下だ。その中には、先代のラリサ伯や、亡くなった夫人とおぼしき女性、それに幼い頃のレシエムらしき可愛らしい少年の肖像画もあった。実の伯母というだけあって、夫人とレシエムは面差しがよく似ている。事情を知らない人間が見たら、レシエムが夫妻の実の子だと信じて疑わないだろう。


 応接室に入ると、レシエムはリベアティアに椅子を勧めてくれた。窓ガラスから優しい日差しが差し込み、椅子に一筋の光を投げかけている。


「すまない」


 レシエムの口から出た謝罪の言葉。リベアティアは一瞬、耳を疑った。


「君は自分の発言を反省していたが、俺のほうこそ大人気なかった。養子だということを気にするのは、俺が弱いからだ」


 リベアティアの隣席に腰かけながら、レシエムは言った。


「死んだ養父母はもちろん、使用人や騎士たちも、俺を悪く言う者はほとんどいなかった。だが、俺は時々怖くなる。自分には過ぎたものを受け継いでしまったという気がして」


 俯いたレシエムの表情は、自分は養子だ、と告白してきた時と同じように弱々しい。多分、彼の捻くれた言動は、本来の繊細さを隠すための鎧なのだ。


(わたしの気の強さも、同じようなものだものね)


 レシエムが途端に身近に感じられ、リベアティアは不思議と嬉しかった。かなり迷った末に、訊いてみることにする。


「だから、国王秘書官の試験を?」


「それも理由のひとつだろうな。国王秘書官になることができれば、自分がラリサ伯を名乗るに相応しい人間だと証明できる。我ながら浅ましい考えだ」


「でも、理由はそれだけじゃないんでしょ?」


「……まあ、そうだが」


「この前の試験は合格したの?」


「した」


「すごいじゃない。ここまできたなら、堂々と三次試験に臨めばいいのよ。受かったら、本分を尽くして国王秘書官の仕事に取り組む。それでいいと思うわ」


「そうだろうか」


「そうよ」


 リベアティアが自信たっぷりに笑ってみせると、つられたのか、レシエムも笑う。鋭い顔立ちが限りなく優しくなった。そういえば、彼の素直な笑顔を見たのは初めてのような気がする。リベアティアはわけもなく恥ずかしくなった。


 笑いをおさめて、レシエムは首を捻る。


「それにしても、遅いな、ヴィンフリートは」


 レシエムが卓上のベルに手を伸ばしかけるのとほぼ同時に、ヴィンフリートが入室してきた。


「旦那さま、先程ヴェロナ伯がお見えになりました。お通しいたしてもよろしゅうございますか?」


「頼む」


「かしこまりました。申し訳ございませんが、お茶はのちほどお持ちいたします」


 丁寧な一礼とともに、ヴィンフリートは退室する。リベアティアは緊張に身を硬くした。

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